第24話 お出かけしましょう
「どういうことなのかッ!」
地下の作戦会議室で、ベッリゾーニアの皇帝は声を荒げた。
グローリアンラント帝国とカイゼリッヒ公国の裏切り……否、最初から我が帝国を嵌める気でいたのかもしれない。
そんな疑念が、歴戦の勇者と称された皇帝の顔に苦悶の色を浮かばせた。
軍の将官らはただ棒立ちで、もはや何の役にも立ちそうにない。
皇帝はサーベルとピストルを確認すると、足早に部屋を出ようとした。そのとき、初めて将軍が口を開いた。
「亡命先を探しております。今しばらくご辛抱ください」
その言葉は、皇帝の
「貴様、わたしに国を捨てて逃げろというのか」
「もはや我が帝国に戦闘継続能力はありません。王国軍が直接乗り込んでくるのは時間の問題です」
「だから、なんだッ!」
将軍の頬を思いっきり殴りつけた。
老体は簡単に背中を床にぶつけ、身を捩った。皇帝は殴りつけた拳を開き、シワの増えた自らの手を見つめる。
ハッと何かに気づいたようにふらふらと後退し、そのまま椅子に座る。
将軍が頭を抑えながら立ちあがる姿へ「急げよ」と声をかけた。
そんなときだった。
尉官の階級章をつけた若い将校が血相を変えて飛び込んできた。
「大変ですッ!」
「貴様、ここをどこと考えている。中尉が出入りできる場所ではないぞ!」
怒鳴る将軍に、それでも若い将校は口を開いた。
「暴動です。民衆がこの地下作戦室へ押し寄せておりますッ!」
強襲揚陸母艦ヴァン・ニョルズ。
ブリテン・レルム大王国が、その造船技術の粋を結集して建造した超巨大潜水艦にして航空母艦。そして強襲揚陸作戦を担う戦車大隊の
最前部のハッチを観音開きに開放すると、そこには航空機を発着艦させる滑走路が現れる。その空母形態のままポーツリン港のZ
海まで雪崩れ込んだ土砂によって形成される自然の防壁が、他の
観艦式でお披露目されたとはいえ、いまだ多くが
『上陸員、上陸用意』
艦内スピーカーからひっそり聞こえた声に沸き立つ水兵たち。
それに睨みを利かせつつ「もめ事だけは絶対に起こすなよ」と声を荒げる下士官。
エリート集団であるという自負もあるが、つまらぬ喧嘩などで外の警察のやっかいになれば、秘密の多い我が艦としては面倒なことになる。
もっとも、そんな場合は上層部が気を回して憲兵隊をねじ込み、一般警察から遠ざけるだろう。むろん、問題を起こした水兵は人生で最も苦しい状況に追い込まれることになるわけだが。
「シャバの空気を楽しんでこい」
檻から放たれた猟犬のように艦を飛び出していく水兵たちを、やや心配な視線で見送りながら「さて、じゃあ俺たちも」と今度は下士官らも私服に着替えて外出する。
「お土産お願いしますよぉ」
当直の水兵・下士官らの恨めしい声を最後にヴァン・ニョルズ艦内は静けさを取り戻した。
「シノ、何やってるの」
ウエーブ居住区で書類仕事に忙殺されるシノに声をかけたのはレイナだった。
「見てわかるでしょう。報告書やら訓練計画書やら……とにかく仕事がたまってんの。海軍は紙で動いているって本当だったのね」
水兵・下士官とは違って、どこの国の海軍も士官というものは残業に人生を費やす。書類仕事だけに留まらず、会議への出席や他省庁との打ち合わせにプライベートな時間というものはゴリゴリ削られていく。
それはシノも同じだった。
塞ぎ込んでいたからと、そんなものは軍務に関係なく彼女を容赦なく追い込む。
「え、」
シノがいま一度、書類から視線を外して顔をあげた。レイナは私服姿だった。
しかも、お洒落なワンピースだ。
「ちょっと付き合わない?」
「……えー、っと。でも仕事が、」
「おねえさまぁ、ご安心くださーいぃ」
アリス・ディービーズ少尉がレイナの背後から突然現れた。
「今日はアリスが当直士官なのよ。その仕事はお願いしたら良いわ」
「ええ、でも……アリスも仕事がたくさんあるでしょう」
恐縮と期待の入り交じったシノの視線を気にすることなく、金髪碧眼の少女は無邪気な笑顔で応えた。
「大丈夫ですよぉ、シノちゃんお姉さま。書類仕事は得意ですから。その代わり、次はアリスとデートしてくださいね」
幼年学校を飛び級で卒業し、兵学校さえも首席で卒業した天才児は、自信満々に胸を張った。
【長期連載】異世界ブリテン戦記〜戦火の無限軌道 猫海士ゲル @debianman
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