第四話 魔女の仕事

 孤児院で暮らすことになった翌日から、私は仕事を見つけて働き始めた。

 幸いだったのは、私の使える魔法が変化に関連する魔法だったことだ。


 魔法というのは便利なもので、私は大抵の物質を想像通りの形に変形させることができる。

 魔力消費も、魔女の基準からしてみれば大したことはない。

 これによって、私はすぐに加工屋として働き始めることができた。


 エフノールから貰った金貨五枚を元手に材料を仕入れて、それを様々な道具に変形させて売りさばく。

 それだけの単純な仕事だ。


 最初は、鉄や木材を日用品に加工する仕事から始め、徐々に高価な材料も取り扱うようにしていった。

 高価な材料というのは、具体的に言うと貴金属や宝石などだ。

 材料費が高くなるとリスクも高くなるが、その分売却が成功したときの利益は大きい。

 私の魔法で宝石を磨き上げて、それを白金製の指輪にはめてあげると、完成品は驚くほど高値で売れた。


 そんな風に、私が働き始めてから一か月が経過した頃。

 イストスに転機が訪れた。

 

「姉さん。ちょっと相談があるんだけど」

「ん? 何かしら」

「私もみんなのために働きたいんだ。でも、何をしたらいいか分からなくて……。私に向いてる仕事、何かあるかな」

「そうねぇ……」


 孤児院の居室で机に向かって仕事をしていた私は、イストスの話を聞いて作業の手を止める。

 前世の感覚でいえば十一歳というのは働くには若すぎるが、この世界では見習いとして働き始めてもおかしくない年齢だ。

 いずれは働くことになるのだろうし、彼女が働きたいと言うのであればそれを止めるつもりはなかった。


 魔女としては、やはり魔法を活かせる職業に就くのが無難だろう。

 イストスの強化魔法が活かせる職業となると……少々危険だがあの職業がいいかもしれない。

 姉妹の中で、私以外も誰かは戦えるようになった方が良いだろうし。


「冒険者か衛兵なんてどうかしら。肉体労働だから大変だろうけど、あなたの強化魔法は戦いの場で存分に活きると思うわ。もちろん、嫌なら別の仕事にした方が良いけれど」


 悩んだ末に、私はイストスにそう提案した。


 今更ながら説明しておくと、この世界にはファンタジーにありがちな魔物やダンジョンが存在している。

 そこで、魔物の駆除やダンジョンの制圧を主な仕事にしているのが、この世界における冒険者だ。

 不安定な職業だが、その頂点は憧れの対象でもある。


「ううん、別にこだわりはないし問題ないよ。どちらかといえば、堅苦しそうな衛兵よりも冒険者の方が好みだけど」

「そう、なら少し時間をちょうだい。準備をしないとね」


 イストスの返答を聞いた私は、そう言って革袋の中の硬貨の枚数を数え始めた。

 現役の冒険者に、指導を仰ぐ依頼を出すためだ。

 冒険者としては何の経験もないイストスを、いきなり危険な仕事に送り出すわけにはいかない。


「もしかして……冒険者になるのってお金が必要?」

「いいえ。でも、あなたが良い冒険者になるには師匠が必要だわ。現役の冒険者を雇って、あなたに指導をしてもらうつもりよ」

「いいの?」

「ダメなことなんてないわ。お金のことを心配してるなら、安心して大丈夫よ。私の仕事が軌道に乗って、収入も安定してきたから」


 少しだけ嘘をついた。

 実のところ、宝石などを使用するアクセサリー類はまだ取引先が定まっておらず、私の収入は不安定だ。

 けれど、妹たちにはお金のことを足枷に感じてほしくなかった。


 その後、私は冒険者ギルドに行って、予定通り師匠役を頼む依頼を出した。

 期間は一か月、週に三日だけイストスに指導をしてもらう契約だ。

 できる限り良い冒険者に来てもらいたかったから、現時点で出せる限界ギリギリの金を用意した。


 それで、依頼を出した私の前に現れたのは、五十代ほどに見える壮年の冒険者だった。

 ギルドの受付職員が言うには、彼は過去に随分と名をはせた冒険者だったらしい。

 現在は少し衰えたようだが、経験が重要な師匠役としては申し分ない。

 いくらか話をして、人格的にも実績的にも問題ないと判断した私は、彼に依頼を引き受けてもらうことにした。


「調子はどう?」

「流石にちょっとキツくなってきたかも。でも、まだ全然ついていける」


 指導が始まってから二週間後のこと、調子を尋ねた私に対してイストスはそう答えた。

 あの壮年の冒険者はかなり厳しい訓練を課しているようで、指導から帰ってきた彼女はいつも疲労困憊だ。

 

 これでいいのか少し心配だったが、ここで実力をつけておかなければ取り返しのつかないことになる。

 だから、擦り傷だらけで孤児院に帰ってくるイストスのことを、私は黙って見守った。

 全てはイストスの将来のためだ。

 

 そうして一か月の時が過ぎ、無事に指導を受け終えたイストスは、少女らしからぬ雰囲気を纏った一人前の冒険者になっていた。


 それからは、仕事をするのが私とイストスの二人になったので、お金のやり繰りが随分と楽になった。

 彼女は本当に優秀で、並みの冒険者よりも多くの依頼を余裕でこなしている。

 魔女の力あってこそだろうが、十一歳とは思えない奮闘ぶりだ。


 それから二年間、私とイストスは必至に働いてお金を貯めて、ポリス商業都市のとある一軒家を買った。

 豪邸とまでは言えないが、私たち四姉妹が大人になっても住み続けられるほど広い家だ。


 こうして、孤児院暮らしが終わって生活が安定してからさらに八年の時が過ぎ……紆余曲折ありながらも、私たちは少女から大人になった。

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