第2話 見習い騎士

 開拓されて100年程度の小さな村。

 殆どの村人は土地の開拓の為に、駆り出されている。

 村一番の建物、中央に立てられた小さな教会くらいだろう。


 農業に精を上げるこの村で観光できそうな場所は、そんなものだけだ。

 その小さな教会もシスターが一人。

 教会の整備は数名のお手伝いで、補っている。


 金色の髪の毛をロングにして、赤いカチューシャを付けた少女もその一人だ。

 青いワンピースの下に、黒いジャージの様なズボン。

 エプロンとナプキンを付けて、教会の掃除をしていた。


「はあ~。私もいつか……」


 朝日が昇ったばかりの時刻。少女は決まってこの時間に、掃除をしていた。

 本職があるにはあるが、給料が安い。

 こうしてお手伝いをしなければ、自由に使えるお金すら出来ない。


 暇そうに暇の警備をする、夜勤衛兵に内心イラついていた。

 彼女の本職は見習い騎士。正式に衛兵と認められたものだ。

 周囲には半人前扱いだが、剣の腕だけなら村一番の自負があった。


 いつかは大きな街で衛兵隊。願わくば近衛兵にでもなりたいものだ。

 そんな夢を抱きながら、彼女は落ち葉を奇麗に掃除していた。

 あらかたの掃除を終わらせると、落ち葉を燃やそうと専用の場所に向かう。


「ん? 何でしょうか? これは……」


 少女はそこで見慣れないものを、発見した。

 まるで竹を半分に切ったかのような形をしている。

 幅は人一人が寝転べそうなスペース。上向きに角度をつけながら、森まで続く。


 棒状のものからは、水が流れている。落ち葉の捨て場に、流れていた。

 少女は溜息を吐きながら、棒状のものに近づいた。


「きっと近所の悪ガキの仕業ね」


 少女はいたずらだと思い、棒状のものを撤去しようとした。

 森から伸びており、これは片付けるのが大変そうだ。

 少女は二度目の溜息を吐く。その時だった。


 森の中から水の流れに乗って、何かが近づいてきた。

 それは人の様に見えた。黒い服の青年が、雑巾を加えさせられている。

 その上には金髪の青年と最近見知った顔が乗っていた。


「何アレェ!?」


 少女が呆然としていると、何かは彼女に向かって突撃して来た。

 脳がフリーズ状態だった彼女は、直撃を喰らう。

 下敷きにされた青年の更に下敷きになる少女。

 

「見たか、ユウミ! これが、秘儀! 流しそうめん!」

「これが禁じられし遊び……!」

「ん~! ん~!」


 じたばた暴れる青年の上から、乗っていた二人は退いた。

 青年は少女から離れ、猿ぐつわを外す。


「人でなしだ! ここに人でなしがいる!」

「最短で村に着いたんだ。文句を言うな」

「最短で、もう一回死ぬところでしたよ! 何故流しそうめん!?」


 青年達は少女に気が付かず、盛り上がっていた。

 金髪の青年が棒状のものを指して、ニヤリと笑った。


「流しそうめん=田舎=島根=大田市=石見銀山!」

「立派な世界遺産!」

「でも地元民はそこまで誇らない! 何故なら地元が一番だからだ!」


 ステップを踏みながら、青年達は盛り上がった。

 少女には意味の分からない言葉だ。

 赤髪の少女、ユウミも意味が分からずきょとんとしていた。


「お、アリスじゃん。こんな所で寝ていると、風邪ひくよ」


 ユウミはそこで初めて、倒れている少女に気が付く。

 少女、アリスは強打した腹部を押さえながら立ちあがった。


「貴方達に突撃されたのですけど……」

「君がアリスか! 話はユウミから聞いてない。今さっき存在を知った!」


 黒髪の青年、光夜が手を叩きながらアリスに目線を向ける。

 良く見ると服の前側が酷く痛んでいた。

 痛かっただろうなぁっとアリスは思った。


「アリス、今から掃除? 今日は遅いね~」

「今終わったのに、貴方達が突進してやり直しになったのです!」


 折角集めた落ち葉が、衝撃で飛び散った。

 アリスは溜息を吐きながら、箒を握る。


「それは大変だな。光夜、お前のせいだ。手伝ってやれ」

 

 二都は無関係そうな態度を取り、光夜に箒を渡した。


「いや、貴方の方がノリノリでしたよね?」

「ラジャー。俺のせいです」

「貴方被害者ですよね!?」


 戸惑うアリスを他所に、光夜は箒を受け取った。

 

「って! 何で俺のせいやねん!」


 光夜は膝蹴りを箒を真っ二つに折った。

 折れた箒を左右の手で持ち、その場で体を回転させる。


「これ、燃やすんだよな?」

「え? ええ。この落ち葉は肥料にはなりませんし……」


 アリスが答えるや否や、光夜は嬉々として回転を早めた。

 周囲に竜巻の様な強風が発生する。

 落ち葉は上昇気流に巻き込まれて、上空へ向かっていく。


「冬木光夜異能力! ブルーヒート!」


 光夜は背中から剣を引き抜いた。回転を止めると同時に、目を瞑る。

 すると彼の手から青い光が漏れ始める。

 光は手を伝って剣に向かい、青い剣が更に青い輝きを纏い始めた。


 光夜は剣を上空にとんだ落ち葉に向けた。

 次の瞬間剣先から、青色の光線が発射される。


「ブルーバースト」


 光線は落ち葉に当たると、その姿を跡形もなく消し去った。

 光夜は人差し指で剣を弾くと、背中の鞘に納める。

 

「これで文句ないだろ?」


 光夜がアリスに聞こうと、振り返る。

 目線の先には突風で吹き飛ばされて、倒れた少女の姿があった。


「なんなの……。この人達……」


 ただただ戸惑いながら、アリスは立ち上がった。

 箒で竜巻を起こしたのも驚きだが。最も驚いたのは青年の使った技だ。

 あれは魔法なんかではない。彼女の知らない未知の技だった。


「ユウミ。彼らは誰なのですか? 説明を要求します」

「相変わらずお堅いね~。本人達に名乗ってもらいましょう!」


 ユウミは魔法で軽く花火を上げた。

 花火に合わせて、二都と光夜が飛び上がる。


「俺達は……。爆死の異人だ!」


 謎のポーズを取った後、二人はサッと着地する。

 意味不明の行動だが、二人が只者ではない事が分かる。

 何故なら花火を同じ高度まで、飛び上がったからだ。


 まだ狭い世界しか見ていないアリスでも、強者の風格が伝わる。

 見知らぬ青年達は、この村の衛兵達誰よりも強いだろう。


「それで。その変人達が何の用ですか?」

「それなんだが。俺達訳あって、今宿なしなんだ」

「常識なしに見えますが」


 アリスの毒舌にも負けず、二都は笑い飛ばした。

 彼は軽く事情を説明する。


「俺達はお茶漬けから来た玉ねぎから、肉の自由を守るため戦っていたんだ」

「“俺達は”以外の部分が、私の理解力を超えているんですけど!?」


 二都は真剣なまなざしそのものである。

 アリスはでまかせを言っていないとは思った。

 だが状況だけは理解出来ない。一体彼らは何と戦っていたんだろうか?


「だが劣勢に追い込まれた。俺達は脱出しようとして、間違って家を爆破したんだ」

「なんでぇ!? どこをどう間違えたら、そうなるんですか!?」


 その問いに二都は困った表情を見せた。

 

「色々あったんだよ。俺にも分らん色々が」

「世の中十人十色と言いますからね」


 その言葉は絶対この場で使う言葉はない。っと心の中で突っ込むアリスであった。

 だが二人が言わんとしている事は分かる。

 要約すると文無しで家がないから、何処かに仮住まいさせて欲しいとの事だろう。


 アリスの理解力では、そこまでが限界だった。

 教会に来た理由は分かる。この村には宿がないので、村人以外は泊まる場所がない。

 その為シスターが善意で旅人を、泊めているのだ。


「一応腕っぷしには自信がある。手伝える事があれば、何でもするさ」

「はぁ。私の一存では何も言えませんが……」


 先程の動作を見るに、確かに腕はありそうである。

 それならば村で仕事をする際に、頼りになると言うものだろう。

 彼らが戦っていた玉ねぎがどうなったか、結末は知らないが。


 この村に害がないなら、一時的とはいえ住まわせてあげたい。

 アリスはそう思い、二人にシスターを紹介しようとした。


「シスターは慈悲深いお方なので、受け入れはしますでしょうが……」


 アリスはそこで冷たい眼差しを二人に向けた。


「失礼を働いた場合、斬り殺します」

「了解。その辺の礼儀は、弁えているつもりだ」

「礼儀を弁える人が、人に乗って村に侵入しますか……」


 アリスは半ば呆れながら、今日何度目かの溜息を吐いた。

 もうシスターは朝食を終えているだろう。

 今からなら彼らを紹介しても、問題ないはずだ。


「分かりました。案内するので、着いてきてください」

「その必要はない。入口ならそこにあるでしょ?」


 二都の言葉にアリスは教会の方を振り向く。

 彼の目線には窓すら映っていない。


「何処に入口が?」

「何処って……。ここだけど?」


 二都がそう呟いた瞬間。野球盤の消える魔球の如く、地面が抜けた。

 二都達三人は滑り落ちる様に、地面の中に吸い込まれていく。


「ええ!? なんで私の知らない入口を、知っているのですか!? って……」


 アリスは大慌てで教会の入り口に向かった。

 あのバカとアホとマヌケトリオだけで、シスターに合わせる訳にはいかない。

 100%無礼を働く。彼女は蹴り飛ばす様な勢いで、扉を開けた。


「シスター! ご無事ですか!」


 朝食を終えて出勤したシスターが、祈りを込めていた。

 まだバカトリオは侵入した形跡がない。

 アリスはホッとしながら、シスターに近づく。


「アリス。今は神にお祈り中です。静かにして頂けますか」

「失礼は承知しています! しかし今そこまで、バカとアホと大バカが!」

「そのような悪い言葉を使うよう、教えたつもりはありません」

「重ね重ね失礼します! ですが本当に……」


 アリスが事情を説明しようとすると、天窓が割れる。

 向こう側から金髪の青年と、赤髪の少女が飛び出して来た。


「えぇ!? 下に行ったのに、上から降って来たぁ!」

「人が! 人が天より参られた! もしや神の使い……」

「シスター、しっかりしてください! この人達はただの変人です!」


 乱心中のシスターの体を、アリスは揺すった。

 天上から振って来た二人は、見事に着地に失敗していた。


「アレ? もう一人いましたよね?」


 そこでシスターに向かって、青い光が降り注ぐ。

 シスターは光に夢中になり、背後の二人の事を忘れた。


「こ、これは! 私の祈りが通じて、いよいよ神が降臨なされるのですか!?」


 光と共に何かが落ちて来た。


「トイレットペーパーが降って来たぁ! しかも芯だけぇ!?」


 光から更に別の存在が、姿を現わす。 

 光夜が半裸になって、天使の羽を生やしながらゆっくりと地面におりる。


「召喚されたぁ!?」


 こうして一人の少女は、日常を大きく壊された。

 この出会いが彼女の運命をも左右するかもしれない事を、アリスはまだ知らない。

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