第23話 異なる存在

 ──ロマン空爆から30分後


「計画を発動せよ」

 ベッリゾーニアの皇帝は、御前会議の席で静かに命じた。地下シェルターに設けられた作戦会議室へ参集した高級将校らの顔には緊張が走った。


 国防大臣が「それは我が国が報復される可能性も考慮してのご発言でありましょうか」眉間に皺を寄せながら石臼いしうすのように言葉をひねり出した。


「聞こえなかったか。計画発動だ」


「しかしながら……」


 なおも怯える大臣をふんっ、と鼻で笑うと「ブリテンはこれほどまでに多くの弾道ミサイルで我が愛すべき首都ロマンを焼き尽くした。歴史に彩られた人類文明を焼いたのだ。しかし諸君、不思議に思わんかね。ただの一発も核は混じっていなかった。なぜだ」


 皇帝の真意を謀りかねていると「はっはっはっ」と若き指導者は高笑いした。

「撃てないのだよ。ようするにビビりなのだ、ブリテンは」


 場がざわめくのを「とても愉快だ」という表情でにんまり。

「いいかね、ビビりのブリテンどもに現実を叩きつけてやるのだ。この戦争は我々が勝つ。何故ならば、我らは核ミサイルを連中の首都ドンロンに落とす勇気があるからだ」


 将軍のひとりが手をあげた。

「陛下、我らを裏切ったグローリアンラント帝国とカイゼリッヒ公国に対してのは如何されますか」


「あいつらも同罪だ。核の炎で燃やしてしまえ!」




 ──強襲揚陸潜水母艦ヴァン・ニョルズ艦内


「あなたは何をやっているのッ!」

 毛布を剥ぎ取ろうとするレイナに抵抗するシノ。廊室に集っていた水兵らは蜘蛛の子を散らすように散会していた。

 誰もいない鋼鉄の空間にレイナの怒声ばかりが響く。


「疲れたからちょっと休憩していただけでしょう!」

 言い返すシノ。


「士官が甘えたこと言わないの。それも、こんな水兵のたまり場で恥を知りなさい!」


「あたしは……人を殺しちゃったんだよ。あたしは、この手で……」


「戦争よ。殺人罪にはならない」


「そういうこと、言ってんじゃないの!」


「シノ、あのね……」

 レイナの視線が和らぐ。いきり立つシノの瞳にかぶさった。

「……軍人は人を殺す仕事じゃないのよ。人を護ることが任務なの」


「綺麗事はいらない。現実にわたしは人を殺してご飯を食べてきた」


「敵を撃たなければ、その敵は自分を殺す。誰かが敵を殺さなきゃ、大切な家族が殺される。だから軍人は敵を排除する。それは殺人じゃない」


「あたしが死んでも誰も悲しまない」


「あんたが死んで悲しまない人がいるわけないでしょう」


「あたしは孤児よ、この世界に家族はいない」


「わたしが悲しむって言ってんのよッ!」

 潔癖症のレイナが自身の軍服のシワを気にすることなくシノを抱きしめる。


「レイナ、やっぱりレイナだった」

 シノもまたレイナを抱きしめる──そして、

「本当はこんなに優しい子なのに、どうしてみんなの前では素直になれないの?」


「わたしは士官よ」


「だから、なに? そもそもあたしたち日本人だよ。戦争なんて縁のない国から来た異世界人だよ」


 そんなシノの言葉にレイナの顔色が変わる。

「戦争とは……縁がない?」


「だってそうでしょう」


「わたしたちが、何故ここへ飛ばされてきたか。あの日のことを覚えていないの?」


 天から降り注ぐミサイルの雨。

 燃え上がる炎。捲れあがる大地。

 泣き叫ぶ人々の声。子供の悲鳴。男たちの怒号。

 何も出来ず立ち尽くす警察官。

 地図から消滅した、かつて日本と呼ばれた国。


 忘れるはずがない。

 ただ、忘れたいだけだ。






 ──弾道ミサイルのハッチが開かないだと⁉

 山間部に軍事予算の多くをつぎ込み建設されたベッリゾーニア帝国自慢のミサイル基地はパニックに陥っていた。

「電源が入りません。それと、」

「なんだ、まだ何かあるのか!」

 担当下士官は無言でモニターディスプレイを指す。覗き込んだ将校もまた言葉を失った。


『わたしは偉大なる女王陛下のアーティフィシャル・インテリジェンスです。無駄なあがきはやめて降伏しなさい』


 それは少女だった。頭からゴム状の黒いフードを被った異形のドール。黒目しかない瞳に鼻孔のない鼻。口を硬く閉ざしたまま声だけが響く。


「我々は、いったい何と戦っているんだ」

 将校の額から汗が流れ出た。




 ──終戦。


 国際連盟の安全保障会議は揺れていた。

 ベッリゾーニア帝国がブリテン・レルム大王国に敗れた。それは予想されていたことではある。けれどブリテンのその圧倒的な軍事力をまえにベッリゾーニアが早々に崩壊してしてしまった。


 これは「もっと長引くだろう」との多くの専門家の予測を裏切る結果だった。いったいブリテンはいつの間にそれほどの力を手に入れたのか。数年前までは欧州各国とはそれほど違いはなかったはずだ。


「半世紀、いや1世紀は技術力に差がある」


 戦争により晒されたブリテンの高度なテクノロジーに各国代表は戦慄した。

 遅れて会議へ参加した王国代表に集中する視線。


「皆さんと同じ地球人ですよ」

 若き軍使は軽快にブリテンジョークを飛ばした。






 ヴァン・ニョルズの格納庫内で待機する新型戦車『ミアトゥ』

 その薄暗いコクピットに居並ぶモニターへ映るのは、ゴム状の黒いレザースーツを羽織った少女。


「さあ、シノ。早く遊びにいこうよ」

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