第22話 ナイトウエアでナイトメア

 苦しい……吐きそう……このまま消えたい……シノ・アンザイは廊室(軍艦にはよく見られる空きスペース)で毛布にくるまっていた。


 水道管とガス管の間に填まり込むように身を縮め震えた。

 ここの廊室は格納庫に近いこともあり戦車整備の水兵らが談笑や試験勉強などに利用する場所でもある。


 毛布を握りしめたうら若いシノ小隊長がパジャマ姿で現れたことに歳の近い男子らは驚愕した。

 けれどその瞳をみて「ああ、新兵がよくかかる病気だ」と理解した。自分たちもかつてはそうだったからだ。


 むろん「英才教育を受けてきた士官だろ」という疑問もあったが、狭い管の間へ身を隠すように滑り込む彼女に対して見て見ぬ振りを決め込んだ。

 良くも悪くも水兵という軍の末端に所属する一兵士だ。自分らの上官である士官の行動に興味をもったりしない。


 これが水兵を指導し士官をサポートするグレイスら下士官であればまた別だ。

 士官の所作から学び、場合によっては士官へ対し所作を指摘する。グレイスの階級「曹長」とは、そういう役割も与えられている。


 シノの部下はグレイス・エバンズ曹長をトップに音楽大学を家庭の都合で退学しなければならなくなったアイラ・ナラ伍長と、まだ十代で様々なことに好奇心旺盛なルナ・ウイルソン伍長。

 全員が下士官だ。

 彼女らはパジャマ姿で飛び出した『ボス』に女性としての慎みを教えようと血眼になって艦内を捜索していた。


 ヴァン・ニョルズは他の軍艦より女性の比率は高い──と、いうより潜水艦にこれだけ多くの女性を配していられるのは空母を超える巨艦であればこそだろう。


 とはいえやはり軍隊は男社会だ。二十代の若い女が薄着のパジャマ姿でふらつける世界ではない。


「どこか、まだお子様なんだよね。あの子は」

 グレイスは大きく溜息をついた。






「お姉ちゃん、どうしたの?」


 知らない声に顔をあげる。見たことのない顔があった。少女だ。幼い女の子。


 服も軍服じゃない。ここは軍艦の中のはずなのに──否、だからとドレスを着ているわけでも無い。

 躰にぴったりフィットしたゴムのような黒いレザースーツだ。

 頭も手も足も……足はブーツ状になっていたが、それでも一体化した宇宙服のようだった。頭を覆うフードから漏れる黒い髪。

 顔だけが外気に晒されている。中東系のエキゾチックな顔立ち。浅黒い肌。幼い大きな黒目。


「あなたは乗員なの?」

 聞いてから思い出した。わたしもパジャマ姿だ。ここは軍艦の中なのに。


 少女は無邪気な笑みを浮かべると自身の正体を告げた。

「毎日会ってるのに忘れちゃったの?」


 シノは戦慄した。

「だって……そんな、」


 彼女は『ミアトゥ』に搭載されたAI。

 厳密にいえば、隊長車のみに個別搭載された端末ワークステーション人工知能。

 まさかそれが実体化して自分の前に現れたとでもいうのだろうか。


「SF小説に興味はないんだけどなあ」


 シノの呟きに少女が楽しげな笑みを浮かべる。


「わたしはきっと夢を見ているんだわ。うん、そうよ、これは夢……それをわかったうえで、あなたに聞きたいの」


「なあに?」


 無邪気な瞳からあえて視線を外すと、声を絞り出す。

「人を殺して何も感じないの?」


 心臓の高鳴りを必死に押さえてした質問に、少女はあっけなく即答した。

「他人を殺して仲間を助けるお仕事だもの」


「殺した人にも家族や友人がいるはずよ。それを戦争だからって……命を奪う権利があるの?」


「そうしないと、お姉ちゃんのお友達も死んじゃうよ」


 思わず息をのんだ。グレイスはもちろん、アイラやルナ。小隊長である自分を信じてついてきた部下たちを守ることが最優先のはずだ。そんな簡単なことを忘れかけていた。






 ──艦長より達する


 艦内にある全ての廊室を捜索していたグレイスは突然の艦内放送に足を止めた。


 全乗員による緊急の戦闘配置はなく、ローテーション配置の当直者だけで静かに打ち上げられた12発の弾道ミサイル。

 艦長自ら事の経緯を説明された。まもなく、それが終戦をもたらすであろう。


 唯一安心したのは使用された弾頭が核ではなく、通常の爆薬だったこと。それでも相当な被害は出るだろうが街の復興は可能だろう。


 けれど「こんなにも簡単に戦争は終わるのか」といった、どこか釈然としない違和感に怖さも覚えた。


 軍事力の圧倒的な差。

 なのに、どうしてベッリゾーニア帝国は王国に宣戦布告したのだろう。勝てるなどと、何が勘違いさせたのだろう。


 当初は同名関係にあったグローリアンラント帝国とカイゼリッヒ公国はベッリゾーニアが開戦した翌日には早々に関係を解消していた。

 そんな国際情勢にも嫌らしさを感じる。


 もっとも一介の下士官に政治の背景はわからない。推測すらすべきではないのだろう。


「いまはシノの捜索か」

 気を取り直すと、今度は格納庫近くの廊室へと急いだ。

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