第18話 小春流奥義

 格の違いを見せつけるクティに、二都達は苦戦していた。

 クティはドスの刃を研ぎ始める。


「欠けた分は戻ったと。そろそろ本気だしてくれよ。兄さんよ」

「……」


 アオは緊張から、唾液を飲み込んだ。

 あれだけの力を見せても、二都はまだ本気ではないということだろうか?

 それを見抜いたうえで、勝てる自信がクティにあるのだろうか?


 多くの疑問が過るなか、アオは二都の表情を見つめた。

 彼もまた涼しい顔で、飴玉をなめていた。


「俺に本気だせって? 甘いなぁ、この飴より甘い」


 二都はホルダーから、3枚のカードを取り出した。

 カードの力を融合させる能力は、アオも知っている。

 だが今まで2枚までしか、融合させなかったはずだ。


 まさか二都は3枚以上も力を、融合できるのだろうか。

 だとしたら、彼は手加減して今まで戦っていたことになる。

 それなのにアオは勿論、ユウミですら適わないと思っていた。


「お望みなら、少しだけ本気を出してやる」


 二都は3枚のカードを掲げた。同時に彼の体が光始める。

 強い光でアオ達は思わず目をつぶった。

 光はただ眩しいだけでなく、威圧的空気も放っていた。


 少し肌に触れただけで、アオは刺激を感じる。

 二都は少しだけ本気を出すといった。

 一体どんな技が飛び出してくるのか……。


 これ以上彼を知ることへの恐怖と同時に、好奇心が疼く。

 どれほどの力を、彼は秘めているのか興味があった。


「小春流奥義! サクセスストーリー!」


 アオは徐々に視界がもとに戻ってきた。

 彼女の目の前に広がる光景。それは真っ黒な背景に、巨大な本が立っている状態だ。

 二都は本の上に座っており、クティを見下ろす。


「この技は相手に絵日記に描かれた、現実を与える!」


 二都は本、絵日記を上からめくり始めた。

 絵日記の最初のページが開かれる。


「クティ。貴様のような圧制者には、貧困の不自由を思い知ってもらうぞ!」


 絵日記にはこう描かれていた。


『1月1日。僕は飛竜に乗って、初詣に向かいました』


 絵本の内容が二都によって読まれる。

 するとクティの乗る床が消えて、その下に飛竜が出現する。

 彼は飛竜にまたがる姿勢になり、戸惑いを見せた。


「何だ? この技は……」

「なんでわざわざ飛竜に乗って、初詣に行くの?」


 アオは異様な光景に、ツッコミを入れた。

 二都は気にせず次の文章を、読み始める。


『飛竜から見下ろすこの星は……』

「宇宙行った!? 飛竜で宇宙行ったぁ!?」


 周辺の空間に、星空が広がった。

 真下には青く光る、大きな惑星がある。

 アオは初めて、惑星という物を外から見た。


 宇宙の概念は知っていたが、惑星の形まで知らない。

 まさか球状だったとは。少しの驚きがある。


『惑星に見惚れていると、廃神社に到達』

「廃神社!? 絶対悪い方の神様が居るよ!」


 そこで飛龍は体を反転させた。

 戸惑っていたクティは、飛龍を掴むのを忘れていた。

 飛龍から落とされて、惑星に向かって落下。


 空間が変わり、薄暗い森にある鳥居が目の前に現れる。

 星空は変わらず、真夜中に初詣に来ている様だった。


『飛龍に降ろしてもらった僕は……』

「落とした!? 今落としたよね!?」


 薄暗い廃神社の鳥居が、クティに近づく。

 再び空間が歪んでいく。

 風景は月明かりすら届かない、山奥へと変化していた。


『呪われたと噂の神社に、御利益を貰いに行きました』

「絶対初詣じゃない! これ、心霊スポット巡りだよ! 御利益じゃなくて、呪わいをもらえるよ!」


 再び空間が歪み、風景が変わっていく。

 クティは山道を越えて、賽銭箱の前に立つ。


「体が勝手に……」


 クティの体は本人の意思とは別に、動いた。

 懐の財布に手を伸ばし、中から御札を取り出す。


『幸いにも空いていた神社。今年の僕はついているぞ!』

「当たり前だよ! 初詣で呪われに行く奴はいないよ!」

『更なる運気をつけるため、僕は全財産をお賽銭箱に入れました』


 クティの腕が独りでに動き、御札を賽銭箱に入れる。

 更に着ていた服も、指輪も全て投げ込む。


「見ぐるみ全部、邪神に捧げたぁ!」

『初詣を済ませた後、僕は飛龍に乗って帰宅しました』


 再び空間が歪み、宇宙から惑星を見下ろす。


「一々宇宙を通る必要、あるんですか!?」

『日が暮れたせいか、帰りはとても肌寒かったです』

「見ぐるみ剥がれたせいだよ!」


 ようやく最初の1ページが、読み終わった。

 二都達は真っ暗な空間に戻る。

 

「恐ろしい技だ……。この俺が全く対応できないだと?」


 パンイチになったクティが、息を切らしていた。

 日記の通りに寒さを感じていたのだろう。

 肩に手を乗せながら、体を震えさせていた。


 二都は次のページをめくる。

 そこには1月2日の絵日記が書かれていた。


「くっ! 次のページが開かれたか……」


 二都は再び絵日記の中を、読み上げる。


『この日は初夢を見ました。神様と出会う夢です』


 真っ黒な空間に、紫色の煙が発生する。

 その中にうごめく、黒い影があった。


「力が欲しくないか? 全てを手に入れ、欲望のままに居られる力が?」

「絶対邪神だ! 悪い神様が降臨してるよぉ!」

「ぐおおお!」


 クティは頭を抑えながら、絶行を挙げた。

 まるで締め付けられているかのように、クティは苦しんでいる。


「力を与えてやろう。私と契約すれば、貴様は最強の存在になれる」

『僕はそんなことをいう、神様に言いました』


 クティが歯ぎしりをしながら、二都を睨んだ。


「やめろ……。これ以上、俺から何を奪う気だ!」

『死ね。畜生が。そうすると神様は僕に……』


 クティの体に、一筋の稲妻が降り注ぐ。

 光を浴びたクティの筋肉が膨れ上がる。


「うおおお! 力が……。力が湧いてくるぜぇ!」

「なんで!? 罵倒したのに!?」

『でもそれは夢の中の話。目が覚めたら僕は……』


 クティが急に苦しみ始めた。腰を壊したように体を倒し、その場であお向けになる。

 気が付くとベッドが用意され、クティは布団に入る。


『高熱を引いていました』

「明らかに呪いだ! いや、昨日真っ裸で宇宙に行ったからか!」

『僕はその日、何もできずに寝ることしか、出来ませんでした』


 2日目の日記はそこで終わっていた。

 クティは日記に抗おうとしているのか、必死でベッドから抜け出そうとする。

 だが日記の強制力は強大だった。クティの力を持ってしても、抵抗がままならない。


 二都は日記をめくり、更に次のページに向かった。

 アオが唾を飲み込む。今ならクティの動きが封じられている。

 トドメはここだろうと、彼女は確信していた。


 クティを見ると、真っ青な顔つきで絵日記を見つめる。

 日記は次のページが開かれようとしていた。


「くっ! 次は何だ!? 何なんだ!?」

「白紙」


 二都がやる気のない声で、白紙のページを見せた。

 大きな絵日記を蹴り倒す。


「絵日記に飽きたんだよ! この野郎!」

「三日坊主どころか、2日しか続かなかったぁ! しかもサクセスストーリーでもない!」

「グフゥ!」


 倒された絵日記の下敷きになり、クティはつぶされた。

 ベッドが壊れて、地面と本に挟まれる。

 二都が指を鳴らすと同時に、空間がゆがみ始めた。


 アオ達が気が付くと、元居た部屋に戻っている。

 今の空間は一体何だったのだろうか?

 アオは疑問に思いながらも、クティとの戦いに集中した。


 クティは絵日記から解放されて、自由の身になっているはずだ。

 必ず反撃をしてくるはずだ。


「ゴホゴホ! 終わっても、風邪は治んねえのかよ……」


 パンイチで咳をしているクティは、何とか絵日記を退けた。

 相当高熱なのか、立ち上がる力も残っていないようだ。

 息を切らしながら、それでも戦おうとドスに手を伸ばす。


「空間に宿りし生命の光よ。我が魂と一つになり、その心を癒さん」


 クティは手を地面につけながら、何かを唱え始めた。

 アオにはその術式が、治癒魔法のものだとすぐに気が付く。

 治癒魔法は士官学校で基礎術式として、真っ先に覚えるものだからだ。


 恐らくクティほどの実力者なら、風邪くらい簡単に治せるはずだ。

 折角のチャンスを逃したくない。

 アオは追撃するように、二都に視線で合図を送った。


 だが二都は動かずに、クティの術式が終わるのを待っている。

 余裕なのか術式の意味を知らないのか。アオには判断できない。


「一応言っておくが、それは風邪じゃないぞ」

「無駄だ。俺の治癒力なら、ウィルスまで除去できる」

「ウィルスでもない。それは……。呪いだ」


 一瞬でクティの表情が青ざめる。


「そりゃそうですよね! 呪われますよね! そりゃあ!」


 アオは全てを受け入れた。あの絵日記の事は、本当に現実になるのだ。

 初詣に心霊スポットに向かったクティは、悪い神様に呪われたのだ。


「どうやら俺は、アンタの力を大きく見誤っていたらしいな……」


 ドスを片手に持ちながら、ふらふらの足取りでクティは立ち上がった。

 汗をかきながら瞳から光沢を消して、不気味に口角を上げる。


「良いねぇ~……。体も温まってきたし、こっちも本気出してやろうか!」


 アオはクティの表情に、狂気すら感じていた。

 自分の体の痛みすら、計算に入れていないような動きだ。

 知性あるゾンビ……。そんな言葉が、彼の鈍い動きに似合っていた。


「これが呪いというならば……。呪いすら俺の力に変えてやるぜぇ!」


 二都はクティに近づき、ドスを持つ腕を握った。

 

「そういえば、絵日記に大事なことを書き忘れた」

「ああ? 大事なことだぁ?」

「天気だよ、バカ野郎!」


 二都はアッパーをかまして、クティを上空に吹き飛ばした。

 倒した絵日記を立て直し、天気を加えていく。


「今日はカチコチになった、ブーメランパンツが振るでしょう!」

「意味わからん天気だぁ!」


 二都の宣言通り、空から凍ったブーメランパンツが落下。

 回転しながらクティにのみ、降り注ぐ。

 クティは空中で切り刻まれて、前進に切り傷を作る。


「グボォ!」


 クティは吐血しながら、地面に叩きつけられた。

 なおも体を動かそうと、手を床に添える。


「まだ終わりじゃねぇ……。こんな最高な戦いを終わらせてたまるかよ……」


 クティはなおも戦おうと、腕で体を支える。

 そこへ。壁が抜けたこの部屋に、飛び移ってくる何者かが居た。

 太陽に照らされてぼんやりとしか見えなかったが、アオには誰なのかすぐ理解した。

 

「フハハ! 負けを認められないとは。随分とみっともなく、落ちぶれましたね」


 その声を忘れるはずがない。アオから全てを奪った、そいつの声を……。

 アオは歯を食いしばりながら、盾を構えた。


「ハンケ……! 何しに来やがった……!」


 クティは苛立ったように、背後の人物を睨む。

 ぼんやりとした視界が光になれ、そいつの姿をハッキリと捉える。

 銀色の鎧を着た、あの巨漢の騎士を。


「一応助太刀に来てやったのですが、随分な上から目線で」


 ハンケと呼ばれた騎士は、相変らずの人をバカにしたような態度だった。

 敗れたクティを嘲笑いながら、見下している。。

 

「正直このまま死んでもらっても私は構わないのですが。オリジン家との繋がりのために、生かせとの命令ですので」


 ハンケはクティを抱えた。


「待て! お前は……! お前は私が倒す!」


 アオは前に出て、ハンケを睨みつけた。


「おや? 貴方はどなたでしたかな? ああ、思い出しました。どこからの誰かでしたね」


 ハンケは二都達に背を向ける。


「残念ですが、今日はお遊びはなしです。ここで引かせてもらいますよ」

「逃げる気か! 私と戦え!」

「貴方如き、恐れるに足りませんねぇ」


 アオはハンケに飛び掛かろうとした。

 それを二都が腕を前に出して、彼女の体を止める。


「おい。お前、そいつを生かしておけと、命令されたと言ったな?」

「ええ。オリジン家の後ろ盾は結社にとって、有益なのでね」

「でもそいつ……。あと5秒で爆発するぞ?」


 一瞬の静寂が、アオとハンケの間に解き放たれた。


「……。え? なんでぇ!?」


 ハンケが戸惑っている間に、クティの体は光始めた。

 強い光と共に、強烈は熱と風が周辺に解き放たれる。

 アオは思わず目をつぶって、衝撃に備えた。


 不意を突かれたハンケは部屋の端まで、吹き飛ばされる。

 斧を地面に擦らせて、外に落とされるのだけは防いでいた。


「この絵日記に名前を書かれたのもは、120秒後に爆発する」

「なんでぇ! クティの名前書いてなかったじゃん!」

「呪われた定めからは、逃れられない!」


 ハンケは斧を背負い直し、二都へ顔を向けた。


「なんだこいつは……。本当になんだ?」

「俺に引き伸ばしプレイは効かない」


 アオは初めてハンケが意表を突かれたところを見た。

 どうやら二都の行動は、彼にも予想がつかないものらしい。


「想定よりも厄介そうですね。ここは引かせて頂きましょう」

「待て!」


 撤退を始めるハンケを、アオは追いかけようとした。

 二都がアオの腕をつかんで、止めに入る。


「どうして止めるんですか!? あいつは……!」

「今のお前じゃ、奴には勝てない」


 二都の言葉はアオの胸を、貫いた。

 分かっていた。まだ自分ではハンケに勝てないことを。

 それでも憎しみが優先して、どうしても仇を討ちたい。


 複雑な感情が心で混ざりながらも、アオは盾をおろした。

 二都の言うことはもっともだ。復讐を遂げるには、強くなる必要がある。

 アオはまだ二都の下で何もしていない。ハンケとやらを倒すには、実力不足だ。


「さてと。これで依頼は済んだぜ。そろそろすんなり話してくれるよな?」


 二都はこれまで影で見守っていた元老院に、そう問いただした。

 元老院はローブを外して、素顔を見せる。

 白いひげと、わかめの様な銀髪をした中年くらいの男性が姿を現す。


「実力は確かなようですね。信頼致しましょう」

「アンタらは何者だ? 結社ってなんだ? 聞きたいことは山ほどある」

「まず私の名から名乗りましょう。元老院の長、ハーツと申します」

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