第15話 カオスの結社

 中央教会、上位司祭のスライド。

 彼は怒りから、魔力を体にため込んでいた。

 より高位の魔法を放つため、術式の準備に入る。


 今度は邪魔されぬように、二都達から十分な距離を取った。

 魔法は魔力とそれを解放する術式によって、発動する。

 高位の魔法ほど、複雑な術式であり時間を要するのだ。


「大いなる雷よ……。刃を放ち、罪人へ裁きの光を! 審判の雷!」


 術式を唱え終え、スライドは魔力を解放する。

 晴天だった空が、黒雲に包まれ、空から大きな音が聞こえる。

 黒雲は電気を帯びながら、二都達の真上に広がった。


「どうやら貴様は、まだ何もわかっていないようだな」


 二都は2枚のカードを掲げた。


「この盤上では……。俺がルールだ!」


 突然雲を切り裂く突風が、空中に流れた。

 集まっていた雷雲は吹き飛ばされ、あたりに散っていく。

 

「なんだそれ!? 私の上級魔法が……」

「盤上にいる限り、貴様に勝ち目はない!」


 周囲に出現していた人形が、一斉に動きだした。

 全員が動きをシンクロさせており、アオは不気味さを感じる。

 更に二都の立っていた位置にも、棒を持った人形が出現する。


「さあ! 野球の始まりだ! お前ボールな!」


 スライドは人形に羽交い絞めされた。

 必死でもがいて抜け出そうとするが、人形の力が強いのか全く動く気配がない。

 人形は持ち上げた。


 同時にスライドの足が地面から離れていく。

 足をバタバタさせて抵抗するが、無意味だった。

 人形はスライドを持ち上げたまま、腰を大きく後ろに倒した。


 スライドは頭を打ち付ける。その拍子で意識がもうろうとした。

 すかさず人形は腰をもとに戻し、スライドを頭上に掲げた。


「ジャーマンスープレックス! からのフォークボール!」


 人形は二都に向かって、スライドを投げつけた。

 彼は棒を構えながら、飛んでくるスライドに目線を向ける。

 まさかまた避けて、木にぶつける気? アオは訝しい表情を向けた。


 スライドが二都の射程圏内に入る。棒を握る力を上げる。

 十分近づいてきたところで、二都は棒を振り回した。縦方向に。

 スライドは地面叩きつけられる。


「そう振るんですか!? さっきの構えの意味は!?」

「更に! 地底火山噴火!」

「やり過ぎだぁ!?」


 地面から炎が噴き出して、スライドを吹き飛ばす。

 彼は木に叩きつけられて、頭を強く打った。

 額から血を流しながら、それでも立ち上がる。


「くっ……。私は教会の上位司祭です。この程度の輩に……」


 セリフの途中でスライドに、ボールが飛んできた。

 顔面に直撃し、スライドは大きくのけ反った。


「不意打ちとはね……。ですが今のでボールの動きは読みましたよ!」


 二都はその場で、ニヤリと笑った。

 するとスライドを取り囲むように、8つのピッチングマシーンが出現する。

 

「ええ!? 四方八方狙われている!」


 ピッチングマシーンから、一斉にボールが吹き出される。

 不規則に放たれるボールに、スライドは全く対応できない。

 何発もボールに当たる。


「くっ……。ならば! 空気の流れよ。上昇気流になれ!」


 スライドは呪文を唱えて、魔力を解放した。

 強い風がスライドの足元から発生し、その体を吹き飛ばす。

 スライドは帽子を広げて、パラシュートの様にした。


「ハハハ! 空中ならば、ボールは当たるまい…。いい!?」


 スライドは空中に浮かんだ瞬間に、何かに当たる。

 それは先ほど二都が吹き飛ばした、サンドバックだった。

 

「いや、なんで戻ってきたの!?」

「殴られるのが好きだからだよ」


 アオのツッコミに反応した後、二都は空に向かって飛んだ。

 落下し始めるスライドに近づく。

 そのままスライドの頭をしたに持っていく。


 足を掴んで、空中で横回転を始めた。

 落下の勢いに乗って、スライドの頭を地面に叩きつける。

 流石に脳にダメージが向かったのか、スライドは体を動かす気配がない。


「ククク……。私を倒した程度で、いい気にならないものですよ……」


 スライドは上半身だけを、わずかに起こして笑った。


「上位司祭と言っても、結社の中では最下級戦士です。聖騎士の力はこんなものではありませんよ」


 アオは先ほどから結社という単語が、気になっていた。

 教会とはまた別の組織なのだろうか?

 ならば元老院が語る、敵の正体とはその結社とやらなのだろうかと。


「私を倒したサービスです。クティの居場所を教えましょう」

「口が軽い奴だな。通りで下っ端なわけだ」

「クティは今頃、オリジン家の屋敷にこもり、お楽しみの最中ですよ」


 聖騎士クティは、自身の屋敷にこもっているようだ。

 当然見張りの兵士はうようよいるはず。アオは激戦を予想した。

 上級貴族の護衛は、全員が士官学校卒業生。


 その強さをアオは嫌というほど知っている。

 何故なら同級生は皆、強い意志を持った者達だったからだ。


「聖騎士達は必ずあなたを始末し、地獄に落とすでしょう」

「そしてゾンビとなって俺は蘇り、貴様らに復讐するだろう」

「それは知らん」


 スライドのバッサリした物言いに、二都は苛立ちしたのだろう。

 彼は赤い粉の入った瓶を、懐から取り出した。

 瓶のふたを開けて、粉をスライドの傷口に掛ける。


「ぎゃああ! 何これ!? 痛い!」

「ワサビ」

「唐辛子でしょ!?」


 アオは思わず横からツッコミを入れた。

 匂いから彼女は赤い粉の正体を察した。

 唐辛子は刺激が激しく、傷口にひどく痛むだろう。


 もはや拷問だと思いながら、アオは盾を構えた。

 スライドからまだ重要な情報を引き出せていない。

 

「結社とは何なの? 何故教皇や元老院と対立しているの?」

「それだけは、口を滑らすわけにはいきませんね」


 アオはスライドの表情を、深く観察した。

 拷問されても、答えないという顔だった。

 バックに隠れた結社は、拷問されるより恐ろしい存在なのだろう。


「結社は人界中に、監視を光らせております。我らに歯向かうものを許さない」


 スライドはうつむきながら、結社の恐ろしさを語った。

 それ以上何も話すことはないということなのだろうか?

 アオは尋問は無駄だと思い、盾を背負った。


 スライドをじっくり観察する。怯えた様子はない。

 自分が死んでも平気なのだろうか?

 その沈黙にアオは、警戒心を抱いた。


 スライドをじっくり見つめると、僅かだが口が動いていた。

 アオはハッとしながら、二都の方を振り向いた。


「気を付けて! こいつ、術式を唱えています!」

「もう遅い。サンシャインフラッシュ!」


 強く眩い光が、スライドの周辺に放たれた。

 光に晒された目が、強い刺激を受ける。

 アオは目を開けられなくなり、瞼を閉じた。


 アオは直前に気づいたので、直視は避けられた。

 それでも視界が戻るまで、数秒の時間がかかる。

 やられた……。アオは悔しさを抱きながら、鮮明になる視界を確認。


 まだ数秒しか経過していない。あの傷なら、遠くまで逃げられない。

 今から追いかければ……。そう思っていたアオだったが。

 スライドは先ほどと同じ場所に座っており、目を抑えていた。


「うぎゃああ! 目がぁ!」

「なんで!?」


 アオが戸惑っていると、横から肩を叩かれた。

 彼女が背後を振り向くと、そこには黒いテープで巻かれたペットボトルがあった。

 二都はペットボトルを握りしめて、ニヤリと笑った。


「野良猫撃退用、ペットボトル」

「何ですか!?  それは!? いつ用意したんですか!?」


 二都はペットボトルを使って、光から目を守っていた。

 更にペットボトルは光を反射して、スライドの目線へ。

 反射された光を直視したスライドは、アオより長時間苦しんでいた。


「お婆ちゃんの知恵袋を、甘くみるなよ」


 二都はスライドの腰を、抱え込んだ。


「たとえこれ以上吐かなくても、貴様を逃すわけにはいかん」

「やめろ! 私をどうするつもりだ!?」

「スペシャルコースのお仕置きじゃ!」


 二都はスライドを、頭上に持ち上げた。

 地面に叩きつけた後、ボールの様に転がし始める。

 十分丸まったスライドを、二都は蹴り飛ばした。


「PK!」


 スライドは10本綺麗に並んだ木を、薙ぎ倒した。


「ストライク。からのガーター」


 スライドは更に転がる。地面に突如開いた消える魔球へ吸い込まれていく。

 再び地下に落とされたスライド。

 二都は指を鳴らして、合図を出した。


「地底火山爆破!」

「やり過ぎだぁ!?」


 地面から轟音と振動が流れる。

 本当に地底にあった火山が爆発したような、感触だった。


「ちょっと! 流石にこれはまずいですよ!?」

「大丈夫だ。問題はない」


 振動によって、地面に割れ目が出現する。

 そこから炎と何かが吹き出してきた。

 アオは火の粉に注意しながら、その何かを見つめる。


 それは黒焦げになった、人の形をした存在だった。

 かろうじでまだ生きており、ピクリと動いている。

 その姿は間違いなく、先ほど落とされたスライドだった。


「こんなに美味しく焼けました」

「嫌だ……。食べないでくれ」


 二都はゆっくりと、黒焦げになったスライドに近づいた。


「まさか食べる気ですか!? 腹を壊しますよ!」


 二都は懐から取り出した醤油を、スライドにかけた。

 醤油が傷口に入り、スライドはもがき始める。


「ぎゃああ! ワサビ入りの醤油だ!」

「ワサビィ!? 何度も言うけどやり過ぎですよ!」


 二都はアオのツッコミを気にせずに、スライドの胸ぐらを掴んだ。

 拳を固めてスライドの眼前まで、振りかぶる。


「さあ! さっさと吐け!」

「何を!? 知っていること全て、答えたじゃん!」

「まだ全てを聞いていない」


 二都の言う通りだ。まだ結社について、何も聞いていない。

 それだけじゃない。今回の事件、その黒幕も不明だ。

 教会の元老院が動くということは、それほどの事態なのだろう。


 アオも尋問に参加するべく、盾を構えた。

 再びスライドが術式を唱えようとすれば、すぐに攻撃を行うつもりだ。


「ソクラテスを殺ったのは、貴様かぁ!?」

「誰それ!? 初めて聞く人!」

「でしょうね。あの人処刑されたらしいし」

「じゃあ、今の問答なんだったんだよ!?」


 二都は胸ぐらをつかんだまま、スライドを殴った。

 スライドは黒焦げの口から、血を吐き出す。


「結社とはなんだ? 言え!」

「先にそっちを聞いてくれる!? 交渉の余地がないじゃん!」

「さっさと吐けやぁ!」


 二都は追撃の2発を、スライドの腹にくらわせた。


「言っておくが、貴様の記憶を読むくらい、俺には造作もないことだぞ」

「っく……」


 スライドは苦渋の決断を迫られているのだろう。

 それほど背後の結社は、強い力を持っている。

 アオはそんな存在に、容易に関わって良いものか、迷いが生じている。


「我々は"カオスの結社"と名乗っている……」

「目的はなんだ?」

「教会による支配体制の終焉。私はそう聞いている」


 スライドは下っ端の構成員だ。そう多くの情報は、持っていない。

 これ以上は何も知らないだろう。二都は諦めて、スライドから離れた。


「教会に、今の支配体制に不満を持つものは、それなりにいる……」

「まあ、権力には敵がつきものだからな」

「我らの導師は、教会を乗っ取る。そして新たな秩序を生むだろう」


 全身が痛みながらも、スライドは嫌味ったらしい笑みを向けた。

 アオはその笑いに、背筋が凍る感触に襲われる。


「結社はあらゆる場所に目を光らす……。貴様らに安息な日など、もう訪れぬぞ! アハハ!」

「うるせぇ!」


 二都は最大威力のパンチで、スライドの頬を殴った。

 スライドは歯が何本か折れながら、吹き飛ばされる。

 木に激突し、そのまま白目をむいて気絶した。


「貴様らが何人来ようが、俺は負けねぇ! 結社は俺がぶっ倒す!」


 二都は気絶したスライドを、転がした。

 先ほど出来た割れ目に突き落とす。

 その後新たな能力を解放して、割れ目を閉ざした。


「封印火山」

「外道だ……。心の鬼だ……」


 ギルドを結成して、まだ初日も経過していない。

 二都は早くも大きな事件に巻き込まれている。

 どこまでも自分には、戦いがついて回る。


 そんな境遇に自嘲しているかのように、二都はフッと笑った。

 その笑みはどこか悪戯っぽくて、儚い印象をアオは受けた。

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