第12話 バカの虚像

 会場が爆破され、何もかも滅茶苦茶になった大会。

 騒ぎの中心人物は、涼しい顔をして会場の外へ向かった。

 アオは慌てて、彼の後を追う。


 会場はパニック状態だ。得体の知れない恐怖が、選手達を襲っている。

 アオはフリーズした選手をかき分けて、会場から去る青年に近づいた。

 青年はあれだけの事をしでかしたにも関わらず、何事もなかったかのような態度だ。


 一体この青年は何者なのか……。アオは好奇心と畏怖を抱いていた。

 同時に彼の圧倒的強さに、敬意を持っていた。

 なまくらな剣で、あそこまで戦えたのだ。普通に戦っても勝てたであろう。


 どうやったらあの強さを得られるのだろうか?

 強さを求めているアオは、強い関心を青年に持った。


「待って下さい! 一つ聞きたいことが……」

「強さの秘訣なら、お米を食べることだぞ」

「いえ……。そういうことではなく……」


 青年はアオが追いかけてきたことに、疑問を抱いていない。

 飴玉を加えながら、コートを脱いで肩に乗せた。


「あなたは何者なんですか?」

「通りすがりの仕事なしだ」

「ただの通り過ぎにしては、随分とお強い様で」


 青年、二都は足を止めてアオへ振り返った。

 アオは一瞬動揺しながらも、強い目線で彼を見つめる。

 彼はただ滅茶苦茶なだけではない。圧倒的強さを持っている。

 

 アオにはその確信があった。何故なら彼女が求めているものこそ、その強さだからだ。

 彼の事を知ることが出来れば、自分は強くなれるかもしれない。

 そう考えて、アオは二都の質問を投げかける。


「あなたは何故、それほどの強さを持っているのですか?」

「強くならなきゃ、生きていけないかったからな。まあ、過去の話だ」


 強くなければ、生き延びれない。その環境を、アオには理解できない。

 この世界は平和そのものだ。たまに事件こそ起きるが。

 大きな争いはもう300年ほど、起きていない。


 一層謎を深める二都に、気づけば畏怖の感情は消えていた。

 武器である盾を見つめながら、アオは考える。

 自分にあの強さを手に入れられるだろうか? 肉体だけでなく、心の強さが。


「君がこの大会に来た理由はなんだ? 強さを求める理由は?」


 アオは逆に質問をされ、口を閉ざした。

 この大会がお金持ちの、出来レースであることは噂に聞いていた。

 この目で見るまで、信じられなかったが。それほど騎士団の腐敗は進んでいるのだ。


 アオもまた下級とは言え、貴族の出だ。

 いつか騎士になることを夢見て、修行の旅に出たこともあった。

 だが今、騎士になろうと到底思えない。ただ強さを求めて、大会に出ただけだ。


 胸中にある思いを告げたくはない。

 おいそれと人に話していい内容ではないのだ。

 二都は察したのか、フッと笑いながらアオに近づいた。


「話したくないなら、別に良いよ」


 優しそうな笑顔で、二都は指を鳴らした。

 するとアオの周辺に、二都が持っていたL字型の武器が出現する。


「話すまで、拷問するから」

「ええ!? 悪魔! そもそも拷問するほど、私の情報に価値がありますか?」

「ないよ。でも俺が拷問したいから、拷問するんだ」


 二都は再び指を鳴らした。先ほど出現した武器が、姿を消す。


「流石に冗談だ。お前が生意気なら、躊躇なく撃っていたが」

「それってもう、拷問じゃなくて、確実に殺してません!?」

「ハチの巣になるな。アハハ!」


 どこまで本気か、目の前の青年の真意が読み取れない。

 ふざけた態度を見ると、アオは少しだけ決意が揺らぐ。

 この得体の知れなさが、彼の本質なのだろう。


「あ、あの! あなたの目的が何なのか、存じ上げませんが……」


 それでもアオは決意を固めて、その言葉を口にした。

 返答次第では後戻りできない。それでも二都の持つ強さが欲しい。


「あなたに、私も同行させていただけませんか?」


 アオの問いかけに、二都は一瞬だけ目を見開いた。

 その直後に背後を向き、アオに背中を見せて去っていく。

 やっぱりダメか……。アオはまだ二都に全てを話せていない。


 いきなり怪しい少女が、一緒に行かせてくれといっても聞かないだろう。

 それが普通の反応だ。アオが諦めてうつむきかけた、その時だった。


「好きにしろよ。俺は構わない。ヘロドトスとの約束だからな」

「だから誰ですか!? その人は!?」


 アオはツッコミを入れながらも、去っていく二都についていく。

 予想外の回答に戸惑いながらも、アオは青年の旅に同行することにした。

 その様子を見て、今度こそ二都は優しそうに笑った。様にアオには見えた。


 ホッとしたのも束の間、すぐに次の問題に衝突した。

 会場を警備していた3人の衛兵が、騒ぎを聞きつけやってきた。

 出入口を封鎖するように立ちふさがり、二都のもとへやってくる。


「貴様……! 名誉ある騎士の戦いを、よくも汚してくれたな!」

「ルール違反はしてないぜ」

「ルールで縛るまでもないだろうが!」


 衛兵は武器を構えて、二都をにらみつける。

 アオはどう行動するべきか、迷った。

 彼女は立場ある身だ。ここで衛兵と一戦交えるのは、まずい。

 

 だが同行するといった以上、二都を守らなければならない。

 アオが迷いを抱きながら盾に手を添えると、二都が腕で止めた。

 ニヤリと笑いながら、衛兵達を指さす。


「愚か者め! 俺がこの状況を、予想していないとでも思ったか!」

「何だと!? どういうことだ!?」


 声を荒げる衛兵に、二都はクククっとわざとらしい、悪役笑いをした。

 

「ちょいと罠を仕掛けておいた。その名も"落とし穴"!」

「なんて古典的な罠だ!? っていうか、言っちゃたら意味がないじゃん!」

「どうかな? これでお前たちは一歩も動けまい!」


 衛兵はツッコミを入れながらも、立ち止まる。

 二都の言う通り、一歩でも動けば落とし穴に落ちるだろう。

 仕掛けがどこにあるか分からない以上、衛兵達は動くことができないのだ。


「残念だったな。動かなくても意味がない。正解は……」


 二都は指を鳴らした。すると床がパカッという音ともに、左右に開く。

 地面が突如消えた彼は、奈落の底へと転落を始める。


「ここだぁああああああ!」

「いや、お前が落ちるんかい!」


 落とし穴に落下した二都に、衛兵達が叫んだ。

 慌てて落とし穴に近づき、中を覗き込む。

 アオも同時に落ちないように気を付けて、顔を近づけた。


「深!? 落とし穴ってレベルじゃねぇ!」


 底なし穴のように、深い闇が広がっていた。

 落ちたら確実に命はなさそうな、それほどの深さだった。

 てっきり穴の先から逃げると思っていた衛兵は、更にポカーンとする。


 全員が覗き込んでしばらくした後、大きな音が消えてきた。

 同時に穴から炎が吹き出そうとする。全員慌てて、穴から遠ざかった。

 大きな爆発音と共に、床は元に戻る。


「オゥ……。マンマミーア……」


 皆がポカーンとする中、衛兵の背後に何かが現れた。

 床が突き抜けて、大きな音と共にそれは現れた。

 

「しまった! 後ろを取られた!」


 衛兵が慌てて背後を見つめると、アオ共々再びポカーンっとした。

 そこにいたのは二都ではなく、人のような何かだった。

 頭がナスになっており、なぜか白衣を着ている。


「これが本当のナース!」


 謎の人物はなすびを外して、素顔を見せる。

 アオは確認するまでもなく、二都だと確信していた。

 案の定なすびを外したら、涼しい顔をした二都が姿を現す。


「ほい、あげる」


 二都は外したなすびを、衛兵の一人に投げつけた。

 衛兵はなすびをキャッチする。


「ふん! こんなもの!」


 衛兵がなすびを捨てようとした瞬間。なすびは白い光を放った。

 二都が一瞬だけ、ニヤリと笑ったのをアオは確認していた。

 あのなすびには何か秘密があるのだ。


「しまった! 罠か!」


 衛兵が気付いた時には遅く、彼は光に包まれた。

 アオはあまりにも眩しかったため、目をつぶった。

 光は数秒ほど強く輝き、やがて勢いを落とす。


 光が消えた直後に、アオは目を開けてた。

 先ほど衛兵が経っていた場所に、奇妙な人のようなものが経っている。

 頭がエビの天ぷらになった、グレーの服を着た存在だ。


「なんでぇ!? ナスを投げたのに!?」


 そこまで口にして、アオはハッと思い当たった。


「いや、ナスが当たって、ナスになるのもおかしいけど! そもそもナス!?」


 アオは頭が混乱しながら、必死で叫び声をあげる。

 一体何をどうしたら、謎の生命体が生まれるのか。

 もはや彼女の思考では、理解が及ばないところま出来ていた。


「貴様……。我々をここまでコケにして、タダで済むと思うなよ!」

「コケにしていない。天ぷらにしたんだ」

「そういう問題じゃない! よくも仲間を……」


 そこでアオと衛兵は同時に、天ぷら星人に目線を向けた。

 そこに立っていたのは、どんぶりを被った青い服の人物だった。


「天丼になってる!? 今天ぷらだったじゃねぇか!?」


 衛兵は目玉が飛び出しそうな勢いで、目を開いた。

 変貌を受けた人物は、自分に何が起きているのか理解していないようだ。

 仲間の1人が鏡を渡して、天丼星人に向ける。


 アオは目が見えないのに、どうやって見るのだと疑問に思った。

 だが一応視界はあるらしく、天丼星人はショックを受けた様子だ。

 膝をガックリと曲げて、四つん這いになりながら床をたたく。


「どうせならかつ丼が良かったぁ!」

「いや、そういう問題か!?」


 身内同士で漫才を始める衛兵達。


「罠にかかったな。そのナスビは時間をかけて、おいしい天ぷらが出来上がるのだ!」

「何故ナスビから、天丼が出来るんですか!?」


 アオは諦めきれず、ツッコミを続けた。

 

「もう許さん……! ここでぶっ潰す!」


 衛兵の怒りは頂点に達した。二人がかりで二都に切りかかる。

 二都は無抵抗に槍と剣の一撃を受けた。

 剣に切られた場所にかすり傷。槍で貫かれた場所に穴のような傷が出来る。


 アオは思わず目をそむけた。

 勇気を振り絞って二都を見ると、平気そうに仁王立ちしていた。


「残念だったな! バカに攻撃は聞かない!」

「風邪もひかないのに、無敵だなぁ!?」


 衛兵も軽そうな表情の二都に、驚きを隠せない。

 再び槍と剣で一撃を食らわせる。だが二都は全く倒れる気配はない。


「効きません! バカはダメージを受けない!」


 両手を広げてアオがイラつくほどの、アヒル口になる二都。

 挑発された衛兵は、三発目の攻撃を与える。

 だがボロボロのはずの二都は、全くダメージを受けた様子を見せない。


「バカだから!」


 更にムカつく表情で、二都は衛兵を挑発した。

 衛兵は完全に頭に血が上り、二都に連続攻撃をした。

 二都は全く抵抗する素振りを見せない。


 アオはその様子に大きな違和感を、抱いていた。

 ふざけてこそいるが、二都の実力は本物だ。

 衛兵の攻撃を見切れないはずがない。


 ならば無抵抗に攻撃を受け続けているのは、何か理由があるはずだ。

 アオが思考を巡らせていると、背後から肩を叩かれた。


「バカが。一生やってろ」


 アオはその声を聞いて、ゾッとした。

 背後に立っていたのは、衛兵に攻撃されているはずの二都だった。

 アオは前後に視線を動かしながら、混乱する。


 確かに衛兵に攻撃されているのも、二都だ。

 だが背後にいるのも二都の姿をした人物だ。


「見た目などただの光の反射。見えるものだけが、真実とは限らない」


 二都は2枚のカードを、アオに見せた。

 そのカードの意味を、アオには理解できない。

 彼女は二都の持つ異能力を、知らないからだ。


「物体を生成する力と光を操る力の融合さ」

「融合……?」

「奴らは俺の虚像と戦っているだけさ。でも物体ではあるから、手ごたえはあるだろうな」


 二都は虚像を攻撃する衛兵の脇を、素通りした。

 アオは慌てて彼の背中を追いかける。

 チラリと衛兵のほうを見るが、怒り狂っているのか全く気づく様子がない。


 あるいは既に二都の術に掛かり、アオ達が見えなくなっているのかもしれない。

 どこまでが計算なのだろうと、彼女は恐ろしくなった。

 やはり彼は底知れぬ強さを持っている。その強さを、自分が手に入れることが出来れば……。


 アオは秘めた思いを抱きながら、二都についていく。

 彼についていけば、必ず自分の目的を達成することができると信じて。

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