military operations other than war

第2話 進軍開始

「ただいま入りましたニュースです!」


 それまで談笑混じりに、今夜の天気を報じていた女性司会者の声色が緊迫した。

「……にこにこレルム海運が運航する客船『ブリテン・パシフィック3世』が地中海のジワーラ・スルト湾近海を航行中に海賊の襲撃を受けたと政府関係者から情報が……」



 狭い鋼鉄の車内で、目を瞑ったままイヤホンを突っ込んでいたシノ少尉は苦笑する。


 天気予報を打ち切ってまで緊急放送に切り替えたのは、さすが我が国のマスコミさんは優秀だが、

「情報が遅いわね」

 まぶたを開くと柔らかな光を発するモニターが目に入る。

 これから向かう地図にAIが指し示した最短ルートが表示されていた。


 モニターを覆う対衝撃高強度ガラスの鏡面に、うっすら自身の顔が浮かんでいた。

 黒いショートヘアーを手でサッとすくってからフルフェイスのヘルメットを被る。


 ボーイッシュな容姿を気に入っていた父親と、嫌っていた母親──昔の思い出が脳裏を過ろうとした瞬間、


『レイナ機甲きこう中隊ちゅうたいへ達する。先行は第2小隊。第1小隊はバックアップにまわれ』


 シャーロック・ホームズの俳優とそっくりな声が無線から聞こえて現実へと引き戻された。


 はじめて聞いたときは本人かと疑ったほどだ。

 けれど、その声は連隊長でもある海軍大佐ステリー艦長のものだった。


 着任の挨拶で姿を拝見し、その俳優然とした立ち振る舞いに益々ファンになった。


 残念ながら既婚者のうえ愛妻家でもあった。

 妻がいかに麗しいか、娘がいかに愛らしいか、郊外に建てたレンガ造りの邸宅と庭を駆ける大型の愛犬がどれほど素晴らしいか……熱弁する癖さえなければ完璧なのだが。


「第2小隊了解」

 三人の下士官を引き連れる小隊長のシノが代表して応答した。


 それが合図のように、海中へ身を隠していた強襲揚陸きょうしゅうようりく潜水母艦せんすいぼかんヴァン・ニョルズがその巨漢を海面へと現した。

 海神ネプチューンでさえ鋼鉄の巨大鯨グレートホエールには驚愕するだろう、凄まじい海飛沫と津波が周辺海域を踊り狂う。


 雨だれ舞う潮風のなか、航空機用レールに取り付いていた無人戦闘機を哨戒任務で射出。間髪入れず、艦側面の水密ゲートが開く。その体内に大量の海水が流れ込んでくる。

 最新型戦車『ミアトゥ』を搭載する上陸用じょうりくよう舟艇しゅうていはガスタービンエンジンを一気にフルパワー出力すると、その4発のウォータージェットで囂々ごうごうと荒れ狂う海水を切り裂くように出撃した。


『ウエーブの諸君、かくれんぼの退屈な時間は終わりだ。お待ちかねの楽しい鬼ごっこが始まるぞ』

 ステリー艦長の陽気なジョークに「イエッサー」と女性兵士らの声があがった。







「かつて世界に先駆け、近代的なドクトリンに基づく機甲戦きこうせんを投入した我が王国は、再び世界をリードするのです。大戦では先達が生み出した巨大な菱型戦車が敵を駆逐しました。そして現代戦を制するのも、またテクノロジーです。火薬に頼る従来のアナログ的砲撃ほうげきから解き放たれた我々は、またもや戦史の一ページに名を刻むのですよ」


 統合参謀本部の会議室。

 居並ぶ将官らを前に、その技術士官は堂々胸を張って主張した。


 映し出されるモニターには小柄な──と、いっても軽トラよりは大きな一人乗り戦車の図面が映し出されていた。


 無限軌道キャタピラのうえに乗るのは低い車体。歴戦の戦車より全体的に小ぶりだ。


 砲塔からは寸胴で短いが、やたら太い砲身が空を睨んでいる。

 超電磁砲──レールガンだ。


 世界ではじめて実用化された車載用レールガンだ。


 幕僚のひとり、大佐の階級を付けた陸軍将校が蛇のような目で技術士官を凝視する。

「マーク・ワンによる陸上軍艦構想の思い出話かね。一世紀以上も昔の話だな。初陣のソンム会戦では歩兵に多数の戦死者を出して散々だったと歴史書にはあるが?」


 それを「驚いた」とばかり苦笑しつつ、

「新米歩兵たちは塹壕ざんごうを掘るためのスコップしか持たされていなかっと、自分は歴史資料館で嘆かれましたよ。一方でテクノロジーの結晶たる鋼鉄の獣に追いまわされた敵のグローリアンラント兵は、処女のような悲鳴をあげて逃げ回ったと……こちらも、歴史書には記載されておりますよ」


「きさまの言葉を素直にとれば、歩兵は必要ないと聞こえるな」

葉巻を燻らせる陸軍中将が眼光を光らせた。


 それに怖じ気づくこともなく技術士官の大尉は「履帯りたいの強度は完璧ですが、それでも万が一に備えて戦車兵パイロットの護衛は必要です。高度な訓練を受けた貴重な部品パーツなので必ず回収したいのですが、残念ながら車内はバッテリーが寝床まで占領しているため拳銃ぐらいしか持たせてやれません」と肩をすくめてみせる。


「この新型は……」

 と海軍の作戦部長が口を挟もうとして、


「Machine Intelligence Artificiell Touffe」

 技術士官が訂正を促してきた。


「なんだ?」


「頭文字をとってMIATouミアトゥと技術部では呼んでおります、閣下」


「うむ、その……ミア……ああっと……」


「ミアトゥです」


「それは我が海軍の新兵器だ。陸軍さんが歩兵の再就職先を心配することはない」


「なるほど、了解致しましたよ提督どの。過保護な海軍戦車兵お嬢さんたちのエスコートも水兵セーラーが担当するという認識で宜しいですかな」


「むろんだ。彼の言葉を借りればこれも歴史書が示すとおり。戦車の有効性に気づかず、一時的とはいえ陸軍は機甲戦術のドクトリンまで手放した。それを今の形にしたのは我が海軍だよ」


 恥辱の歴史を掘り返された陸軍中将は、葉巻を燻らせたまま明後日の方向へシラを切る。


 海軍作戦部長である提督は参集した将官らへ堂々宣言した。

「我がブリテン・レルム大王国の海軍陸戦隊りくせんたいに陸軍の協力は不要」

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