第二話 災い
イストスに施してもらった身体強化の魔法は、具体的に言うと全身の筋力強化、聴力強化、視力強化だ。
これによって、私は一時的に大人以上の身体能力を得ることになる。
強化された脚力を活かして、戦闘音が鳴っている方へと走っていくと、村の外縁部で戦っている村人たちと地面の転がる死体の姿が目に映った。
……両親の姿は、死体の方にあった。
「っ!? なんで来たんだマリッドの嬢ちゃん! あいつらの狙いは――」
「分かっています。ですが、隠れたままでは全員殺されるだけです。誰かが戦わなければ」
私は両親の死体から目をそらし、生き残っていた村人の一人にそう返事をする。
悲しみは押し殺した。
ただ、使命感だけを私の中に残した。
見たところ、生き残っている村人の数が三名なのに対し、対峙している襲撃者の数は二十名といったところか。
半々で軽装の弓兵と重装歩兵に分かれており、素人目に見てもちゃんとした装備をしている。
これでは村人が勝てるわけがない。
「まさかそちらの方からお出ましとはな。子供らしく恐怖に震えているものと思っていたが。探す手間が省けて何よりだ。手始めに死んでもらおうか」
派手な兜を着けた襲撃者たちのリーダーらしき男は、そう言ってこちらに三名の重装歩兵を向かわせてくる。
当然のことながら、後方では弓兵が私に向かって弓を構えていた。
理解はしていたが、不利な戦いになりそうだ。
手始めに、私は足から地面に対して魔力を流し込んで、魔法を発動させる準備をする。
そして間もなく、向かってくる歩兵の足元に対して、土を固い棘に変化させる魔法を発動させた。
その瞬間、地面から飛び出した土製の棘によって、二人の歩兵が串刺しになる。
一人は取り逃してしまった。
生き残った歩兵は私に向かって、片手剣を上から振り下ろす。
対する私は、子供らしい小柄な体格と身体強化を活かして攻撃を躱すと、相手の懐に潜り込んだ。
それからすぐに、私は相手の鎧に直接手を当て、魔力を流し込み魔法を発動させる。
発動させた魔法は、鎧を小さくする魔法だ。
小さくなった鎧によって身体を潰されて、目の前の歩兵は圧死した。
返り血まみれになった私に、今度は数発の矢が向かってくる。
しかし無駄だ。
身体強化によって動体視力も強化されているため、普通の矢ならば見てから躱すことができる。
矢は一発も当たることなく、地面に突き刺さった。
「……中々やるな。だが、あとはお前だけだ」
襲撃者のリーダーは、僅かに声を震わせてそう言った。
確かに、改めて周囲を見てみると、先ほどまで生き残っていた村人が全員死んでいる。
分かり切っていた結末だ。
私は再び地面に対して魔力を流し始め、土を固い棘に変化させる魔法の準備を始める。
この魔法は、時間をかけさえすれば遠距離での発動も可能だ。
多少命中率は下がるが、数を撃てばいいだけのこと。
襲撃者たちが様子見をしている内に、私は魔法を発動させる。
「がはっ!」
「に、逃げ――」
「走れ、魔法の餌食になるぞ!」
後方にいた弓兵たちに対して、無数の土の棘が襲い掛かった。
油断していた者は即死し、逃げ始めた者も運が悪い方から棘に貫かれていく。
「馬鹿なっ!? 急いで距離を詰めろ! 奴に魔法を撃たせるな!」
襲撃者のリーダーの指示によって、先ほどまで村人たちと戦っていた歩兵たちがこちらに突撃してくる。
良い判断だが……少し遅い決断だ。
七人いた歩兵たちも、突撃していくうちに土の棘によって数を減らされていく。
それでも、二人の歩兵が私の近くにまでたどり着いた。
こうなると、私も真っ向から戦わざるを得ない。
二人の歩兵は左右に分かれ、私に挟み撃ちを仕掛けようとする。
しかし、私はそれに反応して右側の空間に魔法を発動させた。
空気を白色に変化させる魔法だ。
これによって私の右側の空間には、白色の空気のもやが広がる。
そうして右側の歩兵の視界を遮っている間に、私は左側の歩兵に接近した。
「クソッ、こんなガキに!」
そう叫びながら、左側の歩兵は片手剣を横なぎに振るって私を迎撃しようとする。
対する私は、大きく跳躍して片手剣の斬撃を飛び越えると、空中で歩兵の兜に触れた。
次の瞬間、兜が小さくなる魔法が発動し、中身の頭部が粉々になる。
その後、白色の空気を突破してきた右側の歩兵は、味方の死体と私の姿を見て戦意喪失した。
「馬鹿な……こんなことはありえない」
そう言って目の前で項垂れる歩兵を土の棘で貫き、私は視線を生存者に向けた。
最後に残ったのは、襲撃者たちのリーダーだ。
「このっ化け物が。災いをもたらすという教え通りだ……!」
「あなたたちの方から仕掛けてきたくせに、よく言うわ。人間ってやっぱり変わらないのね」
私は、前世の歴史の授業で学んだ中世の魔女狩りを思い出していた。
異世界だというにも関わらず、歴史は繰り返してしまうらしい。
私は目の前の愚者を土の棘で始末して、その場に座り込んだ。
興奮状態が落ち着いてくると、次々に身体が不調を訴えてくる。
魔力も身体も限界だし、返り血まみれで気持ち悪い。
今更になって人を殺したという実感が湧いてきた私は、その場で思いっきり嘔吐した。
感情も、身体もぐちゃぐちゃだった。
疲労が凄まじく、意識を保つことができそうにない。
抗えない倦怠感に襲われて、私は意識を手放した。
ほんのわずかな、達成感と共に。
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