第5話 ファーストギア

 蹲ったごぶりを見て、アリスは呆然としていた。

 ゴブリンは最下級の魔物であるが、その強さは人間の比ではない。

 その強靭な肉体は、半端な武器を逆に折るほどの肩さを誇る。


 一度だけ力自慢の衛兵がゴブリンを殴ったと噂を聞いていたが。

 まるで鋼鉄を殴ったの如き痛みを覚えたと言う。


「き、貴様……! 舐めたマネを!」


 殴られたゴブリンは吐血している。まだ立てない。

 一方の殴った青年は、居たがるようすもなく寧ろ殴った手で挑発してみせた。

 アリスはあり得ないと思った。あのゴブリンに素手で戦えるなど。


「そっちが引き下がってくれたなら、喧嘩は買わないであげるけど」

「じゃかしぃ! オドレら生ごみは、ワシらに狩られるだけで良いんじゃ!」


 ゴブリンの内4名ほどが光夜の周りを囲む。

 棘の付いたこん棒や刀、強靭な腕と棒を持って軽く回している。

 光夜はやれやれと言いたげに、両手を広げた。


「今ので何も察しないなら、所詮は雑魚か」


 光夜は拳を握りしめて、前に突き出した。

 攻撃に備える構え。ゴブリン達の攻撃に備えている。


「アリス。少し下がってな。直ぐ終わるからよ」

「わ、私も騎士の端くれです! 魔物から市民を守るのが……」

「こんな雑魚だったら、俺一人十分だ。まだ血も見てねぇ若造が強がるな」

「若造って……。年齢大して変わらないでしょ!」


 ゴブリンの一匹がこん棒を持って、走って来た。

 足は速くないが、重そうな足音が地面を揺らす。

 光夜に十分近づくと、こん棒を振り回した。


 大ぶりな一撃だが、食らわなくても重いのはアリスにも分かった。

 光夜も直撃を避けて、こん棒の下に潜り込む。

 腰を低くした状態で、ゴブリンに足払いをする。

 

 体勢を崩して倒れかけるゴブリン。光夜はアッパーをくらわして、真上に飛ばす。

 吹き飛んだゴブリンは、まだ何が起きたのか把握できていない。

 光夜は混乱中を狙って、ゴブリンの高度まで飛んだ。


「一応忠告しておくが、俺は殺しに躊躇しないタイプだぜ」


 光夜はゴブリンの腕を殴りつけた。ゴブリンはこん棒を地面に落とす。

 こん棒が僅かな地響きを起こす。

 これ程の重量を片手で持ち上げいたのか。

 アリスは改めて、ゴブリン、これが下級に過ぎない魔物の恐ろしさを思い知る。


 だがそれよりも興味深いのは、立ち向かう青年だ。

 彼はゴブリンとほぼ同時に、着地した。

 こん棒を拾い上げて、倒れたゴブリンに足を乗せる。


「戦意無くして降参するなら、攻撃しねえ。俺だって進んで命は取らない」

「誰が生ごみなんぞに……」

「次がラストチャンスな」


 光夜は容赦なくこん棒を振り回した。

 ゴブリンは大きく吹き飛ばされる。


「ナイスショット」


 光夜が飛んでいったゴブリンを、見つめていた。

 ゴブリンは見事に池に落下した。


「……。ナイスショットです。ナイスショットなのです!」


 光夜はこん棒を地面に叩きつけた。こん棒は真っ二つに折れる。


「八つ当たりだぁ!」


 アリスのツッコミと同時に、池に落ちたゴブリンが這い出て来た。

 命まではまだとっていないようだ。


「引け。今なら全員見逃してやる」

「生ごみ風情が! 一人追い詰めたくらいで、良い気になってんじゃねえぞ!」


 背後に立ったゴブリンが、剛腕を振り回した。

 光夜は気づいていないのか、反応する素振りを見せない。

 アリスは咄嗟に庇おうと飛び掛かろうとした。

 だが彼女の反応に気づいた光夜が、手で彼女を制止する。


「ブルーヒート」


 光夜が異能力名を発したと共に。彼の体が青い炎に包まれた。

 まるで彼自身が燃えているかのように。


「何だこれは!? 生ごみの新しい、妖術か!?」


 周囲のゴブリンは驚いたが、剛腕のゴブリンは既に止まらない。

 振りかざした腕が光夜の体と接触しようとした。

 彼は振り返る事もせずに、背中で攻撃を受け止める。


「よっしゃ! 直撃したぜ! ざまぁ……」


 仲間のゴブリンが喜ぶのも束の間。殴ったゴブリンが弾かれていた。

 拳から血を流しながら、膝をつく。


「今の俺は異能力で強度が上がっている。流石に素で食らったらヤバかったかもな」


 人間の武具すら砕く、ゴブリンの一撃をものともしない。

 それどころか攻撃した相手に、ダメージを与えた。

 拳から血を流したゴブリンは、しりもちをついた。


「ひ、ヒィ! ば、化け物だ」

「あん? テメェ今、なんつった? この俺が化け物だと?」


 威勢が良かったゴブリンは、逃げ腰になっている。

 光夜から逃れる為に、体を背後に動かす。

 だが生まれて初めての今日で、体に力が入らない。


「違う。俺は怪獣だ!」

「いやいや! 意味が分からん!?」


 アリスのツッコミと共に、光夜の拳が炸裂する。

 ゴブリンは目を瞑って、迫りくる拳に備えた。

 だがいつまで経っても痛みが走る様子はない。

 目を空けると、光夜は拳を寸止めしていた。


「進んで殺しはしないっつたろ。降参するなら、勘弁してやるが?」

「こ、降参だ! だから殺さないで!」


 涙目になるゴブリンを、光夜は睨みつけた。

 その威圧感から、ゴブリンは体が凍結した様に動けなくなった。

 背後には自分より遥かに強いボスが居る。


 逆らえば自分は殺されるだろう。だが目の前の相手に殺されるよりマシだ。

 光夜には同情の目がない。本当に何人も殺して来た目立った。


「おい、お前! 何勝手に降参してんだコラァ! こっちはまだ数で勝ってる!」


 仲間のゴブリンが発破をかける。だが腰を落としたゴブリンは、震えが止まらない。

 

「お前らこそ、何で分かんねんだ! こんな奴、俺らが束になっても、敵わない!」


 逆に仲間のゴブリンの説得に入った。

 川から這い出たゴブリンも、同様に震えている。


「そ、そうだ! 次は確実に殺されるぞ! それにこ、コイツ……!」


 川に落とされたゴブリンが、光夜を指す。

 光夜は人差し指を向けられて、少し深いそうな表情を向けた。


「ま、まだ本気じゃねえぞ……!」


 その言葉は雷鳴の如く、ゴブリン軍団やアリスに衝撃を与えた。

 これだけの強さを見せつけても、光夜はまだ本気じゃない。

 

「さっきだって、本当は殺せたのに手加減しやがった! 俺には分かる!」

「へえ。少しは賢い奴が混ざっていたようで」


 光夜は拳で自分の腕を叩いた。


「実はこれ、ギアの1段階目なんだよね。先輩には変身とか言われていたけど」

「へ、変身だぁ?」


 ゴブリンのリーダーは、まだ恐れを抱いていない。

 光夜に食って掛かる様に、近づいた。


「そう。変身する度に俺は強くなるんだけど。俺まだ、2回変身を残している」


 再び戦慄がゴブリン達に走る。剛腕を弾いても、まだ全力には遠いのだ。

 殴ったゴブリンは、咄嗟に感じ取った。

 この男は魔界が総力を挙げでもしないと、倒す事は出来ないと。


「ちなみに村では先輩が待機しているけど。二都先輩は俺より強い。2倍くらい」

「こんな奴が二人も……? 冗談じゃねえ!」


 攻撃されたゴブリンは勿論、他のゴブリン達もしりもちをついた。

 ここで光夜に勝てたとしても、もっと強い奴と戦う羽目になる。

 しかも消耗した状態で。ゴブリン達は完全に勝機を失った。


「ラストチャンスって言ったよな? ここで引けば、命まで取らない」

「お、おい! この村には雑魚しかいないから、襲撃を企てたの誰だっけ?」


 腰を落としたゴブリン達は、一斉にリーダーに目線を向けた。

 

「俺だけど? 何か文句でもあるのか?」

「責任とって、死んでくださいぃ!」


 仲間のゴブリンは一斉に逃げ出した。

 ゴブリン達は意外と結束力がある。仲間の言葉は信じるタイプだ。

 その仲間が言うのだから、絶対に光夜に束になっても勝てないと悟った。


「けっ! 情けねぇ! たかがマグレで二人潰されたくらいで、腰抜かしおって!」

「どうやら手下の方が、頭の出来は良いらしい」

「じゃかしぃ! 魔物が生ごみに舐められて、黙ってられるかい!」

「俺が生ごみなら、お前らは粗大ごみだよ」


 ゴブリン隊長は大剣を持って、光夜に走った。

 他のゴブリンより一回り大きい体格。にもかかわらずその速度は、部下より早い。

 アリスはただ呆然と、戦いの行く末を見る事しか出来ない。


 まだ見習いのアリスには、隊長格のゴブリンは倒せない。

 一般兵ですら、敵隊長は数人がかりで挑むのが基本だ。


「ラストチャンスって言ったよな?」


 光夜は瞳を鋭くさせ、強烈な威圧を放った。

 アリスですら胸が苦しくなるほど、圧力が周囲に放たれる。

 ゴブリン隊長は気にせず、大剣を振り回した。


 粗い部下と違い。無駄の少ない奇麗な太刀筋だった。

 力も最大限発揮できるよう、動作に気を付けっているのだろう。

 普通の人間なら受け止める事の出来ない。食らえば即死だろう。


「あと殺しは躊躇しないとも言ったよな」


 光夜は手を広げて構えた。大剣が振り下ろされるのと同時に。

 大剣に向けてチョップを行う。普通なら無謀な一撃。

 だが強度が上がっている光夜の体は、鋼より硬い。


 ゴブリン隊長の大剣は見事に、真っ二つに割れた。

 流石のゴブリン隊長も、この事態に目を丸くした。


「なんじゃと!? そんな馬鹿な!?」

「アリス、グロイの苦手なら目を瞑っておけ」


 戦闘中でも光夜はアリスの事を気遣った。

 アリスはこの先を見届けなければいけない気がした。

 彼らが持つ強さは、自分にはない。そして追い求める強さだ。


 覚悟を持って戦い、幾多もの命のやり取りを潜り抜けた技だ。

 だからこそ目を瞑らず、真っすぐ見届ける事にした。


「殺しは好きじゃないが。ろくでなしを逃がして失敗した事があってな」


 光夜は剣を引き抜いて構えた。

 彼の体を包む炎が、青い剣に纏われていく。

 またブルーバーストとやらを行うつもりかと、アリスは考えた。

 

 だが光夜の行動は違った。剣を使ってゴブリン隊長を切り裂く。

 無駄のない一撃が、ゴブリン隊長の体を貫通する。

 更に追撃として、戻しの一発が傷口に刺さる。


「ゴボォ!」

「誰がごぼうじゃ!」

「違うよそれ! 断末魔!」


 最後に強烈なツッコミが入ったあと、ゴブリン隊長は倒れた。

 目から生気を失い、口を開いたまま動かなくなる。

 体には傷口から漏れた、血が流れていた。


「ふわぁ~。夜更かししちまった。こりゃもう一回シャワー浴びないと」


 光夜は勝利の余韻に浸る事なく、欠伸をした。

 彼にとって勝つ事は珍しい事ではないのだろう。

 もしも……。彼に自分が着いて行けたのなら。


 この剣に相応しい騎士になれるのではないか。

 アリスはそう思った。彼らの強さに興味を抱く。


「さてと、もう一仕事終えてからゆっくり寝ようっと」

「もう一仕事ですか?」

「もっともそっちは先輩が先に向かっているがな」

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