第六話 苦境の足音
前世において、魔女狩りが起こってしまった原因については、様々な説が挙げられてきた。
その中でも、私が最も警戒していたのは、民衆が戦争や天災に対する怒りを魔女にぶつけたとされる説だ。
もしもの話だが、この説通りのことがこの世界でも繰り返された場合、何らかの災害が原因で民衆の不満がピークに達した時点で、その災害は魔女のせいということにされてしまうだろう。
干ばつが発生して不作になったら、魔女が雨を封じたということにされ。
ウイルスによって疫病が流行ったら、魔女が災いをもたらしたということにされるのだ。
だから私は、この世界で大災害が起こっても大丈夫なように、一つ備えをしてきた。
食料の備蓄だ。
私はポリス商業都市の郊外に大倉庫を購入していて、五年ほど前からそこに小麦などの穀物を個人的に貯めこんでいる。
幸いなことに、私たち四姉妹は人並み以上の金を稼いでいたので、大量の穀物を仕入れるのに十分な金を用意することができた。
戦争や不作が起きて、ポリス商業都市の周辺地域が食糧不足に陥ったときには、この穀物を市場に放出する予定だ。
当然のことながら、穀物の価格のつり上げなどは行わない。
採算なんてものはどうでも良くて、民衆の不満を解消するのが優先だ。
疫病に関してはどうにもならないが、こればっかりはどうしようもない。
現在の季節はまだ夏で、不作が起きるかどうかは分からないが、なんだか今年は雨が少ないような気がしている。
だから私は、普段よりも警戒心を強くしていた。
……そんな夏のある日。
家でいつものように仕事をしていると、コンコンと玄関のドアを叩く音が聞こえてくる。
それでドアを開けてみると、見覚えのある人物が現れた。
「ウールギア様、突然の訪問申し訳ありません。僕のことを覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんよ。今日はどんな用で来たの?」
「それが、少し玄関先では話しづらい内容でして……家に上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
現れた人物は、十年前の惨劇の日に私たちを助けてくれた、衛兵のエフノールだった。
流石に少し老けたが、相変わらず柔和な顔つきをしている。
私は彼をダイニングに案内してから、向かい合わせで席につくと会話を始めた。
「早速説明させていただくと、先日この都市のとある屋敷で大量殺人事件が発生しました。死体の数は二十名ほどで、現場に強力な魔法が行使された痕跡があったことから、我々は魔女の犯行を疑っています」
「それで、私たちのことを疑っているの?」
「いえ、そうではありません。問題なのは、この殺人事件の現場がテオス教団の隠れ家だったことです。後の調査で、殺された人間が全員テオス教団の信者であったことも分かりました」
テオス教団。
十年前、私たちの村を襲撃したカルト団体だ。
その隠れ家が、恐らくは魔女の手によって壊滅させられた……?
「使われた魔法の種類から、あなた方が犯人ではないことは分かっています。そこで、テオス教団に恨みがある魔女について聞きたいのですが、何か知っていることはありませんか?」
「……私たちは他の魔女とはあまり繋がりがないの。テオス教団についても、あの事件以来は関わったことがないから、知っていることはほとんどないわ」
「そうでしたか……この際、事件と関係がありそうな情報であればなんでもいいのですが」
そう言われて、私は一生懸命頭を回してみるが、有益な情報は思い出せそうにない。
エフノールに話したことは全て事実で、私がこの事件に関して知ることは何もなかった。
だからこそ、私は話を聞いて衝撃を受けている。
「ごめんなさい。この件に関して、私はあまり役に立てそうにないわ」
「分かりました。こちらこそ、嫌なことを思い出させてしまって申し訳ありません。何か情報が手に入りましたら、詰所の衛兵に報告してもらえると助かります。調査へのご協力ありがとうございました」
少しだけ残念そうな顔をして、エフノールは私たちの家から出て行った。
その後、静寂に包まれた家の中で、私は思考を巡らせる。
テオス教団の隠れ家が壊滅したこと自体は、非常に喜ばしいことだ。
しかし、信者を皆殺しにするというのは明らかにやりすぎである。
この事件を知った人々が、魔女のことを恐れてもおかしくはないだろう。
まだ何も起こってはいないが、なんとなく嫌な予感がしている。
魔女が差別されるのに必要な条件が、少しだけ揃いつつあった。
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