第3話 敵は海賊

All tanks,advance全車、前進!」


 キャタピラは勢いよく砂塵を跳ねる。大地と同じ黄土色をした重々しい鋼鉄の車体がゆっくり速度をあげていく。


 軽戦車。平たいボディ。まるでネギをしょったのような異形。

 しかしながらガスタービンエンジンを搭載しており、パワーは大型重機車両となんら引けを取らない。


 ミアトゥと呼ばれる、この王立海軍が誇る最新鋭戦車の乗員は1名。戦車としては、それも異例だった。たとえ小柄な軽戦車でも動かすためには、これまでは最低2名は必要だったからだ。

 AI技術の発展と、その莫大な情報を処理する戦車兵パイロットへ精神医療を含めた特殊な訓練を施すことで可能となった。


 一人乗りなので通常の戦車のように車体上部の車長用ハッチのようなものはない。

 出入りはクルマのように──当然だが窓枠なんてものはないわけだが、無味乾燥な鋼鉄のドアが横についていた。艦内という限られた駐車スペースの利便性と天候の変わりやすい洋上(甲板上)での乗り降りを考え、開き方もガルウイング方式だ。そこだけは高級スポーツカーを思わせる。


 つまり車長が上部ハッチから上半身を乗り出し双眼鏡片手に周囲を警戒するといった、戦車映画ではお馴染みのシチュエーションは、ミアトゥではお目にかかれない。


 シノは密閉された薄暗いコクピットに寝そべるように座っている。

 頭の上にあるのは巨大なパワーバッテリーと弾庫。装填は完全自動で狭い車内で重い金属の砲弾をこめることもない。もっとも砲弾は、ライフル弾より少し大きい程度だ。で飛ばすための『金属片』でしかない。


 眼前のモニターに映るのは上陸用じょうりくよう舟艇しゅうていと後方待機を命じられた第1小隊の面々。

 昆虫の触角を思わせる二本のアンテナを生やす中隊長ちゅうたいちょう専用車の前で腕組みをしながら、不満げな視線を鋭いキリのように刺してくる昔なじみが映った。


「じゃあね、レイナ。お留守番宜しく」

 無線を切った状態で独り言を呟く。もし聞かれたら、帰艦してから大揉めになるだろう。クスっと笑いが漏れる。




 切り込み隊を命じられたシノたち第2小隊の4両のミアトゥは、一路目的地へ向かう。

 といってもAI制御なので、狭い車内で無理してやることは殆どない。コクピットに張り付いているモニターとは別に、被っているフルフェイスのヘルメットへ視覚情報が流れ込んでくる。


 海賊の一団が客船を襲った際に録画した、防犯カメラの記録映像だ。

 乗員を撃ち殺し、皆殺しにし、甲板へ血のラインをひきながら海へと放り込む様子が垂れ流される。目を細めるシノ。音声情報では命乞いし、泣き叫ぶ声が鼓膜を刺激した。


 バーチャルリアリティに近い感覚で肌身に感じる海賊たちの蛮行にシノは「はぁ」と息継ぎの声をあげる。にされる女性パーサーの無残な姿を途中で切り、感情のコントロールを促すようにタッチモニターの無線機アイコンを数回叩く。


 無線通信はクリアな短波から雑音混じりの中波帯域へ移行した。

 おしゃべりの相手はステリー艦長から中隊長のレイナ中尉へ変更だ。凜とした、冗談も言わない──下ネタ発言をした男性下士官の頬を顔の形が変わるまで何度も平手打ちし、泣きながら土下座しているのに鬼の形相で許さず、一切言い訳を聞かず上官侮辱罪で営倉送りにした──日本エデンで女子高生をやっていた頃とは人が違ったような彼女の声が、鈴の音のようにコクピットに響いた。


《ファースト・リリーより第2小隊各位へ、本作戦の成功はアジトに籠もる海賊の殲滅せんめつだ。人質の救出より優先される》


 現地到着前に、あえて垂れ流される無線。

 海賊が傍受していることを察して「人質は交渉材料にならんぞ」と脅かすためだ。わかっているが、これに応じるには理性が咎める。


 躊躇ちゅうちょしていると、

《了解か、小隊長ッ!》

「了解。海賊殲滅を最優先に行動します」


 シノに続いて第2小隊のグレイス・エバンズ曹長、アイラ・ナラ伍長、ルナ・ウイルソン伍長も「「「了解、海賊に死を」」」と声をあげた。


 軍が使用する無線の周波数帯(ラジオを思い出してもらうと分かりやすい)の帯域は、当然だが軍が独占している。

 だから傍受は違法だ。最高刑は死刑もありうる。と、海賊を叱責したところで聞き入れるはずもないわけだが。


「小隊長……」

 年嵩のグレイス曹長がヘルメットにセットされた極超短波の隊内通信でシノを呼び出す。若手士官のシノにとっては頼りになる知恵者ベテランであり、艦内居住区の私生活では世話を焼いてくれる姉のような存在だ。


「なにか」

 作戦中は士官らしく憮然と応答する。


「人質の命より海賊の殲滅が優先なんて……良い気持ちしないわね」

 作戦の詳細まで飲み込めていない下士官らしい反論だった。


 シノは「もう、いいか、」と中波帯とは違い、遠距離へ飛ぶ危険性のない隊内通信を信頼して、移動しながらのブリーフィングを行う。




「そういう事なんだね。了解しました」


「それでも、連中が人質を盾にとったらどうするんだろ」

 齢下で未成年のルナ伍長が質問とは違う、独り言のように呟く。


「忘れたの?」

 シノは小隊長らしく自信が漲る弾んだ声で、シャイなこの部下へ声をかける。


「なにが、です?」


「わたしたちは建物の内部にいる海賊だって、ピンポイントで狙える兵器に乗っているのよ」


「そうか、そうでしたね」


「それから、アイラ伍長」

 同様にもうひとりの齢下部下いもうとを呼び出す。


 返事がない。


「アイラ、聞こえていないの?」


「あ、ああ。すみません。なんですか?」


「音が漏れてる。作戦中は禁止……っと、おもったけど良いわ。連中にも聞かせてやりましょう。思いっきり音量を上げなさい」


 去年まで音楽大に通っていた彼女の車内からはが聞こえていた。

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