第十九話 原初の決意
結局のところ、私が体力を回復させて妹たちの介護から解放されたのは、目が覚めてから五日後のことだった。
予想通りと言うべきか、妹たちの介護は過保護なもので、身体は休まったが精神的には気疲れしてしまった。
いかんせん、常にへカーティかデメテルが傍にいるので落ち着かない。
イストスも夜には家に帰ってくるので、三人からそこはかとない圧を感じることになる。
それに、外の世界がどうなっているのかも気がかりだった。
私がいない間に、飢饉と魔女差別はどうなったのだろうか。
五日間のリハビリで体力を回復させた私が、久しぶりに外に出ようとすると、これまでずっと傍にいたへカーティが私から離れて口を開いた。
「ウールギア姉さん。外に出る前に、一つ覚えておいて欲しいことがあります」
「何かしら」
「これから何があっても、私たち姉妹は運命共同体ですから」
「……ええ、覚えてくわ」
そう返事をしてから、私を意を決して玄関のドアを開ける。
するとそこには、生々しい加害の痕跡が広がっていた。
石でも投げられたのか、外壁は凹みだらけだし、屋根の瓦も所々割れている。
目の前の石畳の道路にはビラが何枚か挟まっており、拾い上げてみると見るに堪えない魔女への罵倒の数々が書かれていた。
「悪魔に身体を売った売女、ね。こういう時代の人間らしい文言だわ」
一人そう呟いてから、私は住み慣れた街の散策を始める。
数年前までの平和なポリス商業都市の姿はそこにはなく、淀んだ空気の漂う街の姿がそこにあった。
商店はどこも閑散としていて、唯一食料品店の前には人だかりができていたが、その扉にはclosedの看板が掲げられている。
道行く人々は皆やせ細っていて、聞き耳を立てていると不満の声が聞こえてきた。
ある者たちは王と貴族を憎んでいた。
民衆が困窮しているのにも関わらず、国として何の救済策も打ち出さないその無能さを呪っていた。
ある者たちは大商人と地主を憎んでいた。
飢饉を利用して食糧を貯めこみ価格を吊り上げ、民衆の苦しみを無視して金儲けに走るその強欲さを呪っていた。
……多くの者たちは魔女を憎んでいた。
飢饉の原因となった雨不足と山火事という自然現象を、民衆たちは魔女が起こしたものだと信じて疑っていなかった。
全ての元凶は魔女であるとして、何の根拠もなく魔女の力のことを呪っていた。
「お前、あの魔女姉妹の長女か?」
「ええ、何か用かしら」
「いや? 魔女の癖によくもそんなに堂々と歩けるもんだと感心しただけさ。じゃあな、犯罪者」
街を散策している最中、突然話しかけてきてそう吐き捨てた男のことを、私は黙って見送った。
ここまで直接的に悪意をぶつけられる事は多くないが、家を出てから敵意のこもった視線は常に感じていて、本当に大罪人になったかのような気がしてくる。
毎日外に出て働いているイストスにも、この視線が向けられているかと思うと、自身の不甲斐なさに怒りが湧いた。
まともな手段にこだわるのなら、この事態を穏便に済ませるのはもう無理だ。
今さら食料を配ったところで焼け石に水であり、魔女の悪名は常識とまで言えるほどに広まってしまった。
だが、まともな手段にこだわらないのなら、私には一つ当てがあった。
この世界を、魔女たちが安心して暮らせる世界に戻す当てだ。
犠牲を払うことになるだろうが、魔女である妹たちの平穏な日常を取り戻すことができる。
「心苦しいけれど、また妹たちに手伝ってもらわないといけないわね。でも、これで本当に最後だから、不出来な姉を許してちょうだい」
敵だらけになった街を歩きながら、私は誰にも聞こえないようにそう呟いた。
ああ、へカーティ。
あなたは私と妹たちが、運命共同体なんて言っていたけれど、私にはそんな資格も価値もないのだ。
けれど、私がいなくなることであなたたちが悲しむというのなら、私にもそれなりの考えがある。
そんな思案を巡らせながら、久しぶりの外出を終えた私は、翌日の朝食の席で妹たちに話をすることにした。
「街の状況はおおよそ理解したわ。こんな状況になる前に、食い止めるつもりだったのだけれど、力不足だったみたいね」
「姉さんが力不足だったわけじゃない! こんなの……人一人がどうやっても解決する問題じゃないよ」
そんなイストスの言葉に、私は心の中で首を横に振った。
確かに、普通の人間には到底太刀打ちできない問題ではあったが、私は普通の人間ではないのだ。
魔女として強大な力を有し、転生者として先の事態を予測することもできていた。
にも関わらず、結局のところ何も成し遂げられなかった結果がこれだ.
私の力不足と言わずして何があるだろうか。
「それで、ウールギア姉さんは何かするつもりなんですか?」
「……最後の手段を使うつもりよ。私の変化の魔法を使って、魔女という概念そのものを変化させるの。魔女が”魔力が多く寿命が長いだけのただの人間”として認識されるように、無理やり概念を変化させるつもりよ。そうすれば、普通の人間と区別されて差別されることもなくなるはず」
「えぇっ!? お姉ちゃん、そんなことできちゃうの?」
「ええ。実際にやったことはないけれど、十分な魔力さえあればできると思うわ」
私が扱える変化の魔法に、限界というものは存在しない。
やろうと思えば石をパンにできるし、水をワインにだってできる。
しかしながら、普段そういうことをやらないのは、無茶な"変化"を実行しようとすると膨大な量の魔力を要求されるからだ。
物質の構造そのものを変化させようとしたり、時間や概念を変化させようとしたりする神の如き試みは、いずれも魔力不足によって失敗に終わっている。
つまりは、魔力さえあれば可能になる試みのはずだ。
「だから……イストス、デメテル、へカーティ。申し訳ないのだけれど、また頼み事を聞いてくれるかしら。私がその魔法を行使するための膨大な魔力を確保するのに、必要なものを集めてほしいの」
「それで全部解決するの? お姉ちゃん」
「全部……そうね、これで全部解決するわ。きっとね」
「それなら、協力しない理由なんてないよ。な、へカーティ?」
「……はい、もちろんです」
そうして、いつも通り頼みを聞き入れてくれた妹たちと共に、私は魔力の確保に必要なものを集めることになった。
ただ、心なしかへカーティの様子が変だったのが、ほんの少しだけ気がかりだった。
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