suspicions leading to war

第9話 戦争へ至る病

 風光明媚な自然の砂浜で最新鋭戦車「ミアトゥ」が異彩を放つ。

 車体が低く楕円形の曲線美が特徴的なこの軽戦車の回転砲塔から伸びる寸胴な砲が周囲を警戒していた。


 レイナ中隊長が直接指揮する第一小隊は海賊からの報復に備え砂浜に展開していた。そこへ掃討作戦を終えた第2小隊が帰還する。


「予定より2分も遅れているぞ。急げ」

 シノの無線機にレイナの怒声が響いた。


「イエス、マム」


 シノたちのミアトゥ4両は揚陸艇へと収容される。


 人質の救出は上陸用舟艇で一緒に来た医療分隊メディックの仕事だ。

 彼らは赤十字トラックで別の輸送艇へ収納されて沖合いの空母からヘリで病院へと搬送されるだろう。


「小隊長、人助けってなんか気分が良いですね」

 グレイス曹長の素直な感想だ。


 海賊とはいえ『人殺し』をしたことに間違いはないが、彼らは紛うことなく犯罪者だ。しかも殺人を犯している極悪人だ。

 そんな悪党から善良な市民を救い出したのだ。罪悪感より高揚感の方が大きかった。


「うん、気分良い」

 シノは笑顔で応えた。






 ベッリゾーニア帝国の御前ごぜん会議は揺れていた。

「敵国レルムが無断で我が国内へ侵犯したうえ、潜伏していた海賊を射殺。警察的行動を何の権限もなく我が物顔で繰り広げた。しかも今頃になってレルムの外務省からプリント一枚がファックスされ『人道的見地から許容頂きたい』と好き勝手な論理で幕引きしようとしている。これについて、首相の見解を伺いたい」


 不機嫌を隠すこともない陸軍大臣からの痛烈なる質問。

 奥の席に黙って座る英傑な皇帝陛下の前で首相は憔悴しきったように立ちあがると、コップに注がれた水を一気に飲み干した。


「我々としては平和的解決を模索するところでありまして……」


「ふざけるなッ!」

 ドンッと陸軍大臣がテーブルを叩く。

「ヒッ」と首相は首を竦めた。


「いいかね、首相。何の事前連絡もなく、軍隊が……いいか、連中の軍が我が帝国を侵犯した。しかも国内において警察活動を勝手に行った。繰り返すぞ、全て事前連絡もなく、いきなり、勝手に行ったのだ。それに対する謝罪もなくプリント一枚寄越して『人道的見地から許容せよ』と横柄に言い放ったのだ。わかるか、首相。これは宣戦布告に相当する事態なのだぞ!」


「そ、そんな。軍事大国のレルム王国と戦争などと」


「なにを甘いことを言っておるかッ!」

 激高のあまり立ちあがる陸軍大臣を外務大臣が諫める。


「大将閣下。首相は文官ですから、軍人の思考とは違うのですよ」

 従軍経験のある外務大臣が背を摩りながら「まあ、まあ」と陸軍大臣を座らせた。


「貴様も同じ意見なのか、外務大臣」


「わたしの意見は少し違います。ここはレルムにちゃんと謝罪して欲しい。相応の地位にある者──そう、王国の首相が良いでしょう。我らの議会に呼びつけられて謝罪するのです。もちろんテレビ報道を通じて我が帝国の良識ある臣民に姿を見て頂く」


「ふむ、そうか」

 陸軍大臣は少し納得したように葉巻を燻らせた。


 わずかな静寂。


 それを見て進行役の官房長官が「では、レルムの首相充てに通告致しましょう」と皇帝陛下へ向き直り「このように決しました」と頭をさげる。


「わたしの意見も良いか」

 皇帝が口を開いた。

 全員が起立しお言葉を拝聴する。


「議会で謝罪させるのはブリテン・レルム大王国の女王陛下を指名しろ。それが戦争を回避する唯一の策だと付け加えてファックスしてやれ」

 首相が蒼ざめる。


「閣下、それは……」


「皇帝陛下のお言葉だぞッ!」

 陸軍大臣が叱責した。首相は黙って俯いた。


「首相、なにか?」

 皇帝の問いに、首相は「いえ、陛下のお考えに間違い御座いません」と返答し、外務大臣へ「至急、そのようにレルムへ通告せよ。それが戦争を回避する唯一の方法だとも忘れず付け加えるように」と命じた。



 ベッリゾーニア帝国がレルム王国へ通告をおこなった翌日。

 帝国外務省宛に特別便で封書が届いた。

 中身は便せん一枚だけ。

 王国の首相が直筆で書いた事を示すサイン入りのそれは、短い一文でこう書かれていた。


「貴国の人道を踏み躙る言動に失望した。中世時代の野蛮な思考しか出来ぬ皇帝陛下に宜しく」

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