第十一話 ダンジョンボス

「ここが最深部かしら」

「多分ね。この広さは、ボス部屋で間違いないと思う」


 体育館ほどの広さがある石レンガ造りの大広間を前にして、私たちはそんな会話をする。


 ダンジョンの最深部には、ダンジョンコアを守る強大な魔物がいるというのが常識だ。

 そして、その強大な魔物はダンジョンボスと呼ばれ、ダンジョンボスがいる部屋はボス部屋と呼ばれる。

 恐らくは、今いる大広間がボス部屋だと思うのだが……肝心のダンジョンボスの姿が見えない。


「ボスがいないダンジョンなんて聞いたことないのだけれど、イストスは何か知ってる?」

「可能性として考えられるのは二つだね。一つは、誰かが先に来てダンジョンボスを倒してたパターン。もう一つは、ダンジョンボスがどこかに隠れてるパターン」


 イストスがそう話した瞬間、私たちの目の前で異変が起きる。

 石レンガの隙間にあった砂が蠢き始め、徐々に一つの塊になっていったのだ。

 その砂の塊は、段々と人のような形になっていき、最終的に体長三メートルほどの巨人となって私たちの前に立ちはだかった。


 この魔物に名前をつけるなら、サンドゴーレムといったところだろうか。


「今回は後者のパターンだったみたい」

「この魔物、イストスは見たことある?」

「いや、初めて見る。取り敢えず仕掛けてみるけど、どうなるかな」


 そう言ってから、イストスはサンドゴーレムに急接近し攻撃を仕掛ける。

 それに対してサンドゴーレムは、巨大な腕を横なぎに振るって反撃しようとするが、その動きは鈍重だ。

 イストスは跳躍してあっさりその反撃をかわし、サンドゴーレムの頭を斬り落とす。


 しかし、それでもサンドゴーレムの動きは止まらない。

 結果的としては、砂の塊が地面に落ちただけだ。


「やっぱりこうなるか。多分、身体のどこかにコアが隠れてるタイプの魔物だね」

「どうするの?」

「もうちょっと戦ってみるよ。相性は悪いけど、運が良ければコアを斬れるかもしれないし。姉さんも片っ端から攻撃してみて」

「分かったわ」


 引き続きイストスに前線を張ってもらいながら、私も言われた通りサンドゴーレムに攻撃を開始する。

 地面の石レンガを石の棘に変化させ、サンドゴーレムに突き刺してみるが、手ごたえはあまりない。

 イストスの方も同様のようだ。

 サンドゴーレムの鈍重な攻撃をかわしながら、彼女はひたすら斬撃を繰り出し続けているが、砂が飛び散るだけで終わっている。


 おまけに、気がつくと斬り落としたはずのサンドゴーレムの頭が再生していた。

 予想はしていたが、コアを破壊しない限りは砂を集めて自己再生するらしい。


 さらに厄介なことに、イストスの斬撃によって周囲に飛び散った砂が、本体とは別に自律行動を取り始めていた。

 分裂した砂の塊は腕のような形になり、背後からイストスのことを殴ろうとする。


「イストス後ろ!」

「っ! 危ない危ない。楽勝だと思ってたけど、長引くとちょっと不味いかも。一度撤退する?」


 私の声によってなんとか攻撃を回避したイストスは、私にそう提案をする。

 しかし、私はここである作戦を思いついた。


「……私に策があるわ。イストス、さっきみたいにあの魔物の頭か手足を斬り落とせる?」

「もちろん! 何回でも斬り落とすよ」


 私の話を聞いたイストスは、即座にサンドゴーレムの懐に入り込み、再びその頭を斬り落とす。

 その瞬間、私は魔法を発動させて、地面に落ちた砂の塊を変形させた石レンガで包み込んだ。

 こうすれば、砂が勝手に動き始めることはなく、サンドゴーレムが勝手に再生することもないだろう。


 この作業を繰り返してサンドゴーレムの砂を削れば、あの砂の身体に埋まっているコアを発掘できるはずだ。


「同じことを繰り返していけば、あの魔物はいずれ倒せると思うわ。長期戦にはなるけれど」

「倒せる見込みがあるなら何の問題もないよ。続けようか」


 それから、私たちは宣言通り同じことを繰り返し、サンドゴーレムの頭と手足を斬り落としては、砂の塊を石の中に閉じ込めていく。

 すると、サンドゴーレムは人型を維持しながらも、見るからに小さくなっていった。

 それと同時に、鈍重だったサンドゴーレムはだんだんと俊敏になっていく。


 ただ、それでもイストスの方が素早いことに変わりはない。

 私たちは順調に戦闘を継続して、サンドゴーレムの体長が一メートルほどになるまで砂を削ることに成功した。


「これだけ小さくなれば十分。あとは私がやる」


 そう言って、イストスはサンドゴーレムを左右真っ二つに斬り分ける。

 すると、サンドゴーレムの断面に赤く輝く球体が埋まっているのが見えた。

 恐らくはあれがコアだ。


 イストスは間髪入れずに剣を振るい、表面に露出したコアを粉砕する。

 これによってサンドゴーレムは倒され、その身体はただの砂となって宙を舞った。


「ふぅ、まさかここまで苦戦するとは思わなかったわ」

「ほんとにね。苦労した分、良い報酬が貰えるといいんだけど」


 そんな話をしながら、私とイストスは歩いてボス部屋の大広間の奥を目指す。

 そうして、入り口の反対側の壁にたどり着くと、紫色の宝石のようなものが壁に埋まっていた。

 これが目的のダンジョンコアだ。


 それとは別に、宝箱が傍に置いてあったので開けてみると、その中に魔導書が一冊入っていた。


「これは……火花を生み出す魔法の魔導書みたいね」

「当たりといえば当たりだけど、微妙な魔法だね。姉さんいる?」

「そうね、料理で火を使うのに便利だから貰っておきたいわ」

「了解。それじゃ、用は済んだからダンジョンコアを破壊してここを出ようか」


 私が魔導書を回収したのを確認してから、イストスは剣を振るってダンジョンコアを砕く。

 するとその瞬間、私たちは真っ白な光に包まれ、ダンジョンの入り口だった場所に転送された。

 これにて、ダンジョンの制圧は完了だ。


 先ほどまで私たちがいたダンジョンは、これでただの地下倉庫に戻った。

 人々を脅かしていた石レンガ造りの迷宮は、もうどこにも存在しない。


「……思い返してみると、普通に仕事するだけで終わっちゃったな」

「他に何かしたいことでもあったの?」

「いや、ただもうちょっと、姉さんと仲睦まじくしたかったなぁと」


 ダンジョンからの帰り道を歩いていると、イストスが急にそんなことを言い始めたので、私は彼女の正面に回ってから、その身体を優しく抱きしめる。

 そして、少ししてから身体を離すとこう言った。


「これで満足したかしら?」


 私の言葉に対して、イストスは顔を赤くして無言でコクコクと頷いた。

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