第19話 会敵
「なんだっていうんだッ!」
ロベルトは目を凝らすが敵の姿は見えない。
相手だってレーダーは使えないはずだ。航空機から攻撃されたとは考えにくい。かといってデカ物のセンチュリオンの姿もまだ見えない。
右手になだらかな高地があり、その奥に雪山だ。
アリエテが進軍している場所は障害物のない平原で、それは敵のセンチュリオン部隊が展開する戦地まで一直線に続いていた。
敵の姿が目視出来ないはずがない。
まさか地平線の向こうから撃ったとは考えられない。右手に聳える高地だろうか。再び目を凝らす。そうするうちに──被弾ッ!
また一両が火達磨になった。
こいつは普通の戦車弾とは違う。
なによりも攻撃は高地ではなく正面から来た。馬鹿げた話だが敵は地平線の向こうから撃ってきた。
誘導ミサイルだとでもいうのか、しかしレーダーが生きていないはずだ。
「あちらさん、大慌てだね」
グレイス曹長がレシーバーでほくそ笑む。
それをシノはムッとしながら聞き流した。
なにか、卑怯な戦法のような気がしたからだ。敵の戦力……と、いうより技術力の差が数十年違う気がする。これでは弱い者イジメだ。
レイナが「一個師団だって壊滅出来る」と言ったのはどうやら事実のようだ。忘れていたが、昔から冗談を言わない子だった。
「気を引き締めなさい。敵を侮ってはダメ」
「イエス、マム」
《連射モードに移行しますか》
まるでシノの気持ちを理解しているかのように、ミアトゥのAIは戦術の変更を問うてくる。
レールガンをレーダー誘導のピンポイント攻撃から、迫撃戦の連射攻撃へと変更しますか? それがAIからの問いかけだ。
弾丸そのものは同じ。だからソフトウェア上のプログラムを切り替えるだけですむ。手間はかからない。
対戦車用に開発された液体火薬の詰まった真鍮弾は、戦車の装甲を貫く衝撃で外皮が破れて発火する仕組みだ。
車内で炎上し乗員を焼き殺すが、燃料タンクなどに引火すれば爆発し隣接する他の車両や兵士も巻き添えに出来る。よく考えられた効率的な殺人兵器だった。
このまま後退しながら相手を地平線の向こうに押しとどめるやり方もあるだろう。
敵戦車兵たちは自分たちの姿を一切見ないままに蒸し焼きになるのだ。そんなやり方に引け目を感じる。同じ殺し方でも、ちゃんと相対して決戦すべきではないか。
だから敵戦車が10両になった時点でシノは決断した。
「連射モードに変更。曹長、迫撃戦に備えろ」
「……少尉、宜しいのですね」
グレイスの不満に少尉らしく応える。
「敵を眼前で叩くのが戦車戦の王道よ!」
「見えたぞ、想像通り新型だ!」
ロベルトがその肉眼で見つけたのは、地平線近くにいる小さな軽戦車。
まるでゴキブリのように地面に伏して異様な寸胴サイズの砲をこちらへ向けている。それが情報部からもたらされた車載用レールガンだろう。
聞いたときにはSFの読み過ぎだと笑ったが、どうやら事実だったようだ。
マルコの店に情報部の連中も招待してやらねばならんか、とロベルトは今夜の酒代の算段をした。
「総員、前方の『筒を背負ったゴキブリ』2匹が敵だ」
車長席の真下にある通信席から、ミケーレは全車に対して無線を入れたが反応がない。
電波妨害されているのだから当たり前か、とミケーレは納得する。
これまでノイズ混じりでもやりとり出来ていたことのほうが不思議だったのだ──どういうことだろうか。
「少佐、連中は電波妨害の範囲をコントロールしているのでは?」
「ん、なにを馬鹿なことを言ってる」
「これまで使えていた無線もここに来てダメになりました。むしろこれまで、あえて無線だけは使わせて我々の会話を盗み聞きしていた。そして目に見える範囲に来たから無線も使えなくした」
「そんな魔法みたいなことが出来るのか。副官は子供の頃に読み聞かされたルイス・キャロルが頭から離れんのだな」
「いえ、ブリテンの童話などに興味はありません。自分が言いたいのは、高度な技術はそれを持たぬ者からみれば魔法に見えるという事です」
「随分と王国に入れ込んでいるように思えるが……まあ、いい。確かにレーダーが使えないはずの状況で、地平線の向こうから攻撃をかけてきたのは事実だ。侮れん連中だ」
「はい」
──ドーンッ!
さらに一両が火達磨になる。
「くそったれがぁ!」
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