第17話 VSクティ・オリジン

 クティが居るオリジン家の屋敷。それは広大な土地に建てられた、3階建ての白い建物だ。

 土地は整備され、表には広い庭がある。中央には噴水があり、絶え間なく水を流す。

 近くの街から少し離れた森奥に、その屋敷はあった。


 二都達は屋敷の近くで、様子を伺う。

 上級貴族のオリジン家の屋敷だけあり、警備は厳重だ。

 そこら中に衛兵がおり、死角というものが存在しない。


 貴族の居住地というより、もはや砦だとアオは思った。

 警備をする騎士は、聖騎士団や上位の衛兵達。

 忍び込む隙も無い。彼女にはどうすれば良いのか、全く見当もつかない。


「本当にやるんですか? 二都さん……」


 不安そうな感情を隠せずに、アオは口にした。

 真正面から戦っても、アオは1人倒せるかも怪しい。

 いくら二都が強いとは言え、この数相手では、多勢に無勢だろう。


「あんなもの見た後じゃな。やるしかねぇだろ」


 二都が珍しく真剣な表情で、返してきた。

 アオもそれについては同意だ。僅かなリンゴを大勢で取り合っている。

 そんな現実を見てしまえば、誰だって力になってあげたくなる。


「恐らくクティは、最上階。それも一番奥の部屋にいるでしょう」


 ついてきた元老院が、解説を加えた。

 つまり屋敷に潜入出来たとしても、一番奥まで行ってからが本戦ということだ。

 それまでに体力も消耗しているし、何よりクティ自身の実力も未知数。


 どう考えても、今攻めるのは得策ではない。

 アオの不安を余所に、二都は本日クティを倒すつもりだった。


「……」


 アオはユウミをチラリと、見つめた。

 元老院が加わってから、彼女は殆ど口を開かなくなる。

 元聖騎士団の1人だったと聞いていたが。何かあったのだろうか?


 彼女はクティの屋敷を見つめながら、拳を握っていた。

 アオにはそれが、憎しみを込められた拳のように感じた。


「クティ……! 絶対に許さない!」


 ユウミはクティへの憎しみを、初めて口にした。

 思えば彼の名前を聞いた時から、彼女の様子はおかしかった。


 とはいえクティを許せないのは、アオも一緒だ。

 あんな圧制を見たら、誰だってこんな気持ちになるだろう。

 些細な事で住民を苦しめ、自分はこんな豪邸にこもっているのだから。


「要は無駄な戦闘を避けて、ボスのところにたどり着けばいいんだろ?」


 二都は2枚のカードを、取り出した。

 アオが聞いた話では、カードに力が込められており、掲げることで解放できるとのことだが。

 今回は一体、どんな力を解放するというのだろうか。


「気体生成、催眠術。スキルフュージョン! 催眠ガス!」


 二都は屋敷の方へ、掌を向けた。アオは視線を動かして、屋敷を観察する。

 屋敷の付近に白い霧のようなものが発生している。

 霧は一瞬で屋敷全体を包み込み、すぐに消え去った。


 この現象は二都が引き起こしているのだろか?

 だとしたら、彼の強さは底知れぬものだ。

 霧の正体はアオには分からない。だが先ほどの会話から、兵士を無力化するものだろう。


 てっきり霧に紛れて、行動すると思っていたので消えたことに驚いている。

 二都の方を振り向くと、姿勢を低くしながら歩き始めた。

 その先には屋敷の正面の門がある。


 ユウミとアオも慌てて二都を、追いかける。

 正面から入っても大丈夫なんだろうか?

 アオ達はそんな不安を抱いていた。


「さっきの技は、白い霧を吸った者を眠らせる技だ」


 二都が技の説明をした。どうやら衛兵を眠らせて、無力化したようだ。

 これなら正面から入っても、表の衛兵と戦うことはないだろう。

 それでも最大限の警戒をしながら、二都達は敷地内に入った。


 アオは周囲の気配を確かめる。確かに動く気配はない。

 更に屋敷に近づくと、警備していた衛兵が倒れている。

 二都の言った通り、ガスを吸って眠ったのだろう。


 アオは起こさぬように近くを通り過ぎようとした。

 そこで……。倒れた衛兵が白目を剝きながら、赤い液体を出していることに気が付く。


「ええ!? し、死んでる!?」


 霧を発生させた張本人が、驚いていた。

 アオは衛兵の脈を調べた。まだ生きているようだ。

 そこで鼻を刺激する、匂いに気が付いた。


「二都さん……。これ……」

「分かった! トマトジュースなんだろ?」


 二都の問いかけに、アオは首を横に振った。


「血です」

「ええぇ!?」


 二都は膝を地面につけながら、拳で地面をたたいた。


「すいません……! 本当すいません! 殺すつもりはなかったんですぅ!」

「いや、まだ死んでないみたいですけど……」

「だったら気にするな。さっさと内部を調べるぞ」


 すごい勢いで態度を変えた二都は、屋敷に向かった。

 屋敷の内部にも霧が入り込んだのか、衛兵が倒れている。

 彼らに気づかれないよう、抜き足差し足で二都達は進んだ。


 二都曰く最上階までは霧は届かないとのことだった。

 だが幸いにも2階の階段を上がった所に、主の部屋があった。

 恐らくここにクティが居るであろう。それを護衛する精鋭達と一緒に。


「良いか? 1,2の3……」


 二都がそう呟いた直後に、ユウミがドアを蹴り飛ばした。

 ドアは勢いよく吹き飛び、ユウミ達は中に入る。


「で開けるぞって、言いたかったのに……」


 二都が不満そうな表情で、同じく部屋に入る。

 部屋の中に入って真っ先に目が付くもの。

 それは赤いスーツを着こんだ、男性だろう。


 指に宝石のついた指輪を嵌めて、右腕で女性を抱え込んでいる。

 上質そうなソファーに座りながら、左腕で赤ワインを口にする。

 部屋には衛兵の姿はなく、代わりに数名のドレスを着た女性が居るのみだった。


「お前がクティか?」


 二都は皆を代表して、問いただした。

 恰好や雰囲気からして、アオには到底聖騎士には見えなかった。

 男性はワインボトルを背後に投げつけて、ニヤリと笑う。


「そうだと言ったら?」


 指輪を光るように見せつけながら、クティは笑った。

 表情には騎士の面影を欠片も感じさせない。


「随分とイメージと違うな。聖騎士と聞いたから、もっと将軍っぽいのかと思ったぞ」

「生憎今日はオフなんでね。俺は休日を楽しむ主義なんだ」


 ソファーから立ち上がり、クティは二都達に近づいた。

 アオは警戒心を高めて、盾を構える。


「随分と無礼な客人だな。お楽しみを邪魔した挙句、俺の顔も知らないとは」


 そんな言葉を口にしながらも、クティは楽しそうに笑っていた。


「街の人間がリンゴ1個で生計を立てているのに、随分と贅沢な暮らしをしているな」

「俺は生まれながら勝ち組なもんでね。負け犬を好きにする権利を持っているのさ」

「その割に、飴玉を渡しているそうだな。本当は怖いんじゃないのか? 反乱されるのが」


 クティは二都の皮肉に手を叩いて笑う。

 腰に手をまわして、背中からドスを取り出した。


「逆だよ、侵入者さん」

「あん? 逆だと?」

「俺はアンタらみたいに、俺に逆らう奴らを待っていたのさ」


 狂気じみた笑い声に、アオは寒気がした。

 想像していた上級貴族とは、全く姿が違う。


「正直な話、ゴブリンやオークなんて雑魚相手には、飽きてきた所だ」

「お前……。反乱されるのを狙って、わざわざ圧制を?」

「ああ。俺の……。ここが欲求不満なんだよ」


 胸を叩きながら、クティは腰を動かした。

 アオは強い嫌悪感を彼に抱く。彼は貴族として、騎士としての誇りが全くない。

 自分の欲望のために、民を苦しめる、悪徳貴族だ。


「さあ。俺のお楽しみを邪魔したんだ。これ以上に、楽しませてくれるよなぁ!」

「ああ。がっかりはさせない自信はあるよ」

「ふん。その自信。2秒で崩れるなよぉ!」


 言葉を発すると同時に、二都に近づくクティ。

 その動作があまりのも早く、アオには全く動きが見えなかった。

 クティは二都の首元目掛けて、ドスを振り下ろす。


 ドスは二都の急所を確実に捉えている。

 二都も反応できないのか全く動く気配がない。

 殺される……! アオは咄嗟に庇おうと、前に出ようとした。


 だがドスは二都の首元手前で、ピタリと止まった。

 まるで見えない腕に掴まれているかのように、クティが力を込める。


「超能力。今のお前は、見えない力で押し込まれてる」

「へえ。やるじゃん。大抵の奴は、今の挨拶で逝っちまうからよぉ」


 クティはドスを引っ込めて、バックステップで距離を取った。

 全く隙の無い構え。アオはクティという存在を、甘く見ていたと認識を改めた。

 彼はただ悪徳貴族なだけではない。確かな実力を持っている。


 先ほど攻撃されたのがアオだったら、間違いなく殺されていただろう。

 アオは気を引き締めて、クティの動きに集中した。


「なら、こちらから挨拶の返事をしないとね」


 不意にユウミが強い憎悪を込めて、言葉を発した。

 ユウミの指から炎の球が発射され、彼女の頭上に1つずつたまっていく。

 炎の球は頭上で集まるごとに、徐々に大きさを増していた。


 魔法を使っているようだが……。術式を唱えている様子はない。

 アオは昔聞いたことがある。この世界には魔力の調整のみで、魔法を使えるものが居ることを。

 魔法は本来、術式でイメージを固め、魔力の解放で放つ技だ。


 だが上位術士は術式を唱えなくても、イメージを固定化することができる。

 魔力解放と同時に行うので、非常に高度な技のはずだ。

 ユウミはそれを自然と行えている。


「二都さんだけじゃない……。ユウミさんも、相当強いんだ……」


 ユウミは拳を突き出して、クティに向けた。

 頭上でたまった炎の球が、彼に向かって飛んでいく。

 既に球体は、バランスボールほどのサイズに膨らんでいた。


 あれだけの火球弾が当たれば、普通の人間なら死体すら残らないだろう。

 クティは近くにいた女性を掴み、火球弾に向けて蹴り飛ばした。

 球体は女性に衝突すると同時に、大きな爆発を発生させる。


 部屋が吹き飛ぶほどの爆破で、アオは体が吹き飛びそうになった。

 何とか堪えて爆風が収まるのを、待った。

 アオが目を開けると、そこには無傷のクティが立っている。


「お前……! 相変らず、卑劣なやり方ね!」

「たまたま近くにいたあいつが悪い」


 女性を盾にしたことを、一切悪びれる様子のないクティ。

 

「これは俺と、そちらの兄さんの戦いだ。追放者は黙ってろ」

「黙れ! 私に罪を着せて、追放したのはアンタ達でしょ!」

「そんなこともあったなぁ。アンタの10番隊は、俺がしっかり受け継いでやったよ!」


 アオは何度目かの衝撃を受けた。ユウミが元聖騎士なのは知っていた。

 よもや追放されたとは、思ってもいなかったが……。

 会話から察するに、クティが部隊を乗っ取るために、罠を仕掛けたのだろう。


「そういうことなら、そっちの兄さん倒したら、相手をしてやるよ」

「じゃあ、ユウミの出番がなくなるな。俺はお前に負けねぇからよ」


 二都は気合を入れ直したのか、上着を脱いだ。

 拳を突き出しながら、クティに対して構える。


「行くぞ! 必殺、ロケットランチャー!」

「なんかいきなり、凄そうなもの出したぁ!?」


 二都はロケットランチャーを構えて、クティに狙いを定める。

 引き金を引き、搭載されたミサイルを発射する。

 クティはドスを構えて、ミサイルに近づく。


 ドスを縦振りし、ミサイルを真っ二つに切った。

 ミサイルはクティの背後で爆破。風圧に乗って、クティが二都に近づく。


「まぁだまだ! 連続でミサイル発射じゃあ!」


 二都の背後から、ミサイルが生成される。

 クティを正確にロックオンして、一斉に発射された。

 クティはドスを使ってミサイルをガード。煙で彼の姿が見えなる。


「更に首の短いキリンさんを召喚だ!」

「それ、只の奇妙な生物ぅ!」


 二都は宣言通り、星の描かれた円からキリンを召還した。

 キリンは猛スピードで、煙の方へかけていく。


「キリンです! 必殺、モーモー蹴り!」

「アンタ、キリンじゃん!」


 キリンは力強い蹴りで、煙の中のクティを蹴り飛ばした。

 クティはドスを地面に突き刺して、体勢を整える。


「最期に象さんでトドメじゃあ!」

「いつも言うけど、やり過ぎだぁ!」


 アオのツッコミが炸裂する中、クティの頭上が象が出現する。

 

「私にまかせなサイ!」

「もう何でも良いですよ……」


 象はクティの事を踏みつぶした。

 土煙が発生し、再び彼の姿は見えなくなる。

 象に踏まれて無事で済むがない。二都は勝利を確信していた。


 土煙が左右に飛ばされていき、クティの姿が目に入る。

 そこで二都一行は、ドスで串刺しにされ、倒れた象を目撃した。


「おいおい。威勢の割に、この程度のおふざけで終わりか?」


 クティはわざとらしく指輪を見せて、ニヤリと笑った。

 あれだけの攻撃を受けても、クティは頬にかすり傷がある程度だ。


「こいつ……。強い……」

「お前の力はこんなもんじゃないだろ? もっと俺を楽しませろやぁ!」

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