第三話 夜明け

 重たい瞼を開けて目を覚ますと、見知らぬ部屋の天井が目に映った。

 どうやらあの後、私はどこかに運ばれてベッドに寝かせられたらしい。

 外の明るさから推測するに、時間帯は昼頃といったところか。


 声を出そうとしたが、喉がかすれてまともな声が出ない。

 それでうめき声を上げていると、ベッドの上で動く人影が視界に入った。


「姉さん? 起きたのなら返事をして、私の姉さん。じゃないと――」

「ごほっ、こほっ。そんなに深刻そうにしなくても大丈夫よ。ちゃんと生きてるわ」


 ベッドの上にいたのは、次女のイストスだった。

 私が目覚めたのを確認した彼女は、布団の上から私に抱きついてくる。

 

「っ! よかった……身体は大丈夫?」

「ええ。ひどい有様だったと思うけれど、怪我はしていないわ。でも、少し喉が渇いたから水を貰えるかしら」

「うん、分かった」


 私から離れて部屋を出たイストスは、すぐに水の入ったコップを持ち帰ってくる。

 私は、ベッドの上で上体を起こしてそれを受け取ると、水をゆっくりと飲みほした。

 これで、かすれた喉も幾分かマシになった。


「ありがとう。それで、ここはどこなのかしら」

「ポリス商業都市の孤児院の客室だよ。救援に来てくれた都市の衛兵さんたちが、私たちをここに連れてきたんだ。しばらくはここに居ていいって」

「そう。まぁ、確かにそうなるわよね」


 イストスの言葉を聞いて、私はそう呟いた。

 両親を失った私たちは、今や立派な孤児だ。

 兵舎に連れて帰るわけにもいかないだろうし、孤児院に預けられるのは至って自然な流れだろう。


「一応確認しておくのだけれど、他の二人もここにいるのよね」

「うん。デメテルとへカーティもここにいるよ。そういえば、少し前に衛兵さんも来てたっけ。姉さんに話したいことがあるんだって」

「分かったわ。それじゃあ、二人もここに呼んできてくれるかしら。あの子たちにも顔を見せて安心させてあげないと」

「……もう少し二人っきりじゃダメかな」

「今はダメよ。また落ち着いてきたら構ってあげるわ」

「はーい」


 残念そうな顔をして部屋を出ていくイストスを見送った私は、一息ついてから頭を抱える。

 妹たちの前ではこんな姿は見せないが、実のところ私の心は将来への不安でいっぱいだった。

 魔法でなんとかなることも多いだろうが、無条件で頼れる存在のいない暮らしは楽ではない。

 おまけに、油断すると昨晩のことを思い出してまた吐きそうになった。


 しかし、嘆いても両親が帰ってくることはないのだから、現実と向き合うしかない。

 解決すべき問題が山積みだった。

 この襲撃事件の始末がついたら、一つ一つ片付けないといけない。


 そんなことを考えていると、イストスがデメテルとへカーティを連れて部屋に帰ってきた。

 私はすぐに表情を取り繕って、笑顔で三人出迎える。


「お姉ちゃん!」

「ちゃんと生きてる? 痛いとこはない?」

「大丈夫よ。ちゃんといつも通りのお姉ちゃんでしょう?」


 そう言って、私は飛びついてきた二人の頭を順番に撫でた。

 すると、二人は安心したのかたちまち表情を緩める。

 私も人間なので、こういった反応を返されるのは嬉しい。

 妹たちに懐かれている自覚はあって、こんな風に突撃されるのは初めてのことではなかった。


 それから、少しの間妹たちに構っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「衛兵のエフノールです。ウールギア様に用があって来たのですが、いらっしゃいますでしょうか?」

「イストスが言っていた衛兵の方かしら」

「多分そうだと思う」

「それなら、イストスはドアを開けてあげて。デメテルとへカーティは一旦離れてちょうだい」


 そう言うと、デメテルとへカーティは満足していたのか大人しく私から離れた。

 その後、イストスによってドアが開けられると、衛兵の鎧を着た男が部屋に入ってくる。

 三十代ほどに見える柔和な顔つきの男だ。


「皆様の時間の邪魔をして申し訳ありません。お伝えしたいことがいくつかあったもので」

「構わないわ。それで、用件は何かしら」


 丁寧な人だなというのが、私の最初の感想だった。

 十二歳の子供ごときに、こんな丁寧な対応をする人は中々いないと思う。

 元々こういう性格なのか、或いは魔女の力を恐れているのかもしれない。


「まずは一点、確認したいことがあります。現場に残された痕跡から、我々はあなたが襲撃者を退けたものと判断しているのですが、この点については間違いないでしょうか?」

「ええ、その通りよ」

「やはりそうでしたか。衛兵の代表者として、あなたに感謝の気持ちを伝えさせてください。失われた命もありますが、あなたのおかげで村の子供たちの命が助かりました。僅かですが報奨金も支給されましたので、どうぞお受け取りください」


 そう言って、エフノールは金貨五枚が入った革袋をこちらに差し出した。

 額としては、私たち四姉妹の一か月の生活費程度だろうか。

 多くもないが少なくもない額だ。


「次に、今後についての話をさせていただきます。ひとまず、皆様は十五歳になるまでの間は、この孤児院で生活を行うことが可能です。最低限の住居と食事は保証されますが……はっきり言ってあまりいい暮らしはできません。これは個人的な助言なのですが、できる限り早く仕事を見つけることをお勧めします」


 ありがたい助言だ。

 ただ、私は言われずとも早急に仕事を探して金を稼ぎ始めるつもりだった。

 元の生活を取り戻すためだ。

 姉として、私は妹たちに苦しい暮らしをさせるわけにはいかなかった。


「貴重な助言をありがとう。他には何かある?」

「最後に一点、村の襲撃者についての話をさせていただきたいと思います。少しショッキングな話になりますが、皆様は大丈夫でしょうか?」


 エフノールにそう言われて、私は周囲の妹たちのことを見る。

 すると、へカーティの瞳が僅かに揺れていた。


「デメテル、一旦へカーティと一緒に部屋の外で待ってもらえるかしら。話が終わったらすぐに呼びに行くから」

「分かった。行こっか」

「うん……」


 そうして、デメテルはへカーティの手を引いて部屋の外へと出ていった。

 これで安心して話ができそうだ。

 イストスはもう弱い子ではないから、同席しても大丈夫だろう。


「では、改めて話をさせていただきます。我々の調査によると、皆様の村を襲撃したのはテオス教団というカルトのようです。信者は魔女のことを災いをもたらす存在だと信じ込んでいて、手の施しようがありません。我々の方で取り締まりを行ってはいるのですが、撲滅できていないのが現状です。申し訳ないのですが、今後も警戒された方がよいかと思います」

「分かったわ。話は以上かしら?」

「はい。ここまでお付き合いいただきありがとうございます」

「こちらこそ、わざわざここに来て話をしてくれて助かったわ」


 私がそう言うと、エフノールは笑顔で会釈をしてから部屋を出て行った。

 最初から最後まで、実に丁寧な立ち振る舞いの人であった。


 さて、私もいつまでもベッドの上にいるわけにはいかない。

 そう思って立ち上がろうとすると、脚に力が入らずふらついた。

 それで、傍に居たイストスが慌てて私の身体を抱きとめる。


「っ! まだ無理しちゃダメだよ」

「ちょっと油断しただけよ。大丈夫」


 私をベッドの上に戻そうとするイストスに抵抗して、私は今度こそ立ち上がった。


 ひとまず危機は去ったが、まだ人生はこれからだ。

 二度目の人生を妹たちのために使うと決めた私の、ちっぽけな戦いが始まった。

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