第十二話 苦境
平穏な日々はあっという間に過ぎていき、とうとう恐れていた秋がやってきた。
はっきり言って、事態は芳しくない。
私の予想通り、熱波と雨不足による干ばつが発生したのだ。
これによって、ヴァシリオ王国は例年以上の水不足と山火事に襲われた。
農作物の収穫量減少はもはや避けようがなく、山火事と相まって食糧事情は逼迫している。
ただ、それでも一年目はなんとかなった。
こういった食糧危機に備えて、皆ある程度非常食を用意していたからだ。
この非常食を食いつぶすことで、よっぽど貧しい人々以外はなんとか冬を越すことができた。
問題は二年目である。
熱波と雨不足は一年だけでは終わらず、翌年も干ばつが発生してしまったのだ。
こうなると、農作物以外にも様々なところで影響が出てくる。
川や湖の水量が減少したせいで、漁師たちは魚を獲ることが難しくなったし。
長引く熱波によって家畜が体調を崩したせいで、農家たちは牛に耕作をさせられなくなり、乳や肉を得ることも困難になった。
もはや、飢餓は貧しい人々だけの問題ではない。
平民なら誰もが、食糧不足に悩まされてしまっている。
そういうわけで、私は二年目の秋から個人的に貯めこんでいた穀物の放出を開始した。
いつも通りデフェロス商会に頼んで、この穀物を周辺地域の商店で販売してもらう予定だ。
これで少しは食糧不足が解消すればいいのだが、果たしてどうなることやら。
……人間というのは、未知の力を恐れる生き物だ。
そして、この世界の魔女は実際に強大な力を有しており、普通の人間からしてみればその力の全容は未知に包まれている。
だから、魔女がいつ差別を受けてもおかしくない存在だというのは、重々承知していた。
けれど私は、まだそのことを甘く見ていたのかもしれない。
ある日のこと。
取引先の宝飾品店の店主との世間話で、とある魔女に死刑判決が下ったと聞いて、私は目の前が真っ暗になったような気がした。
++++++
事の顛末はこうだ。
ある時を境に、ヴァシリオ王国のとある農村で飼われていた牛たちが次々に伝染病で倒れてしまった。
そこで、村人たちは牛たちがなぜ伝染病で倒れてしまったのか考えた結果、ある可能性を思いついた。
魔女の魔法だ。
牛たちが倒れる数日前に、この農村には薬売りの魔女が訪れていた。
この魔女は薬に関連する魔法を使うことができる魔女で、村人たちは彼女が牛に毒薬を盛ったのではないかと疑ったわけだ。
そうして村人たちに訴えられた魔女は裁判にかけられ、死刑判決を下された、ということらしい。
これはあくまで推測なのだが、この魔女は無実だろう。
なぜなら、毒薬は伝染病の原因にはなり得ないからだ。
牛たちが伝染病で倒れたと仮定する場合、その原因はウイルスか細菌などの病原体だ。
毒薬で牛を殺すことはできるかもしれないが、伝染病を引き起こすのはいくら魔女でも難しいだろう。
それよりも、長期間の熱波で弱って免疫力が低下したせいで、自然と伝染病にかかってしまったと考えた方がよほど説得力がある。
そもそもの話、薬を売って比較的裕福に暮らせるはずの魔女が、わざわざ農村の牛を殺す理由なんてどこにもないのだ。
ただ、ウイルスだとか細菌だとかの話は、私が前世の記憶を持っているから知っていることであって、この世界ではなんの証明にもならない。
恐らく無実だからといって、私がかの魔女をどうにかすることはできそうになかった。
……そして現在、私は馬車に乗って、ヴァシリオ王国の中心地たる王都へ向かっている。
王都の中央広場で行われる、魔女の死刑執行を見届けるためだ。
魔女として、私はこの世界の魔女裁判の結末を見ておかなければならない。
馬車を降りて王都に入ると、中心部にそびえ立つ巨大な城とレンガ造りの街並みが私のことを出迎える。
首都なだけあって、平時は活気あふれる光景が広がっていたのだが、現在の王都は明らかに人が少なくなっていた。
恐らくは、干ばつの影響で取引する品物がなくなったせいで、出歩く人の数も減ってしまったのだろう。
王都の大通りを歩いていると、次第に目的地の中央広場が見えてくる。
死刑執行当日ということで、中央広場の周りには多くの人々が集まっていた。
前世の中世ヨーロッパと同様に、この世界の死刑執行には見世物としての側面があるためだ。
中央広場に着くと、人だかりの中心部に断頭台が置かれているのが見える。
断頭台の周りには、甲冑を着た兵士たちが円状に配置されていて、民衆が死刑執行の場に侵入しないよう警備を行っていた。
まだ死刑執行までは少し時間があるようで、死刑執行人や死刑囚の魔女の姿は見えない。
それからしばらく待っていると、司祭や死刑執行人らしき人物が中央広場に集まってくる。
そして遂に、兵士に連れられて死刑囚の魔女が断頭台の前に姿を現すと、辺りの人々が一斉にざわつき始めた。
件の魔女の外見は、黒い長髪を持った若い女性で、両手には手枷が嵌められている。
その顔には、涙の跡と感情の抜け落ちた絶望の表情が浮かんでいて、私は思わず目を逸らしたくなった。
この場に集まった多くの人々と同じように、娯楽としてこの死刑執行を見届けることは、私にはとてもできそうにない。
それでも、目を逸らさずに断頭台の方を見つめていると、突然後ろから肩を軽く叩かれる。
それで振り返ってみると、見覚えのあるフードを被ったくすんだ金髪の魔女、ブロンティが私に向かって手を振っていた。
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