第4話 王国の脅威

「だから忠告したんだっ、王国の客船だけは狙うなと」


 ハンドメイドの無線受信機からノイズ混じりに流れてきた通話に、髭面の初老は顔面蒼白になった。若い海賊リーダーを怒鳴りつけるのは国際連から長年指名手配されている伝説級の海賊ブラック・バートだ。


「そんなこといってもよ、おやじ」


「そうだ、今更もう遅い」

 中年海賊のボネットが、若手リーダーのジャックを庇うようにバートを宥める。


 けれど伝説の海賊は、その眼力で部下たちを黙らせた。

「ブリテンの連中は悪魔だ。人質の命なんて何とも思ってやしない。やつらは俺たちを確実に仕留める猟犬を放った」


「大袈裟だな、おやじは」


 ジャックの茶目っ気溢れる笑顔を頭ごなしに否定する。

「何を言うか、これまで仲間は次々に殺されていった。それに……」


「それに?」


「……気のせいか、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』が聞こえた気がする。コッポラが地獄の黙示録で流した熱烈に激しいオペラ曲だ」


 そこに居合わせた海賊らはのジョークだと笑った。


「笑い事じゃねぇ!」






 哨戒しょうかい任務で飛ばされた無人戦闘機ドローンは先行して海賊アジト上空へ到達していた。

 赤外線レーダーで屋内の状況をつぶさにサーチする。

 その情報はレイナ中隊の各車へ伝達されていた。


 レイナ中尉が乗車する中隊長専用車両は遥か沖合いに仮泊かはくするヴァン・ニョルズとの通信も繋がったままになっている。

 しかもデジタル通信だ。


 動画データーをふねへ送信したあと、意気揚々に出掛けていった第2小隊の旧友へ指示を出す。

「シノ少尉、そちらでも掴んでいるわね。この無線も盗聴されている危険があるので細かい砲撃手段はあなたに任せる。いいわね」


 数秒経ってからシノが応答した。


「了解。早く終わらせてシャワー浴びたい」


「個人的感情は述べなくて宜しい。それから、上官の無線には即応しなさい」


「イエス・マム」


 レイナ・スズキはハンドマイクを戻すと「はぁ」と溜息をついた。

 命がかかっている任務だ。冷徹にならなきゃいけない。それは分かっていても、シノに対してはどうしても甘くなる。



 こっちの世界に転移したのは自分だけだと思い込んでいた。

 だから養子にしてくれたお父さまやお母さまの期待に添うよう頑張らなきゃならなかった。


 騎士道をちゃんと学ぶため、長かった黒髪をバッサリ切って覚悟を決めた。体躯改造で筋力をつけ、格闘技では男相手でも負けなかった。そして海軍兵学校の特別シード枠も押さえた。

 それが翌年、華々しく報道で紹介されたのはシノの兵学校卒業だった。


 彼女は自分と違って孤児院出身だった。そこがマスコミの興味をひいたのだろう。

 女王陛下から卒業証書を受け取る姿は民衆を歓喜させた。


 貴族枠の特待生だった自分は名前だけで、実際には兵学校に在籍しなかった。

 卒業式にも出ていない。


 少し悔しかった。


 シノの卒業式が行われたその晩、本当は嫌味の一つでも言ってやろうと学校敷地内にある喫茶店へ閉店ギリギリに呼び出した。

 息せき切って現れたは、昔のままの、笑顔の素敵な女の子だった。






 石造りの床には客船の乗客数名が縄で縛られ転がされていた。

 男も女も子供までもいた。

 皆、豪華客船でクルージングを楽しんでいたところを突然襲撃された。


 なかには「我々は女王陛下の臣民しんみんだぞ!」と捲し立てる者もいた。

 事実、それで引き返す海賊もいるほどブリテン・レルム大王国の軍事力とそれを支える鷹揚おうようなる民意は海賊らにとっても脅威だった。


 だが今回は違った。若いリーダーに率いられた跳ねっ返り連中は地中海を航行していた客船の乗員クルーを皆殺しにして、船内で試し打ちとゲームを楽しむように銃を乱射し、生き残った数名の乗客ゲストを縛り上げてアジトへ連れ帰った。


 彼らを支援していた髭面の初老ブラック・バート──中東革命軍国際テロリストの最上級戦略参謀は、馬鹿息子リーダーが嬉々と自慢話をしながら戦利品を披露する姿に愕然とした。


 慌てて無線受信機で周波数を探ってみれば、案の定レルム海軍が陸戦隊を放ったという。


 前々から噂にあった新型戦車がこちらへ向かっていた。

「ここを引き払うぞッ!」


 目を血走らせて喚き立てる初老バートを「落ち着きましょうや」と宥めながら、若者らを焚きつけた主犯格のボネットが軍用の自動小銃を弄びながら呟く。

「いいですか、ここはベッリゾーニア帝国だ。海を隔て、欧州大陸を渡ったブーツの先の岬だ。レルムから遠く離れた外国だ。しかも帝国と王国は嫌煙の仲。連中がそんな場所へ乗り込んで俺たちを撃ち殺す?」


 ゲラゲラと高笑いをした。


「おまえはブリテン連中の恐ろしさを知らんから言える」


「知ってますよ。だから外国であるベッリゾーニアにこうして、アジトを構えた。いくら女王陛下の海軍だか、なんだか知らんが、勝手に外国で──それも敵対国でドンパチ出来るわけがない。国際法違反だぜ」


「そもそも港に入れてもらえないだろう」

 馬鹿息子リーダーも同意する。

 その言葉に他の海賊らも安堵したように笑顔が漏れた。


「そんなことよりも……」

 海賊のひとりが床に転がる人質たちへ視線を浴びせつつ、舌で唇を嘗めながら、ほくほくと呟く。

「こいつら、いくらになるんだ。チェイナーに御殿建てて東洋美女のメイド囲うくらいは貰えるのか」


「ああ、保障するぜ」


「馬鹿を言うな、誰がレルムと交渉するんだ!」

 どこまでも脳天気な中年ボネットを伝説海賊ブラック・バートが叱責した。


「おやじさん、もう少し夢を見ましょうや」


「おまえのは妄想だ」


「国際的にも大国サマであられるブリテン・レルム大王国だ。マスコミの前で人質を見捨てるような真似してみなよ、女王陛下とやらの顔にも泥を塗ることになる。心配すんなって、世間は俺たちの味方だ」


「……そんなことよりも、なあ、俺は辛抱たまらんのだが」


「ああ?」


「ひとりくらい、この場で俺専属のメイドにしてもいいかな」


 先程から目をギラつかせていた海賊のひとりが、床に転がる女性を目踏みしている。

 ボネットは「ああ、こいつは」と思い出した。

 客船でひとり奇声をあげながら、銃を乱射していたハッピートリガーだった。


 舌で唇を嘗めながら、スカートからのぞく白い脚をそっと触る。女性は猿ぐつわのまま悲鳴をあげた。目を見開き、脚をバタつかせる。

「ひゃっはー、これ貰うぞッ!」

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