第二十話 全てを在るべき姿に
この世界は魔法が普通に存在する世界であるから、魔力を増強する手段もそれなりに存在している。
マギカウィードやミミックの心臓といった摂取することで効果を発揮する食材や、魔竜の心結晶などの触れるだけで蓄積された魔力を供給してくれるアイテムが代表的な例だろう。
その中でも、イストスには魔物から手に入るアイテムを、デメテルには植物から手に入るアイテムを集めてもらうように頼んだ。
二人ともそれぞれの分野の専門家であり、戦闘力も申し分ないので、多少不安は残るが恐らくは無事にやり遂げてくれるだろう。
その一方で、へカーティには概念を変化させる魔法を使う際の支援を頼んでいる。
彼女が召喚できる魔物の中には、対象の魔力量を強化する魔法を使える種が何体か存在しているのだ。
へカーティが使役できる魔物の数を考えれば、イストスの強化魔法にも劣らない量の強化が見込めるだろう。
そんなわけで、妹たちは私からの頼み事を果たすため、朝食の席で話をした当日からせわしなく動き回っていた。
特に期限を設けたわけではないのだが、ブロンティが率いる魔女たちの反乱という予測不可能なタイムリミットがある。
時間は残されていない、今も、昔も。
かくいう私も、魔力を確保するために必要な魔道具を製作しようと腐心していた。
必要なものは、不純物が含まれていない超高純度の水晶、魔石綿、深淵タケ、それから……魔女の血液だ。
ダンジョンで採掘できる魔石綿や、森で採取できる深淵タケについては、本来ならばイストスとデメテルを頼るべきなのだろうが……これに関してはどれだけ時間が迫っていようとも、妹たちを頼るわけにはいかなかった。
何せ、膨大な魔力の代償として私の命を奪うことになる道具を作るのだ。
全ての責任は、私が負わなければ。
超高純度の水晶については、私の魔法があればいくらでも手に入る。
魔女の血液についても、私の血を使えば何ら問題ない。
問題は、残り二つのアイテムだ。
魔石綿はダンジョンの壁面、その中でも魔力の濃い場所に稀に生成される綿状の鉱物であり、藍色の輝きと魔力を蓄積する性質を持つ。
その藍色の輝きを薄暗いダンジョンの中で探し当てるのは困難を極め、なおかつダンジョン内で魔力の濃い場所というのは大抵の場合深層であるため、その希少さは折り紙つきである。
深淵タケは人どころか獣すら避ける深い森に生えている傘があるタイプのキノコであり、周囲の流体を吸収する性質を持つ。
その性質により周囲の光まで吸収してしまうため、深い森の中で深淵キノコを見つけるのは非常に難しく、こちらも大変希少な代物である。
とてもじゃないが、どちらのアイテムも加工屋に過ぎない私がまともな手段で手に入れられるものではない。
だが、私は変化の魔女だ。
本気を出せば希少なアイテムの一つや二つ、変化によって錬成できる。
魔力消費は甚大だが、背に腹は代えられない。
幸いなことに、変化元となるアイテムは自力で手に入れることができた。
ただの綿状の鉱物である石綿と、ただの食用のキノコであるクリタケだ。
ちょっと森に行けば手に入るようなありふれた代物だが、変化元として使える程度には魔石綿と深淵キノコに似ている。
あとは「石綿を魔石綿に変える魔法」と「クリタケを深淵タケに変える魔法」を行使するだけだ。
とてもじゃないが、一日にこのレベルの魔法を二回も使うのは無理なので、二日間に分けて魔法を行使する。
まずは石綿の方からだ。
自室の机の上の石綿を並べ、満を持して「石綿を魔石綿に変える魔法」を行使しようとすると、身体中の魔力が凄まじい勢いで石綿に吸い込まれていった。
『……やっぱり魔力消費が大きいわね。でも、予想の範囲内。これなら耐えられる』
そんなことを考えながら魔法の行使を続けていると、石綿からパキパキと音が鳴り始め、次第に色が透明感のある藍色へと変化していく。
その後、私の魔力を七割程度消費したところで、用意した石綿は魔石綿へと完全に変化した。
あとは明日、同様のことをクリタケに対しても行えばいい。
それから、魔力をごっそりと持っていかれた私が休憩していると、部屋のドアがガチャリと音をたてて開けられた。
「あ、いたいた。お姉ちゃん、取り敢えずやれるだけマギカウィードを集めたんだけど、どこに置いとけばいい?」
「そうね……ひとまず一階の物置きに置いておいてちょうだい。煎じて飲むために、後で私が乾燥させておくわ」
「はーい。……じゃあまた後でね、お姉ちゃん」
魔石綿をそっと手で隠しながら、デメテルの質問に答えると、彼女はまだやることがあるのかさっさとどこかへ行ってしまった。
いつもなら、もうちょっとじゃれついたり甘えたりしてくるのだが、珍しいこともあるものだ。
結局、この日はその後何事もなく終わり、翌日からまた魔力を確保するための準備が始まった。
++++++
妹たちに手伝いを任せた日から三日後の夜、世界の概念を変化させる魔法の準備は、いよいよ大詰めを迎えていた。
妹たちに任せていた事前準備は概ね完了したようで、我が家の物置きには凄まじい量の魔力増強アイテムが積みあがっている。
へカーティもゴブリンシャーマンやセイレーンといった支援系の魔物を事前に召喚しており、用意は万端だ。
残っているのは、私の準備のみ。
魔力を確保するための魔道具製作だ。
おとといクリタケは深淵タケに変化させておいたので、材料は全て揃っている。
つまり、あとは本命の魔道具を作るだけというわけだ。
私は、へカーティとの外出のときに買った魔道具製法大全集を開き、手順を確認しながら魔道具を作り始めた。
まず、超高純度の水晶に魔女の血で指定された呪文を刻む。
これは指先をナイフで切り、血を出しながら変化の魔法を併用することで問題なく作業を行うことができた。
次に、魔石綿と深淵キノコを粉末状に加工し、水晶の表面に塗布していく。
これは本来なら接着剤を用いなければならない面倒な工程だが、変化の魔法で粉末を水晶の表面に固着させることで難なく作業を完了させることができた。
そして最後、呪文を刻んだ魔女の血に魔力を流し込めば……透明だった水晶が紫色に発光しながら徐々に姿を変え、紫色に変化していく。
完成したのは、紫色に輝く禍々しい水晶。
魂を消費し魔力に変換する紫水晶である。
大きさは、手のひらよりやや小さいぐらいといったところだろうか。
私はこれを使って魔力を確保し、魔女の概念を”魔力が多く寿命が長いだけのただの人間”に確実に変化させ、ついでにウールギアという魔女の存在を世界から抹消するつもりだ。
そうすれば、魔女が差別されることはなくなり、私は最初からこの世界に存在しなかったことになる。
私の死によって、妹たちが悲しむこともなくなる。
全ては、在るべき姿に戻るのだ。
ああでも、私の存在を世界から完全に消し去るには魔力が足りなかったときのために、遺書は残しておかなければ。
妹たちには伝えなかったこの計画が、全て私の意思であると分かるように。
そして、妹たちが幸せに生きる意思を捨てぬように。
その後、私は遺書を書いて自室の棚にしまい眠りについた。
妹たちには、明日概念を変化させる魔法を使うと既に伝えてある。
死への恐怖はない。
今はただ、明日へ向けて英気を養うため、深い眠りに落ちるだけだ。
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