魔女姉妹の転生長女は自己犠牲を厭わない
カルディ
第一話 覚悟
とある剣と魔法の世界。
ヴァシリオ王国の小さな農村で暮らしていた夫婦の下に、四人の姉妹が生まれた。
その長女、ウールギア・マリッドとして生を受けたのが、転生者でもあるこの私だ。
前世のことを思い出したのは、およそ三歳の頃だっただろうか。
二十数年で幕を閉じた男の人生の記憶が、何故かこの身には宿っていた。
茶髪の少女に姿が変わり、周囲を取り巻く環境もずいぶんと変わったが、二十年以上の人生経験の影響は大きい。
下の子たちに比べて、私はずいぶんと大人びた少女になった。
良いことかどうかは分からないが、おかげで今世の親には手をかけさせずに済んだと思う。
それでも、育児をする両親は非常に大変そうだった。
というのも、私たちは普通の人間ではなかったからだ。
この世界では、生まれながらにして魔法を操ることができ、膨大な量の魔力を持っている不老の女性が生まれてくることがある。
人々は、そのような女性のことを魔女と呼ぶそうだ。
そして、私たち四姉妹は全員が魔女だった。
「お姉ちゃん見て! カワイイでしょ!」
「ええ、そうね。可愛いお花さんね」
素朴な木の家の中で、無からチューリップの花を出現させた緑髪の三女デメテルに対して、私はそう返事をする。
魔女というのは生まれつき使える魔法の種類が決まっていて、デメテルが使えるのは見ての通り、植物に関連する魔法だ。
一方で私はというと、変化に関連する魔法を使うことができる。
私はともかく、下の子たちは遊びで遠慮なく魔法を使うので、あくまでも普通の人間だった両親はかなり苦労していた。
数か月前には、デメテルが植物を好き放題に生やして家の中を森のようにしていたこともあったか。
もっとも、ここ最近は教育の甲斐あってか、大きなトラブルは起きていない。
そんなわけで、今日という日もいつも通り平穏に過ぎ去るだろうと思っていたのだが……夕方になって突然、カンカンカンカンッと、村中に鐘の音が鳴り響いた。
これは、非常事態が発生したことを知らせる鐘の音だ。
「何だ? みんなは家の中にいなさい。父さんたちが様子を見てくるから」
そう言って、両親は険しい顔で外へと出ていってしまった。
何やら、村全体が重苦しい雰囲気に包まれ始めている。
嫌な感じだ。
一体なにがあったのだろうか。
「イストス、私に耳が良くなる魔法を使ってみてくれる? 外の状況を確認したいの」
「わ、分かった。やってみるよ」
朱髪の次女イストスは、強化に関連する魔法を使うことができる魔女だ。
彼女は言われた通りに、私に聴力強化の魔法をかけてくれる。
これによって、私は遠くの方で叫んでいる村人たちの声を聞き取ることができるようになった。
「敵襲! 敵襲だ! 武装集団がこっちに来てるぞ!」
「どこの連中だ? 野盗の類か?」
「それにしちゃあ人数が多すぎる。このままだとマズいぞ」
「脚に自信がある奴を最寄りの都市に向かわせる。救援が来るまで何が何でも耐えるんだ!」
一連の会話を聞いて、私はどのような事態が発生したのかを知る。
詳細は不明だが、状況は危機的だ。
この村の規模は小さく、戦える者は十数名ほどしかいない。
まともな防衛施設も装備もない。
これでは、大人数で攻め入られたら時間稼ぎができるかどうかすら怪しかった。
「お姉ちゃん……大丈夫なの……?」
不安そうな白髪の四女へカーティの声を聞いて、私はふと我に返る。
気づけば、姉妹たち全員が不安そうな目で私のことを見ていた。
きっと、事態を把握して眉間にしわを寄せていた私を見て、不安になってしまったのだろう。
私の失敗だ。
強張った顔の筋肉を弛緩させてから、私は努めて明るい表情を浮かべて口を開いた。
「大丈夫よ。父さんたちがなんとかしてくれるわ」
「すぐに帰ってくる?」
「……ええ、きっと」
へカーティの言葉を、すぐに肯定することはできなかった。
このままでは、両親が殺されてしまう可能性が高いことを理解していたから。
奇跡を信じられるほど、私の精神年齢は若くなかったのだ。
しかし、姉妹たちを安心させるには嘘が必要だ。
……それから、私が不安に揺れる姉妹たちをなだめているうちに、村の外では戦闘が始まったようだ。
聴力を強化された私の耳に、大人たちの怒号と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
「何が目的だ、この野蛮人ども!」
「野蛮人とは失敬な、我々は大儀の下に戦っている」
「この不当な襲撃に大儀があると!?」
「そうだとも。貴様らの村には四人の魔女がいるだろう。魔女は災いをもたらす存在だ。人類のためにも、貴様らごと滅んでもらわなければ」
「でたらめを。迷信を掲げるこのカルト教団が!」
襲撃者の言葉を聞いて、私は一気に青ざめた。
奴らの目的は私たちだったのだ。
この世界においても、魔女を憎む団体が存在することは知っていたが、まさかこんな子供の魔女の存在すら嗅ぎ付けて殺しに来るとは思わなかった。
そもそもの話、私たちの村があるヴァシリオ王国は魔女殺しを認めていないのだから。
しかし、こうして襲撃されてしまった以上泣き言を言ってもどうしようもない。
奴らは宣言通り、私たち四姉妹を殺すまでこの村から離れないだろう。
となると、隠れてやり過ごすのは不可能だ。
逃げるか、戦うしかない。
そこまで考えたところで、私は改めて姉妹たちのことを見る。
四女のへカーティはまだ六歳、三女のデメテルは八歳、次女のイストスは十一歳、そして私は十二歳。
全員がまだ幼い少女だ。
この四人全員で、バレずに村から逃げるのは難しいだろう。
どうせ一度は死んだ身だ。
自分の命はさして惜しくない。
私が戦わなければ。
私が、長女として姉妹たちを……いや、姉として妹たちを守らなければ。
「イストス、私にありったけの強化魔法を使ってくれる?」
「いいけど……何するの?」
「父さんたちを手伝いに行くのよ」
「っ! それなら私も――」
「ダメよ。貴方までいなくなったら誰がデメテルとへカーティを守るの?」
そう言って、私はイストスの言葉をピシャリと跳ね除けた。
まだ幼い彼女に人殺しをさせたくないし、死地に向かわせたくもない。
こういうのは大人の仕事だ。
もっとも、私も人殺しの経験があるわけではないのだが。
「私たちの村は襲撃を受けているの。だから、みんなは救援が来るまで家から出てはダメよ。ただし、襲撃者の方が先に家にやってきたのなら、その時は全力で逃げて。父さんのことも、母さんのことも、私のことも気にせずに。……私の言いつけ、守ってくれるわね」
反論を許さぬ口調で、私はそう言い切った。
妹たちは皆、何か言いたそうにしていたが、私はあえてそれらを無視する。
引き止められる時間すら惜しかったのだ。
こうしている内にも、村の大人たちが殺されている。
「大丈夫よ。念のために色々言ったけれど、きっと私がなんとかするから」
イストスによって身体強化を施してもらった私は、妹たちにそう言い残して家を出た。
私は転生者という異物なので、もし死んでも忘れてほしいと、心の中で妹たちに願った。
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