第16話 白き大地に染まる赤
凄まじい物量の砲弾が飛び交う。
火薬の爆破によって砲身を飛び出す焼けただれた真鍮は高速で人の肉体にぶち当たり、潰し、命を奪う。
原始的な殺し方だが確実だ。
つい先程まで会話を交わしていた仲間が物言わぬ肉塊となって地面に転がるさまを見て、恐怖し、絶望する。
気の弱い兵士ならそれだけで気がオカシクなって発狂する。
逃げ出す者もいる。
敵前逃亡もいる。
うずくまって神に縋る者もいるだろう。
だが戦場の神は無慈悲だ。自ら銃を取り、敵兵を撃ち殺さんと奮起する者にしか手は差しのべない。
兵役の初期課程が修了したばかりのジョージ・トーマスもまた教官から言われたとおり、戦場の神様に救ってもらうべく奮起する。
自動小銃を抱え、突進し──喉が腫れるほどの大声をあげながらの銃剣突撃で、彼は人生で初めて人を殺した。
徴兵される前はレルム郊外のカンタライという田舎町の高校生だった。否、高校を卒業したばかりの若者だった。
けれど、そんな牧歌的な少年は、もはやどこにもいない。
今、ここで倒れた敵兵を銃剣で何度も、何度も突き刺しているのはブリテン・レルム大王国──女王陛下の陸軍兵士だ。
目を見開き、恐怖を克服せんと声を張り上げるトーマス2等兵のすぐ後ろで、耳をつんざく砲撃が鳴った。背中の筋肉が硬直し一瞬押し黙る。
砲撃の主は鋼鉄の獣、我がレルムが誇る巡航戦車センチュリオンだった。
火薬による猛烈な雄叫びは敵の戦車を破壊した。それを眼前で目撃したトーマスもまた雄叫びをあげた。
ブリテン海峡に『空母形態』で展開する強襲揚陸潜水艦ヴァン・ニョルズ。その
周囲を取り囲むモニターの群れをザッと一瞥して全てを掌握出来る将校など、連隊長を兼ねるステリー艦長くらいしかいない。
「ハイカー連中の続報はどうかね。機甲師団に動きがあるようだが」
ステリーに問われて情報将校のクレア・ブラウンが即答する。
「ベッリゾーニアの第8機甲師団が国境へ進軍中です。一時間で会戦になりま……」
彼女のソプラノボイスを聞き終わる前にステリーは続いて聞く。
「フィービー中隊は?」
「チャレンジャーの整備にあと30分と報告を受けています」
「レイナ中隊は?」
「ミアトゥの整備は先程修了しました。電子系にバグがありますが修正は可能です」
ステリーは火のついていないパイプを加え、とあるモニターをジッとみつめる。
ミアトゥ格納庫を監視するモニターだ。
「よし、働きづめで申し訳ないが頑張ってもらおう」
レルムにとって飛び地のホワイトベルンだがベッリゾーニアにとっては地続きの大地だ。これは補給路などの兵站を確保するのに好都合だった。
一方でレルムにとってルミエール共和国という外国を挟んでの領土死守は兵糧攻めになりやすい。兵器は弾薬がなければ兵器たりえないし、ガソリンがなければ動かない。兵士もまた食わなければ敵を駆逐するなど不可能だ。
歩兵(それも新兵ばかり)と浪費家の戦車という組み合わせでは敵に物量で押し切られるのは時間の問題だった。
現に巡航戦車センチュリオンの弾薬は底を尽きかけていた。燃料も心許ない。
「新たな敵戦車だと?」
中隊を率いるマッカラン大尉に焦りの色が出る。
「迷って侵入したハイキング客にお帰り頂くだけだと……フネではそう聞いたのだがな。援軍は?」
「30分後にフィービー中隊が出動する」
「それまで持たせろと?」
「すまない……いや、まて。今から出動するぞ、レイナ中隊だ!」
ヴァン・ニョルズで燃料搭載を済ませた大型輸送機PⅡは、今度は6両ものミアトゥを搭載して飛び立った。
「労働基準法を逸脱してるなあ、どこに駆け込めばいい?」
機長は冗談めかしてレイナ中尉へ問いかける。
「戦争が終われば役所が貴殿の愚痴を聞いてくれる」
仏頂面で言い返す。
そんなやりとりに心絆されることなどなく、全くなく、シノ少尉はミアトゥのコクピットで震えていた。
「パラシュートが開かなかったらどうすんのよ」
ぼそり、と独り言を呟いたつもりだったが、またしてもレシーバーはハンズフリーだった。
「「少尉ッ!」」
こんどはグレイス曹長とレイナ中尉に怒鳴られた。
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