第十八話 重熱
「うぐっ」
「ウールギア姉さん? 夢……じゃないですよね。また幻聴でしょうか」
鈍い頭痛に襲われて、うめき声を漏らしながら意識を覚醒させると、ひどく憔悴したへカーティの声が聞こえてくる。
瞼を上げると、見慣れた自室の天井が目に映ると同時に、やつれた顔をしたへカーティの手が私の頬を包みこんだ。
「姉さんの瞳が見えます」
「当然よ、起きたのだもの。その様子だと、随分と心配をかけたみたいね。悪いことをしたわ」
「姉さん……よかった……本当によかったですっ。私のせいでっ、姉さんが目覚めなかったらって、ずっと、ずっと、ずっと考えてましたっ。だからっ――」
「馬鹿ねぇ。私が勝手にしたことなんだから、私のせいにするなりあの男のせいにするなりすればよかったのよ。だからほら、そんなに泣かないの。目が腫れちゃうわ」
私の胸に縋り付いて号泣し始めるへカーティのことを、私はしばしの間抱きしめて慰める。
へカーティは想像以上に憔悴していて、正直なところ私自身も動揺していた。
こんな結果を招くつもりはなかったのだ。
私はただ、例え私が犠牲になったとしても、妹たちに平穏に生きてほしいだけだった。
「それで、私はどれぐらい眠っていたのかしら」
「一週間です。医者には、一週間経っても目覚めなかったら回復しない可能性が高いと言われていました。ですから、イストス姉さんとデメテル姉さんも、気が気ではないはずです。二人とも、そろそろ家に帰ってくる頃だと思うんですが……」
へカーティがそう言ってから程なくして、家のドアがガチャリと開く音が聞こえてくる。
そしてすぐに、二人分の足音がバタバタとこの部屋に向かってきた。
可愛い二人の妹のご帰還だ。
「へカーティ! ウールギアお姉ちゃんは!?」
「デメテル、そんなに大きな声を出さなくても大丈夫よ。それから、イストスもお帰りなさい」
「姉さん……よかった。でも、もう、ほんとに、こういうのは勘弁して」
イストスはそう言って、心底安心した表情を浮かべながら、大きく息を吐いてその場にへたり込む。
一方デメテルは、ベッドの上で上半身を起こしていた私に全力で突進してきた。
その勢いを受け止めきれなかった私は、デメテルと一緒に再びベッドに倒れこむ。
「きゃっ」
「えへへ、お姉ちゃんだぁ。一週間ぶりだから、しっかりお姉ちゃん成分を補充しないと」
「……ちょっと教育方針を間違えたのかしら。この調子だと、永遠に独り立ちしそうにないのだけれど」
「今更ですよ、ウールギア姉さん。故郷を滅ぼされてから、これまでずっと私たちのことを支えてくれた姉さんと、離れ離れになるなんてありえません。まだ恩返しもしていないのに」
「恩返しなんていらないわよ。私はただ、姉としての役割を果たしただけなのだし」
「たった十二歳の頃からお金を稼いで、私たち三人を育て上げたのを"だけ"とは言わせませんよ」
元々傍に陣取っていたへカーティは、そう言って私に身体を寄せる。
妹二人に纏わりつかれ。なんともいたたまれない状況になってしまった私は、唯一まともそうだったイストスに視線を向ける。
すると、先ほどまでへたり込んでいたイストスは、立ち上がってこちらににじり寄ってきていた。
「イストス?」
「ねぇ姉さん。姉さんは知らないと思うけど、この一週間、私結構頑張ったんだ」
「そ、そうなの」
「だから、いっぱい褒めて」
「ええと……頑張ったわね?」
「それだけじゃなくて、撫でて、思いっきり抱きしめて」
「わっ」
デメテルとへカーティを軽く押しのけて、イストスは私の正面に割って入り、私にそっと抱き着いた。
仕方がないので、私も思いっきりイストスのことを抱きしめながら、右手を使って彼女の頭を撫でてやる。
「もう、みんなすっかり甘えんぼさんね」
「姉さんは自分のことを低く見すぎだよ。姉さんが意識を失ってから、デメテルは石を投げた犯人を殺そうとするし、へカーティは半狂乱だったし、私だって正気じゃいられなかった。姉さんが目覚める日のためだけに、いつも通りの生活を維持するので精一杯だった。今日起きてくれなかったら、もう限界だった……!」
「……心配させてごめんなさいね。本当に、よく頑張ったわ」
そう言いながら私がイストスのことを撫でていると、イストスが私を抱きしめる力が一層強くなる。
妹たちの私への感情は、想像以上に重いのかもしれないが、私は未だそのことを実感できずにいた。
姉として頑張った自覚はあるが、期待に応えられない半人前であるという自己評価は変えられそうにない。
ベッドの上には、私と妹たちがぎゅうぎゅう詰めになっていて、いくらなんでも暑苦しい。
物理的にも、精神的にも、少しばかり重かった。
「ほら、みんなそろそろ離れなさい。いい加減重いし暑苦しいわ」
「うん」
「はーい」
「分かりました」
私の言葉に従って、妹たちは大人しく私のベッドから離れていく。
流石に皆成長したからか、引き際というのを理解していた。
かくいう私も、そろそろ長い休憩を終わりにしなければ。
「さて、私も動き始めなきゃね。一週間分の遅れを取り戻さないと」
「「「は?」」」
私がベッドから起き上がろうとすると、妹たちが一斉にこちらを向いてドスの効いた声を上げる。
はて、何かおかしなことでも言っただろうか。
「姉さんは怪我明けなんだよ? 重症で一週間寝たきりだったの」
「それなのにさぁ、すぐ働こうとしちゃダメだよ。まぁ、お姉ちゃんらしいっちゃらしいけど」
「少なくとも、今日一日はきちんと安静にしていてください。明日からリハビリを始めて、回復してから復帰しましょう。それまでは外出禁止です」
妹たちはそう言うなり、私をあっという間にベッドへと押し戻してしまった。
抵抗しようとはしたが、何だか思ったように力が入らない。
妹たちの言う通りで、私の身体は弱り切っているようだった。
「そこまで全力で止めなくてもいいと思うのだけれど」
「寝言は寝てから言って、姉さん。昔は無茶ばっかりさせてたけど、もうそうはさせないから」
「ちゃんと大人しくしてるんだよ?」
「身の回りの世話は引き続き私がするので、安心して休んでください」
立て続けにそう言われて、私としては苦笑することしかできない。
大人しくベッドに寝転んだ私は、「私なんかのために、そこまでしなくてもいいのよ」という言葉を、すんでのところで飲み込んだ。
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