第18話 それは戦場に降り立った魔女軍団

「トーマス、下がれ!」

 良く響くソプラノボイスで声をかけたのはテイラー伍長だった。

 トーマスのような新兵とも言えないほどの『ド素人集団』を纏め上げる班長だ。


 同期のなかには彼女を「女狐めぎつね」と陰口を叩く者もいたが、トーマスは姉のように親身になってくれるテイラー伍長を信頼していた。


「は、はいっ」

 即答する。


 トーマスの前方には、レルムの主力である巡航戦車センチュリオンがいた。

 その背後へ隠れるようにして数名の敵兵を既に射止めており、このまま武勲をあげられるのではないか、と調子に乗っていた。それを諫められた。


「敵の航空機は戦車を狙う。ミサイルは長射程だ。おまえの目では見えない雲間から撃ってくる。一緒に巻き添えになるぞ」


「わかりまし……」

 言い終わる前に、センチュリオンの上空へ何かが飛来した。

 それはトーマスの頭上を掠め──爆発!


 捲れあがる土煙。

 同時に火薬の匂いと……人間の焼ける匂い。


 トーマスの網膜に飛び込んできたのは『姉』がミンチになる光景。


 そして自身もまた凄まじい熱風に弾き飛ばされ、センチュリオンの後部へ頭を叩きつけた。ヘルメットを被っていなければ即死だったろう。


「あ、あぁぁぁ……ッ!!」

 センチュリオン反撃の砲撃音と重なるようにトーマスは雄叫びをあげる。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……ッ!」

 ふらふら蹌踉よろめきながら立ちあがると、自動小銃を握りしめる。

 震えていたが、恐怖心ではない。

 これは怒りだ。

 とめどなく躰の奥から湧き上がってくる憎しみだ!


 ひとり突撃を開始しようとした、そのときだった。

 ドスンッ、と眼前に見慣れない軽戦車が落ちてきた。センチュリオンとは違う、小柄で曲線的なデザインの……本当に戦車だろうか?


 砲塔についているのは申し訳程度の寸胴な筒。

 そう、戦車の砲身というより筒だ。それが蛇のように鎌首かまくびをあげた。






 マッカラン中隊長は自身の搭乗するセンチュリオンのコンソールモニターを弄りながら訝しんだ。

「どういうことだ、これは」


 到着早々にECM電波妨害をばら撒き、戦車の天敵である上空からの攻撃を阻止した。


 だからこそ「馬鹿な女どもめッ」と一度は激怒した。

 これでは、こっちの視界もやられたじゃないか。


「……いや、待て。なんだこれは。どういうことなのか」

 ところがセンチュリオンの衛星レーダーは使えるのだ。


「マッカラン大尉、こちらレイナ中隊のレディー・レイナ・スズキ・ハワード中尉であります」


 陸戦隊のジャンヌダルクにも例えられたレイナ中尉からの無線だ。

 もっとも『ワルキューレ』から『セイレーン』まで彼女の異名は多い。


 男の精気を吸い取る淫魔『リリス』呼びした下士官を、顔の形が変わるまで殴ったという噂も聞く──たんなる噂だとは思うが。何にせよ、あまり関わり合いになりたくない部類の女だった。


「こちらマッカランだ。援軍に感謝する」


「敵はミアトゥによって目が潰されています。イノシシのように突っ込んで来ますが、狩りの名手を配備しました。ご安心を」


「それだが、どういうことだ。こっちのセンチュリオンはレーダーが使える。中尉の言うとおり30頭が一直線に向かってくるのがわかる」


「ミアトゥのECMはポイント攻撃が可能です」


 敵の衛星網だけを狙い撃ちしたということか!?

 他へは広がらないのか!?

 そんなことが可能なのか──いや、現にその魔法を体験しているわけだが。


 マッカラン大尉は『レイナ中隊』の愛称に『ミアトゥ隊』と『ウエーブ中隊』以外に『ウイッチ隊』を加えることにした。







「馬鹿な連中だな」

 ベッリゾーニアのロベルト・アッバティーニ少佐は笑った。


「やはり紅茶の飲み過ぎで知能指数が落ちているという噂は本当のようですね」

 副官と努めるミケーレ・デ・アンジェリス大尉もほくそ笑む。


「こちらの目を潰したつもりだろうが、ECMなどばら撒けば自分たちも御自慢の衛星が使えないだろう。空軍の支援は期待できなくなったが……ああ、そうか、あんなオカマ連中に期待などしていなかったな。やはり戦車戦は互いに眼前でのドツき合いが奔流だ」


 ミケーレが補足し全車へ通達する。

「相手はポンコツがたったの4両だ。ひょっとしたら、情報にあった新型戦車を送り込んでくるかもしれないが気にするな。こっちは30両。どう足掻いても飛行機で運べる数じゃない」


「「「シィ、シィニョーレ!」」」


 勝ちどきの直後、

 ──ドーンッ、凄まじい爆発音と衝撃波。


「何が起こった!」

 ロベルトが車長席から頭を覗かせた瞬間、垣間見えたのは自軍のアリエテが次々と破壊され、火達磨になっていく姿だった。

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