It’s between you and me
第6話 安西詩乃からシノ・アンザイへ
シノが、この石畳の目立つ古都ドンロンまで送致されたのは粉雪が舞う寒い日だった。精神は窶れ、生きがいも、将来の夢を語ることすらなくなったひとりの迷子は幌トラックの窓から外を眺める。
クリスマス、だろうか。幼い子が両親と手を繋いで無邪気に笑っている。キラキラした都会のなかで、知り合いが一人としていない孤独。
「戦争孤児だって?」
「戦争難民なの?」
同時にふたつの事を聞かれたが、共通していたのは「まだ子供じゃないの」という哀れみだった。
けれど欧州の覇権国ブリテン・レルム大王国は、戦争などで国を追われた外国人の一部を受け入れ、国籍を与えるという『慈善』を行っていた。
大人の世界の「そういうもの」に、結果的にシノは命を救われたことになる。
海岸で倒れていたそうだよ──シノが目を覚ました病院で医師から教えられた。
その先生は日本語が上手で「キミはジパニの子だね。ぼくの留学先だったんだ」と遠い眼で呟いた。
「わたし日本人なのだけど?」
シノの問いかけに日本語の通じない看護師たちは「I don't unde△○○□□△ wha○ you'r○ △aying」と返ってくる。
「あー、なに?」
「wa□?」
言葉が通じない不便さに最初は辟易としたが、幸か不幸か英語にとても似ていた。いくつか聞き取れない言葉(独特の発音に日本語耳の詩乃には聞き取れない)があるが、英語の文法を知っていれば理解は容易い。
……そう。英語を知っていれば、容易い。
「真面目に英語の授業を受けておけばよかった」
それでも必至に勉強して(しばらく病院に入院していた)日常会話程度なら喋れるようになると「国はどこだ」と責め立てられているのだと、理解出来た。
典型的なニッポンのタヌキ顔をしている安西詩乃は、アングロサクソン系だらけのこの国では目立った。しかも、かつての世界と違って日本企業の姿を見かけることもなく──日本企業だけではなく、この国には中国やインドなど東洋系企業は存在しないようだ。どうやら外国との国交は少ないように思われた。
世界地図を広げると知らない国名ばかりだった。
それでも日本とおもわれる列島を指さして「ニッポン」と言ったら「そうか、ジパニから来たのね」と言語変換される。
「ジャパンだよ」と言い換えたが、やはり「ジパニね」と押し切られる。
面倒くさくなって、いつの間にか「はいはい、ジパニーとかいう国から来ました。シノ・アンザイです」と応えるようになった。
「ジパニなんて国は知らないわよ」
少ししてから、刑事とは違う雰囲気のスーツ軍団がやってきた。この国のお役人さんだった。
根掘り葉掘り、色々なことを聞いてくる。
詩乃は包み隠さず、日本での暮らしや家族構成を語った。学校のこと。部活では水泳部に所属していて全国大会にも出場したこと。
彼らは理解出来ないようだったが、それでも精一杯話を聞いてくれた。
詩乃は少しずつ、本来の明るさを取り戻していった。
ある日、「とりあえず、そのジパニでもいいから地図のこの列島。ここに帰りたい」と面会に来た役人に伝えた。
けれど大人達は哀れみの眼差しを濃くするばかりで──なかには涙を流すおばさんもいて、シノは途方に暮れた。
仲良くなった看護師さんたちと別れたシノは、来院した蝶ネクタイの大柄な紳士に「女王陛下のお膝元へお引っ越しだよ」とだけ言われて、幌トラックに乗せられた。
「ひょっとして、わたし売り飛ばされる?」
簡易な電気ストーブと毛布だけが渡されたが、意外と庫内は暖かかった。
道中、シノの逞しい妄想バクハツは次々脳内誘爆を引き起こす。彼女を絶望に落とすことに成功したようだが、事実は全く違っていた。幌トラックは石畳の首都に構える立派な建物の前に到着した。
役所だった。
そこで役人から再び面会を受けた(いま思えば『難民認定のための面接』だったのだろう)その後に、ドンロンの難民施設へ入室が決まった。
迎えに来た紳士は、難民施設の管理人さんだったのだ。高校へも通わせてもらい、残りの青春期を過ごした。
シノの明るい性格が幸いして、気の合うクラスメイトはすぐに出来た。彼女の異世界での高校生活は、まずまず順調だった。
その際に知り得たのは「ジパニなる日本と似て非なる国家は戦争に負けて消滅した」という情報だった。
なんの感傷もなかったが世界地図を見れば日本と同じ位置にある、日本列島に酷似した形をしていた。
教科書に掲載された最新の世界地図ではジパニという国名は消えて別の国の植民地になっていた。
嫌な感覚と同時に「そうか、ここは異世界なんだ」と想いを新たにした。
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