第24話 バラード戦

 力を使い切ったアリスは、戦いを見守っている。

 神器の力を食らっても倒しきれない、強敵バラード。

 もう花弁は使えないはず。あの長い術式を、唱える暇はない。


「はぁ……。はぁ……。こいつ……。強い……!」


 スポットライトが光、紅白サチを照らした。


「アイツはどうでも良いんだけど……」


 まだ未熟とはいえ、神器の力を解放したはずだ。

 だがバラードには余力がある。まだ力を隠している。

 それなのに……。目の前の青年は、余裕の表情を消さない。


 ゴブリン襲撃の時、アリスは聞いた。

 あれだけの数を前にしても、光夜は本気じゃなかった。

 3段階の強さがあると、彼は語った。今回2段階目を解放するはずだ。


「行くぜ! セカンドギア!」


 光夜は地面を叩いた。彼の体を、青い炎が包む。

 青き光は体の周辺から、彼の体内へ入っていく。

 包む炎が徐々に小さくなっていく。光夜は目をつぶっていた。


 炎が全て取り込まれた。光夜の体が青く光った。

 目を開けると、黒目が、コバルトブルーになっている。

 通常のブルーヒートと違う。静かな雰囲気を漂わせている。


「何? その姿は?」

「本気モードだ。こうなったら、俺は止まらねぇぜ!」


 ブルーヒートは興奮状態になるエネルギー。

 体内に取り込んだ光夜は、随時興奮状態だった。

 

「本気って訳ね。なら私も、暗黒魔術師族長の本気を見せるわ!」


 黒い稲妻が、バラードに落ちる。土煙を飛ばした。

 煙が薄くなり、彼女の影が濃くなる。先ほど人型だった姿が大きく変わっていた。

 それは茎にとげのついた、赤いバラ。


「バラが咲いちゃった~。咲いちゃった~。赤いバラ~。咲いちゃった~♪」


 光夜は地面に剣を突き刺した。青いオーラが、地面から吹き出す。

 光が青いユリの形を作った。


「ユリ咲いちゃった~。咲いちゃった~。青いユリも咲いちゃった~♪」

「バラとユリがくっ付いて~」


 バラードは根っこを伸ばす。青いユリに巻きつける。

 お互いの栄養を分かち合う。


「「毒リンゴが咲いちゃった~」」


 紫のリンゴが芽吹いた。

 リンゴの目はニョキニョキ動きながら、アリスに訴える。


「かけないで~。かけないで~。ワサビをかけないで~」


 アリスは無言で、醤油をかけた。


「ぎゃああああ!」


 リンゴの芽は枯れた。アリスは踏みつけて、見なかったことにする。

 

「ママ~。パパ~。花粉ちょう~だい」


 チョウチョに扮したユウキが、2人に近づく。

 口をバラの花に伸ばす。


「もう。さっき食べたばかりでしょ。しょうがない子ねぇ」

「お母さん。食べないと大きくならないぞ」

「横に大きくならない様にね」


 バラードはユウキに、花を近づけた。

 ユウキは口をつけて、バラードの花粉を食べる。

 満足したところで、青いユリに近づいた。


「パパの花粉もちょう~だい」

「は? 何言ってんの、お前?」


 光夜が真顔で言い放つ。ここ一番で、真面目に戻った。


「戦闘中だぞ。真面目にやれ」

「……」


 ユウキは黙って頷く。そのまま涙目になって、アリスのもとへ。

 Yが書かれたハンカチで、涙を拭う。


「アリス姉、今の酷くない? 一生懸命ふざけたじゃん……」

「よしよし。帰れ」


 アリスはユウキの頭を撫でながら、突き放した。

 

「遊びは終わりよ! 食らえ、黒魔術! バラの棘!」


 バラードはバラの棘を、光夜に発射した。


「この棘の強度は、さっきの花弁と一緒よ! 岩をも削る!」


 光夜は棘に対して無反応。黙って攻撃を受け止めた。

 棘は彼の体に当たると、砕け散る。体にかすり傷すら、つけることが出来ない。


「なに!?」

「この姿だと、体の強度が上がるんでね。今度はこっちの番だ!」


 光夜は背中から青い光を出した。光はクレーンの形を作る。

 フックを地面に埋めて、バラードの根っこを掴んだ。


「秘儀、根本から釣り上げる!」

「根こそぎ、奪い取ったぁ!?」


 光夜はバラードを根っこから引っこ抜く。

 釣り上げられたバラードは、地面に叩きつけられる。

 吐血しながら横たわった。


「舐めた真似を……。闇魔術秘儀! 根っこでチューチュー!」


 バラードは根っこを操った。光夜の四肢を縛る。


「この根は生命力を、魔力に転換する! さあ、貴方の生命力を頂くわよ!」

「しまった!」


 根は青い光を取り込む。エネルギーが、バラードに吸収される。

 このままでは、光夜の生命力は奪われる。

 アリスは剣を握って、根っこを切ろうとした。激痛が走り、体の動きを拒否する。


 根っこは相当な強度だ。神器であるこの剣でなければ、斬れない。

 アリスが体を必死で動かそうとする。それと同時にバラードが火を噴いた。


「辛ぁ!? この生命力、もしかしてハバネロ!?」

「生命力に味とかあるの!?」


 バラードは根っこを引っ込めた。

 地面を転がりながら、火を吐き続ける。


「飲み込めないほど辛い!? 誰か水! 水を!」

「こんな枯れた土地に、水なんてねぇよ」


 光夜達の居る東の渓谷は、枯れた場所だった。

 川が流れていない。水の供給源もない。


「何でも良いから! 水分頂戴!」

「マグロで良いか?」

「いやいや! マグロの方があり得ねぇ! 生息してない!」


 光夜はマグロを取り出して、バラードに放り込んだ。

 彼女は巨大なマグロを、一口で飲み込む。


「はぁ……。はぁ……。危なかった……。全身が焼けるところだったわ」


 バラードは呼吸を整える。心拍数が上がっている。

 大地に根っこを張り、土地の生命力を奪い取る。

 

「こうなれば……。暗黒魔術究極魔法! 太陽からの熱!」


 空に浮かぶ太陽から、バラードを照らす光が出現。

 太陽のエネルギーを魔力に転換する。


「この技は太陽の光そのもの! 貴様もこれで終わりだ!」


 バラードは口から白い光を放つ。その速さは光速レベルだ。

 一転に集約された太陽の光が、光夜に向かって飛ぶ。


「カラス撃退する奴!」

「ぎゃああ!」


 光夜は太陽の光を反射させた。

 光線はバラードの根っこを焼き払う。


「終わりだ、バラード。この技でトドメだ!」


 光夜は鞘に納めた剣を掴んだ。抜刀せずにバラードに向かう。

 根っこを焼かれた彼女は、怯んで対応できない。

 剣に体内エネルギーを全て注ぐ。強く握りしめて、腕に力を入れた。


「小春流奥義! 抜刀斬!」


 光夜は一瞬だけ剣を引き抜いた。アリスにはそう見えた。

 実際には見えない速さで、剣を振って収めた。

 いくつもの斬撃が飛び、バラードの体を切り刻む。


「ガギツー! ここに来てまともな技ぁ!」


 根っこから斬られ、バラードは姿を維持できない。

 切り刻まれた後、元の人型に戻る。

 全身に傷がついているが、まだ意識がある。


 光夜はわざと急所を外したのだ。

 地面に膝をつきながら、バラードは光夜に問う。


「何故……。トドメを刺さなかった……?」

「貴様に……。命を奪う価値がねぇ!」

「結構冷酷な理由だったぁ!?」


 バラードはショックから、地面に吹き飛んだ。

 仰向けになり、自分の敗北を悟る。バラードは清々しい表情をしていた。


「どうしてかしら? 負けたのに、悔しくないわ」

「私もです。ボス。ロックが燃え尽きました」


 ちゃっかり生きていたデスボイス死神が、会話に参加していた。

 氷が解けたアニキゼットと、何もしていない紅白サチも近寄る。


「暗黒魔術士族長も、これで解任ね……」

「いいえ! 私らのボスは、バラード様のみ! どこまでもついていきます!」


 アリスは光夜がトドメを刺さない理由が、理解できた。

 立場の違いで敵対しただけで、バラードは悪人ではない。

 彼にはその本質を、理解していた。だから殺さなかった。


「私の完敗よ。煮るなり焼くなりしなさい」

「甘えるなぁ!」


 光夜は拳をバラードの顔面にぶつける。


「殴ったぁ!?」

「俺に生死を決めさせるな。テメェの価値観で決めな」

「もう戦争は止められないわ。貴方は全員に情けをかけるつもりかしら?」


 光夜は首を横に振った。


「気に入らない奴は、ぶっ殺す」

「悪魔だ……。ここに悪魔がいるぞ!」


 デスボイス死神が、光夜に恐怖した。

 魔界にはいない。本物の悪魔を見た気分だ。


「つーかなんで、お前ら人ん家来て、デケェ顔してんの? 地球人舐めんじゃねえぞ」

「土地……。豊な土地が必要なんのよ」


 バラードは魔界の現状を語る。

 土地が痩せて、作物が育たないことを。

 住民は毎日のようにひもじい思いをしていることを。


「下々の者に居場所を与えるには……。人界の豊かな土地が必要なんだ」

「魔物達にそんな事情が……」


 アリスは魔界の実情に衝撃を受けた。ユウキは話を聞いてなかった。

 彼女は魔物達を恐ろしい存在。血と殺戮を好むと教えられていた。

 しかし彼らにも事情があったのだ。人間の国を攻めるだけの実情が。


 自分達が当たり前に暮らしている世界。

 それは当たり前ではない。与えられない存在もいるのだ。


「敗れた以上、私の野望はここまでだ」

「諦めてんじゃねえぇ!」


 光夜は再びバラードの頬を殴った。

 バラードは吐血しながら、地面に倒れる。


「まだ諦めるには早いぞ、コラァ!」

「貴方、どっちの味方なんですか!?」

「人界と魔界で話し合えば良い。こちら側にも、まだ未開の地があるしな」


 光夜達が守っている村も、まだ開拓途上だ。

 アリスの話では、開拓されていない土地はまだ沢山ある。

 魔物達に譲るくらいの土地はあるはずだ。


「簡単にはいかぬさ。我らの確執は……」

「一歩踏み出さなきゃ、無血の融和も不可能だろう!」


 光夜はバラードの腹部を、踏みつけた。

 バラードは吐血。口に血を流した。


「もう血を流してますけどぉ!?」

「和解する意見はあった。だが10種族の殆どが、それを受け入れないだろう」


 土地を手に入れる以外にも、それぞれの思惑で動いている。

 人間が憎い者。世界の支配権を得ようと、野心を抱く者。

 単純に暗黒皇帝に媚びを売りたいもの。


 魔界とて一枚岩ではない。全てのものが和平を受け入れないだろう。

 特に魔界でも冷遇されている、ゴブリン達が。


「上等だ! 和解出来ないやつは、ぶっ殺す!」

「この人無血の融和得る気ないよ! 屍の山、築く気だよ!」

「本気なの? 本気で双方の世界の軋轢を、無くすつもりなの?」


 バラードは光夜の表情を見た。彼の表情は真剣そのものだ。

 本気で言っているのだろう。本来なら無謀な話だ。

 だがこの男なら出来るかもしれない。圧倒的強さを持つこの男なら。


 それは暗黒皇帝を倒せたらの話だが。皇帝には誰も逆らえない。

 皇帝は街一つ、一撃で壊せると言われている。

 そんな実力者に逆らうなど、無謀な賭けだ。


 バラードが和解を進言しなかったのも、皇帝を恐れる故だ。

100年前に顔を少し見ただけだが、強者の波動を感じていた。 

 それでもバラードは、賭けてみようと思った。


「良いわ。そういう事なら。暗黒魔術師族も、貴方に手を貸すわ」


 目の前の人物なら、暗黒皇帝にも勝てるかもしれない。

 皇帝さえ倒せば、両者の世界に和平が結ばれる。それも夢物語ではない。


「1対100の賭けだけど……。私はそっちに賭けるわ!」

「アンタが要れば、百人力だがな」


 こうして光夜達は新たな仲間を、手に入れた。

 人界と魔界。2つの世界の融和は、果てしなく遠い。

 その修羅の道を敢えて進む。それが彼の信念だからだ。

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