第13話 戦火の幕開け
追う駆逐艦。追われる貨物船。再びの砲撃。海面へ着弾した弾頭は波を立ちあがらせ海獣の巨大な手のように貨物船を襲う。
「船長、船長ッ!」
「落ち着け、舵をしっかり握っていろ」
船橋はパニック状態だ。
休憩していた二人の水夫も駆け上がってくるなり「何事ですかッ!」と船長を問い詰める。
「そんなもん、こっちが知りたいわいッ!」
大柄な船長がキャプテンシートにしがみ付いて怒鳴りあげた。
〈貨物船に告ぐ。停船せよ、停船せよ〉
駆逐艦から、ようやく国際無線を通じて指示があった。
もとより逆らう気などない。
そもそも本船には違法なモノなどなく、船倉に積んであるのは東洋のチェイナー人民共和国から正規のルートで仕入れた鉄の原料だ。
これを見れば疑いは晴れるだろう──いや、そもそも何の疑いだ。
突然、何の警告もなく発砲してきたではないか。
ようやく無線を入れてきたかとおえば要求は「停船せよ」それだけだ。まるで海賊のようなやり口に「本当に海軍なのか」と船長は船橋の外へ出て後方を確かめる。
「船長、危ない。出ないほうが……」
心配する新人水夫へ振り返り「おかしいんだ。なんか違和感がする」と呟いた。
突如、頭上に爆音。駆逐艦に搭載されたヘリだ。船体の上空をぐるりと小さく一周するとロープが投げ下ろされた。
「取り付く気か」
ロープから兵士が降りてくる。肩には自動小銃を背負っている。
「全員、船橋へ集合させろ」
この騒ぎの中、いまだ居眠りしている水夫らも叩き起こし全部で6人の男たちは籠城するように船橋で身を寄せ合う。
兵士たちは勝手に船倉を調べ始めていた。リーダー格と思われる士官がふたりの下士官を連れて船橋へとあがってきた。
このまま撃ち殺されるのではないか、そんな不安に一度は鍵をかけた。だが、ここで抵抗すればやはり撃ち殺されるだろう。
「船長は誰か」
片言の英語でベッリゾーニア帝国の海軍士官と思われる男が問うた。
「俺だ」
船長は一歩前へ進み出る。
「積み荷は何か」
「鉄の粉を固めた
「民間業者? チェイナー人民共和国に真の民間企業は存在せん。あそこは全て国営企業だ」
「そういう政治的な話はわからない。俺たちは、たんなる運び屋なんだ」
「運び屋か、まさに言い得て妙だな。カネさえ貰えば違法な品でも依頼を受けるか」
「法を犯すことなどしていない。調べて貰えればわかる」
船長の言葉に士官はギロリ、と睨みつけた。
「レルムに運ばれた鉄は加工され兵器となる。その兵器は我ら帝国の臣民を殺すものだ」
士官の語りに別の水夫が嘲笑した。
「おいおいブーツの国の軍人さん、あんた本気で言っているのか」
──バンッ!
ピストルの音に全員が身を強ばらせた。
士官は天井へ向けて一発、威嚇射撃をしたのだった。
「真面目な態度で臨め。我々帝国軍人はレルムジョークが大嫌いなのだよ」
そこに別の兵士が駆けてくると士官へ耳打ちする。
士官は船橋から見張り台へ駆け出す。何かを確認しているようだ。
数秒後、戻ってくるなり「捜査への協力を感謝する」と言って出て言った。
「な、なんだったんだ」
疑問の答えはすぐにわかった。水夫の一人が叫んだ。
「レルム海軍だ!」
それは『守護聖人の十字旗』をひるがえす艦影。
基準排水量3万トンの大柄な巡洋艦が猛スピードで接近していた。
1万トンに満たない小柄なベッリゾーニア帝国の駆逐艦は、生徒指導の教師に踏み込まれた悪ガキのように慌てふためいて見える。
ヘリに収容された帝国軍人らは逃げるように駆逐艦へと向かっていた。
それをレルムの巡洋艦は巨大な主砲で追う。
むろん威嚇だろうが、ヘリのパイロットにとっては恐怖以外の何物でもなかったのだろう。バリバリと機関銃の音がした。
それを聞いた船長は「ああ、終わったな」と呟いた。
次の瞬間、主砲がヘリを空中で飛散させた。
よせばいいものを駆逐艦は応戦の銃撃を始めた。逃げ出せば追いかけてまで仕留めないだろう──ここは天下の往来『公海』なのだから。
駆逐艦は船長が数度の瞬きをしている間に火だるまとなって海底へ没した。
鉄船は沈没が始まると早い。
「さて、」
世界がこれまでとは別の景色へ変わる、その切っ掛けを船橋に立つ6名の男たちは眼に焼き付けていた。
「貴様の望み通りかな」
ベッリゾーニア帝国の統合参謀司令部内作戦室で海軍大臣は密やかに問うた。
「今回は海軍サンのお手柄だな」
陸軍大臣は満足そうに葉巻を燻らせる。
「しかし今後が大変ですよ」
外務大臣が引き攣った笑いをみせる。
三者三様。
だが目的はただ一つ。帝国の顔に泥を塗る忌々しきブリテンに鉄槌を喰らわせること。そのためだけに海軍省は虎の子の臨検部隊を動かし、陸軍省は綿密な作戦立案を立て、外務省は国際法を無視した。
「我が精鋭の命をもって戦端を開いたのだ。わかっているな」
海軍大臣が問う。
「当然だ。レルムの女王を我が皇帝の前で跪かせてやるさ」
陸軍大臣はにんまりと嗤った。
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