第五話 大人になった妹、大人だった私
当然のことながら、八年が経過するまでの間にも色々なことがあった。
デメテルとへカーティが仕事を始めたり、イストスがいつの間にかとんでもない強さになっていたり、私の仕事にちょっとしたトラブルがあったりと、全て話すとキリがない。
長い時を経て、次女のイストスは朱色の髪をサイドテールにまとめた、中性的な顔立ちの女性になった。
身長は180センチ近くにまで成長していて、姉である私よりもずっと背が高い。
それでいて、冒険者として鍛え抜かれた身体をしているから、凄いハイスペック美人さんである。
三女のデメテルは、緑色の髪をミディアムヘアにした、可愛らしい顔立ちの女性になった。
身長は160センチ程度で、私よりちょっと低いぐらいだ。
六年前から魔法で成長させた希少な植物を販売する仕事を始めていて、私と一緒に商売を頑張っている。
四女のへカーティは、ウェーブのかかった白い長髪を持った、穏やかな顔立ちの女性になった。
まだ十六歳で成長中だからか、身長は150センチ程度とちょっと低めだ。
彼女が使えるのは召喚に関連する魔法で、魔物などを召喚して使役することができる。
この魔法を活かして、魔物に荷物を運ばせる配達業を始めたのだが……訳あってその配達の規模は控えめだ。
その理由は、また後で説明しようと思う。
かく言う私も、なんやかんやで成長した。
癖のない茶色の長髪を肩まで伸ばした私は、鏡で見るとどちらかといえば美人に見える。
もちろん、妹たちの美しさには遠く及ばないが。
この八年間で、本当に色々なことが変わった。
ただ、変わらないことも一つある。
それは、私たち四姉妹の生活だ。
これだけの時間が経ったのにも関わらず、私たちは変わらず四人で同じ家に住み続けている。
数日前に「一人暮らしをしたかったら出て行っても大丈夫なのよ?」と言ったのだが、それを聞いた妹たちは全員が渋い顔をしていた。
どうやら、皆この家での暮らしを気に入っているらしい。
十年前の惨劇など無かったかのように、私たちは平穏に暮らしていた。
「デメテル、起きなさい。もう朝よ」
「う~ん。お姉ちゃんが起こして~」
「もう大人なのに何言ってるのよ」
とある朝のこと。
そう言いつつも、私はデメテルの手を引っ張ってベッドから起こしてやる。
つい妹を甘やかしてしまう癖が、すっかり染みついていた。
「朝食はできているから、準備ができたらダイニングに来なさい」
「はーい。ありがとうお姉ちゃん!」
立ち上がって身支度をし始めるデメテルの姿を確認してから、私は彼女の部屋を出た。
その後、ダイニングに戻った私は作っておいた朝食を四人掛けのテーブルに並べていく。
今日の献立は、ライ麦パン、焼き魚、野菜のスープ、ヨーグルトだ。
基本的に、家の食事は私が作っている。
前世の経験もあって、料理は私が一番上手だからだ。
その分、妹たちには掃除などの家事をしてもらっている。
そうして待っていると、私以外の三人も続々とダイニングに集まってきた。
全員が揃ったところで、私たちは朝食を食べ始める。
朝食だけは、できる限り姉妹全員で食べるようにするのが、私たちのささやかな約束事だった。
「イストス、昨日の怪我はもう大丈夫なの?」
「うん。いつも通り自然治癒力を強化して治したから大丈夫だよ」
「そう、よかったわ」
「イストスお姉ちゃんって、時々どこまで心配すればいいのか分からなくなるよね。血まみれで帰ってきたと思ったら、全部魔物の返り血だったりするし」
「うっ、心配させてごめんて。次はもうちょっと楽な依頼にしておくよ」
食卓を囲んで、私たちはそんな風に他愛のない会話をする。
この時間はいつも穏やかで、私は美味しそうにご飯を食べる妹たちを眺めるのが好きだった。
「へカーティの仕事は順調? 周りの人の反応は大丈夫そうかしら」
「はい。注目はされますが、妖精やペガサスに対して嫌な顔をする人はいません」
「それなら、ひとまずは安心ね。このまま反発がなければいいのだけれど」
へカーティが魔物を使役するにあたって、私は一つ心配していることがあった。
それは、彼女が魔物の仲間だと誤解されてしまうことだ。
基本的に、魔物というのは人間に敵対している生き物だ。
ゆえに、魔物を使役している様子を人に見られると、使役者も人間の敵だと誤解されてしまう恐れがある。
ただでさえ魔女は差別を受けやすいのだから、このようなリスクには最大限注意を払わなければならなかった。
しかし、だからといってへカーティに魔法の使用を禁止させるわけにはいかない。
それで、私は彼女と一つ約束事を決めた。
周囲に人の目がある場所では、妖精などの人間と敵対していない魔物だけを使役するという約束だ。
元々人間と敵対していない魔物であれば、周囲の人々の反発も少ないだろうと予想してのことだった。
そんなわけで、現在へカーティは妖精とペガサスを使役して、荷物をポリス商業都市の各地に配達する仕事をしている。
ペガサスは鳥の翼が生えた真っ白な馬のような魔物で、妖精は虫の翅が生えた華奢な少年少女のような小さい魔物だ。
運んでいる主な荷物は、私が懇意にしているデフェロス商会の商品だ。
商会の大倉庫から各店舗までの配達業務を、へカーティが魔物たちにやらせている。
都市の大通り沿いまではペガサスが荷物を運んで、その後は妖精たちが集団で各店舗に商品を運び込んでいるらしい。
今のところ、都市の人々の反応を確認するために配達の規模を控えめにしているのだが、このまま大丈夫そうなら規模を広げる許可を出すことにしよう。
荷物を運ぶ魔物たちが、異物として人々に拒否されないことを願うばかりだ。
「ごちそうさまでした。それじゃあ、私はいつも通り自分の部屋に戻って作業してるわね」
「はい、ウールギア姉さん」
朝食を食べ終えた私は、自分の食器を片付けてリビングを後にする。
恐らくは妹たちも、朝食を食べ終えたところでそれぞれの仕事を始めるのだろう。
この平穏な日々が、永遠に続くことを願っていた。
けれど、結局その願いが叶うことはなく、私の前には不条理な現実が立ちはだかることになった。
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※次回から妹たちの回想パートを挟みます
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