第16話 圧制の現実

 二都達はクティの屋敷に攻める前に、下準備を行っていた。

 屋敷のすぐ近くにある街に向かい、最低限の装備を整える。

 激戦になるのは必須だ。アオは回復薬などを念入りに準備していた。


 買い物役を頼まれて、店での品選びは彼女が担当する。

 二都はどうにも見る目に自信がないらしい。

 そのため不良品をよく買わされたとの事だった。


 そこまでお金に余裕がある訳ではないが、出し惜しみはしない。

 死んでいった者達を弔うために、アオは最後まで戦士として戦い続けると決意していた。

 あの銀色の騎士を倒すまで、自分は死ぬわけにはいかないと誓う。


「二都さん。買い物終わりました」


 店の外で待っていた二都達と、アオは合流する。

 アオは万が一に備えて、あらゆる薬剤を購入した。

 毒が使われても良いように、解毒薬などが殆どだ。


「ご苦労さん。値切り交渉はしたか?」

「いいえ……。とても値切る気にはなれませんでした」

「だな。俺はケチな方だけど、ここでケチを発動する気にはなれない」


 二都は街を見渡しながら、答えた。街というだけあって、それなりに建物はある。

 だが以前大会があった街に比べて、どこか活気……。いや、生気がないように思える。

 広場には大勢の人がいるが、みんな活力がない。


 虚ろな目を向けながら、中央に生えたリンゴの木に手を伸ばしている。

 着の身着のままの様子で、ボロボロの服を着ている。

 まるで1つのリンゴを皆で取り合うように、広場の中央に人が集まっていた。


 アオは先ほど薬品を購入した、店を見つめ直す。

 外観は立派だが、内装はとても快適とは言えない。


「あのリンゴは1個、5ルクで売れます」


 元老院が話に入ってきた。正式に収穫されたリンゴではないので、安いのだろう。

 だがその僅か5ルクのために、大勢の人が争い合っている。


「5ルクじゃ、宿にも泊まれないぜ」

「ええ。一食分用意するのが限度でしょう」


 下級とは言え、貴族のアオには5ルクにそこまで価値があるのか理解できない。

 彼らは必死の形相で、リンゴを求めている。

 毎日収穫されているのか、実になっているものは僅かだ。


 それに5ルクでは、一食と言えどもかなり少量。

 ごはんもなく格安のおやつが買える程度金額だ。


「一食分でも彼らには十分です。明日を生きる、力になりますから」

「彼らは何者だ? 教会泊まりだった、俺より酷い恰好だが……」

「ホープレス。希望を失い、ただ死にたくないから、死に物狂いで食べるものを求める、哀れな負け組達ですよ」


 希望なき者とは、また嫌な単語だなとアオは思った。

 二都も同じように感じたのか、眉間にしわを寄せている。


「彼らは些細な事でクティの機嫌を損ね、職も身分も人である権利すらも奪われたのです」


 アオは唾を飲みこんだ。クティは圧制者として、アオの両親も嫌っていたが。

 ここまでするとは、彼女も思っていなかった。

 貴族とは名誉ある存在であり、私領地を守るものだと彼女は教育されたのだ。


「この町は彼の機嫌を損ねぬよう、外観だけ見繕って、中身は空っぽです」

「相当嫌な奴なんだな。だが彼らは何故、この町から出ようとしない?」

「魔物に出くわすかもしれないのに、やせ細った体で逃げようとしますか?」


 元老院の問いかけに、二都は首を横に振った。

 いくら街道が整備されているとはいえ、外は何が起こるか分からない。

 人間ですら、野盗として人を襲うことがあるのだから。


「ここは檻です。クティが私腹を肥やすためのね」

「だが住民がいなくなったら、税金すら取れないぜ」

「ええ。ですから奴は、飴と使って首輪をはめているのです」


 二都達の背後から、馬車が近づいていた。

 馬車の割にずいぶんと、遅い速度で走っている。

 当然だ。何故なら馬の代わりに4人の男性が荷車を動かしているのだから。


 馬車の上には露出度の高いドレスを着た女性と、裕福そうなスーツを着た男性が座っている。

 二人は喜々としながら、荷車を動かす男性達を無知で叩いていた。


「何アレ? SM?」

「違います。クティは自分に大きく貢献した市民に、他の市民の支配権を与えているのです」

「なるほど。それが飴か……」


 恐らく荷車を押している人たちは、仕事がないのだろう。

 だからこそ、支配を受け入れてあんな仕事でも引き受けているのだ。

 どれだけ雑な扱いをされようと、死ぬよりはマシだと考えて……。


 アオはこの悲惨な現実を見て、思わず吐き気がした。

 ここまで酷い街があるとは、ギルド時代にも思わなかったものだ。

 そもそも悪い噂の貴族には、近づかなかったのにも原因がある。


「力あるものが、無きものを虐げるのが当たり前。悲しいですが、これが現実ですよ」


 元老院は冷静に、それでもどこかやりきれない口調で説明した。

 

「見てみなさい。あれがクティの機嫌を損ねた者の末路です」


 元老院の指先に、小さな雑貨屋があった。

 そこに衛兵と思わしき兵士達が、数名押し入っていく。

 二都達は気配を悟られぬよう、ゆっくり近づいて様子を眺めた。


 店内では店主と思わしき老人が、3名の騎士に囲まれている。

 店主はおどおどしながら、兵士に怯えていた。


「聞いたぞ貴様。隠れピーマン派だったらしいな!」

「クティ様はピーマンの匂いが嫌いなのだぞ!」

「ブロッコリー以外の野菜に流派を移るとは何事だ!」


 老人の胸ぐらを掴みながら、兵士が怒鳴っていた。


「本当に些細な事で切れられてる……!?」


 アオはバレない様に、小声でツッコミを入れた。

 

「クティ様はお怒りだ。この店は、今日限りで営業権をはく奪する!」

「か、勘弁してくれ! もうカレーは食べねぇ! シチューにする!」

「どういう違い……!?」


 店主は頭を下げて衛兵に懇願する。

 衛兵は邪魔だと言わんばかりに、老人を突き飛ばした。

 剣を構えて雑貨屋にある、必要なさそうなツボを破壊する。


「もう売り物は要らないよなぁ? だったら、使えそうなものは俺達がもらってやるぞ」

「頼む……! 婆さんが病気なんだ! 店がなければ、薬が買えなくなっちまう!」


 老人は騎士に縋りつく。騎士は躊躇なく、老人の事を蹴った。

 彼に向かって唾を掛けて、ニヤニヤと笑みを浮かべる。


「なら二人とも野垂れ死ぬしかねぇなぁ。俺らは別に困らねぇけど」

「頼む……! 後少しで結婚記念日なんだ……! せめてそれまでは」

「記念日の前に命日をくれてやっても、良いんだぜ」


 騎士の一人は剣を取り出して、刃先を老人に向けた。

 老人は体を震えさせて、その場で硬直する。


「お前も味噌漬けにして、反逆者への見せしめにしてやろうか?」

「どんな見せしめ……?」


 アオはツッコミを入れながらも、拳を握りしめた。

 いくら何でも横暴過ぎる。これが騎士のやることなのか。

 かつて騎士を目指していたアオは、軽蔑の眼差しを彼らに向けていた。


 そんなはずがない。ギルドのみんなは、ずっと誇り高かった。

 あんな奴らは騎士とは呼ばない。アオは思わず飛び出しそうになる。

 だがそれよりも早く、店内に入る人物がいた。


「なんだテメェは?」


 二都が老人と騎士の間に入る。

 鋭い眼光で騎士達をにらみ、拳を構えている。


「私、貴方達の言葉、分っかりません~」

「喋ってんじゃねぇか!」

「日本語喋れや!」


 二都は突然切れだして、騎士の1人を殴り飛ばした。

 騎士は話を出しながら、店の外に吹き飛ばされる。


「貴様ら随分と勝手な口聞きやがるな。老い先短いとはいえ、爺さんも婆さんも生きているんだぜ?」

「いや、お前も結構酷い事、サラリと言っているけど!?」


 二都は2人目の兵士を殴り飛ばした。

 騎士は店の壁に頭を打ち付けて、気絶する。


「変な言いがかりつけやがって。ふてぶてしい野郎だ」

「テメェだろうが!? いきなりなんだ!?」


 外に吹き飛ばされた騎士も、店内に戻る。

 剣を構えながら、2人で二都のの事を挟んだ。


「テメェ、俺らが誰だが分かっているのか?」

「権力振りかざす雑魚が。脊髄から上を、全部砕いてやろうか?」


 二都は凄みのあるにらみで、騎士を威圧した。


「脅し文句怖ぇ……」


 流石の騎士も、二都の睨みに恐怖を感じていた。

 腰を背後に倒しながら、少しだけ後ずさりをする。


「さっきまでの威勢はどうした? かかってこいよ」


 二都はセリフと同時に、飛び膝蹴りを騎士に加えた。


「じゃあ待っててよ!」


 騎士は頬を蹴られながら叫ぶ。勿論二都が、それを聞くはずがない。

 怯んだ騎士に足払いを行い、空中に体を浮かせる。

 宙に浮いた騎士の背中を、二都は殴りつけて天井に叩きつけた。


 騎士は天井を貫通し、そのまま空に飛んでいく。

 天井に穴が開き、安物のいたが落ちてきた。


「ああ! 店がぁ! 店がぁ!」


 老人の悲鳴を無視して、二都は背後を振り向いた。

 最後の騎士は剣を構えて、二都を威嚇している。


「どうした。おもちゃを振り下げてないで、来いよ」

「我々は正規の騎士団だぞ……。このままで済むと思うな!」


 騎士は剣で二都に切りかかった。単純な盾振り。

 それでも威力は十分で、技の切れもキレイだ。

 流石正規兵と言ったところだろう。アオから見ても、隙があるようには思えない。


 だが二都はその隙のない一撃を、僅かな動作だけで回避した。

 すぐさま体勢を立て直し、騎士は次の一撃に入ろうと構える。

 刃を振り回して、横切りで二都に攻撃しようとした。


 二都はニヤリと笑いながら、指を鳴らして棒立ち。

 騎士は不気味に思いながらも、剣を二都に近づけた。

 そこで騎士は自分の剣に起きた異変に気付く。


「アレアレ!? 大根になっている!?」

「テメェの演技も大根じゃ!」


 二都は騎士を蹴り飛ばして、老人の近くの壁に叩きつける。

 その衝撃で店の商品が、いくつか壊れた。


「店がぁ! わしの店がぁ!」


 騎士は大根からナイフに持ち替えて、老人の頭をつかむ。

 ナイフを首元に当てて、二都を睨んだ。


「動くな! 動いたら、この爺さんを殺すぞ!」


 人質を取るなんて、騎士の風上にも置けないやつだ。

 アオは騎士達を更に軽蔑した。同時に嫌な気配を感じた。

 二都が人質如きで、止めるはずがない。何か仕掛ける気だ。


「その爺に! 手を出すなぁ!」


 二都はそう口に出しながら、老人の腹部を蹴り飛ばした。

 背後に立っていた騎士も、老人と同時に吹き飛ばされる。

 2人は商品棚に叩きつけらえれる。棚の商品がいくつも落下しては粉砕される。


「商品が! わしの生命線が!」

「老人に手を出すとは。外道まで落ちたか」


 二都はふてぶてしい態度をとりながら、騎士に近づいた。

 騎士はもはや突っ込む気力もないのか、無言で立ち上がる。

 

「おのれ! まだやる気かぁ!」


 二都は近くに置いてあった、狸の置物を持ち上げた。

 狸を騎士の頭に叩きつける。鈍い音と共に、騎士はその場で倒れた。

 どうやら気絶したようだった。


 決着がついたと同時に、星になった騎士が戻ってきた。

 店の床を突き破り、床下へと落下。

 あの様子では、もう戦う力は残っていないだろう。


「大丈夫ですか!」


 二都は腰を落とした老人に、近づいた。


「ワシの店を……! これからどうやって商売をすれば良いんじゃ!」


 老人は二都を睨みながら、二都に叫んだ。

 

「あと少しで結婚記念日だったのだぞ! これでは薬が……」

「バカ野郎!」


 二都は老人の頬を、拳で殴りつけた。


「結婚記念日まで生きていれば良いだと? ふざけんな!」


 老人の襟をつかみながら、二都は叫ぶ。


「こんな糞みてぇな場所でも、アンタらは必死で生きてきたんだろ!」

「それは……」

「なら最後まで生きるのを諦めるなよ! 生きて、ちゃんとがんばれよ!」


 二都は懐から袋を取り出した。

 老人はその袋を広げる。そこには妻の病気に聞く、薬が入っていた。


「また来年も一緒にいられるように……。生きてて良かったと思えるように、生き続けろよ!」

「わしが間違っていた……」


 老人はガックリと床に手をつけた。


「アンタのいう通り、わしはどこかで生きるのを諦めていたのかもしれん……」

「生きていれば、良い事あるさ。だから、アンタ達は生きなきゃいけないんだ!」

「良い話っぽくまとめたけど、店壊したの謝罪してねぇ!」


 アオは我慢が出来ず、ついにツッコミを入れた。

 二都はアオの方を振り向きなら、ニッコリと笑う。


「大丈夫だ。問題ねぇよ」


 二都は鉢巻を巻きながら、トンカチを手にした。

 板をどこからか取り出して、壊れた箇所に打ち付ける。


「直せば無罪だ!」


 二都は超高速で、店を直し始めた。

 あまりの速さで煙が立ちこみ、アオ達の視界を遮る。

 ようやく作業を終えたのか、音と共に煙が引き始めた。

 アオの視界に入ってきたもの。それは元通りになった店だった。

 

「なんで板を打ち付けただけで、商品も元通りに!?」

「DIYって奴だよ。器用なら作れぬものはない!」


 二都は勝ち誇った顔をしながら、気絶した騎士3人を抱えた。


「邪魔したな、爺さん。今度会ったときは、買い物するよ」

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