回想② 三女デメテルの敬憧

 子供の頃、あたしはウールギアお姉ちゃんのことを完璧な人だと思っていた。

 普通の人とは比べられないほど、遠い場所に立っている人だと思っていた。

 何事もそつなくこなして、あたしたちのことを守ってくれたお姉ちゃんに、あたしはひっそりと憧れていた。


 十二歳になった時のこと。

 ウールギアお姉ちゃんとイストスお姉ちゃんがこの頃から働いているのを見てきたので、あたしは十二歳になったところで働きたいと言い出した。

 すると、ウールギアお姉ちゃんはこう言った。


「本当に働きたいのなら、別に問題ないわ。それで、何か希望の仕事はあるかしら?」

「ん~。やっぱり、植物を扱う仕事がしたいな。あたしの使える魔法も植物関連だし。となると、やっぱり魔法で生み出した植物を売るのが無難かな?」

「まぁ、そうでしょうね。それなら、今度私と一緒にデフェロス商会に行ってみましょうか」

「デフェロス商会?」

「ええ。私がよく取引をしている商会よ。それでいくらか伝手があるから、相談をしに行ってみましょう。どんな植物が売れるのか教えてくれると思うわ」


 そういう経緯で、あたしはお姉ちゃんと一緒にデフェロス商会の本部に行くことになった。

 お姉ちゃんと一緒に外へ行くのは久しぶりで、この時はワクワクしていたと思う。


「デフェロス商会は、ポリス商業都市で二番目に規模の大きい商会よ。様々な商品を扱っていて、私が作った日用品だとかアクセサリーだとかを、代わりにお客さんに販売してくれているわ」

「一番目に大きい商会はダメだったの?」

「そうね。都市で一番大きい商会のプロータ商会は、会長が魔女嫌いみたいなの。だから、あまりいい取引はできないと思うわ」


 そんな話をしながら、あたしとお姉ちゃんは都市を歩く。

 それから少しして、あたしたちはデフェロス商会の本部にたどり着いた。

 石レンガで出来た壁に、赤茶色の瓦屋根がついている大きめの屋敷だ。


 その扉をお姉ちゃんがコンコンと叩くと、扉が開いて使用人らしき人があたしたちを迎え入れてくれた。


「ああ、ウールギアさんですか。商品の受け渡しではないようですが、本日はどのようなご用件で?」

「私の妹が仕事を始めるから、その相談に来たの。商品管理をしている人に相談したいのだけれど、今空いている人はいるかしら?」

「分かりました。少々お待ちください、確認してきます」


 そう言って、使用人らしき人は屋敷の奥の方へと歩いていく。

 そしてすぐに、一人の男性を連れて帰ってきた。

 燕尾服を着た白髪の老人で、年の割にはかなり元気そうだ。


「初めまして。デフェロス商会の商品管理を担当しているシナラギと申します。ご相談とのことでしたが、間違いありませんか?」

「ええ」

「では、応接室の方に案内させていただきます。そちらで話をしましょう」


 シナラギさんに案内されて、あたしたちは応接室に通された。

 長方形のテーブルを間に挟み、シナラギさんとあたしたちは向かい合わせになって長椅子に座る。

 

 デフェロス商会の中に入ってからというもの、なんだか周りが堅苦しい雰囲気に包まれていて、あたしは緊張しっぱなしだった。

 お姉ちゃんとは違って、あたしは丁寧な立ち振る舞いが苦手なので、失礼なことしてしまわないか不安でしょうがない。

 そうしていると、見かねたシナラギさんがあたしに声をかけてくれた。


「そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ、お嬢さん。貴族を相手にするならともかく、私のような商売人は細かい作法など気にしません。相手が子供であればなおさらです」

「そうなの?」

「ええ、そうですとも」

「もちろん、相手にもよるけれどね。そう言ってもらえると助かるわ」


 シナラギさんの言葉を聞いて、あたしはようやく肩の力を抜けた。

 正直なところ、相談どころではなかったので本当に助かった。


「それでは本題に移りましょう。妹さんの仕事の相談をしたいとのことでしたが」

「その通りよ。デメテルは植物に関連する魔法が使えるから、植物を売る仕事を始めようと思っているの。それで、高価な植物だとか仕入れてほしい植物だとかがあれば聞いておきたくて」

「なるほど、そういうことでしたか。であれば、今はマギカウィードがおすすめですね。食べると魔力を回復させる効果がある水草で、貴重な割に需要が多く高価です」

「種の値段はどうかしら?」

「マギカウィードの種ですか……少し待っていて下さい。資料を取ってきます」


 シナラギさんはそう言うなり、すぐに立ち上がって応接室から出ていく。

 そして間もなく、数枚の羊皮紙の資料を抱えて戻ってきた。


「やはり種の値段も高いですね。種の値段は安い方が好ましいですか?」

「そうね。種無しで植物を生み出すのは、魔力消費が多くなりすぎるからできるだけ避けたいの。安く種を手に入れられた方がいいわ。そうよね、デメテル?」

「う、うん」

「それでは、クロノプラントなどはどうでしょう。生育に時間がかかるタイプの植物で――」


 といった感じで、お姉ちゃんとシナラギさんは難しい話をしていた。

 当時の私は需要と供給だとか、価格推移だとか価格破壊だとか、そういう小難しい単語の意味をあまり知らなかったので、自分からは何も喋れなかったのを覚えている。

 

 しばらくして話を終えたお姉ちゃんは、シナラギさんから売り物になる植物のサンプルをいくつか受け取って、あたしと一緒にデフェロス商会を出た。

 

「……あたしも、お姉ちゃんみたいに働けるようになるのかなぁ。ちょっと自信なくなっちゃったかも」

「ゆっくり学んでいけばいいのよ。商会との交渉にはしばらく私が付き添うから、すぐにできるようになる必要なんてないわ」

「でも、お姉ちゃんはすぐにできるようになったんじゃないの?」

「まさか、私だって働き始めた時は失敗の連続だったわよ。魔法で簡単に作れるからって、安く物を売りすぎたりして損したことがいっぱいあるわ」


 帰り道を歩きながら、お姉ちゃんはそう言って自虐気味に笑った。

 以上が、あたしが働き始めるまでの簡単なあらすじだ。

 

 この時から六年が経って、今ではあたしも一人で働けるようになった、と言っていいと思う。

 大事なことは今でもお姉ちゃんに相談するようにしているけど、大体のことは一人でできるようになった。

 

 ……大人になるまでの長い間、ウールギアお姉ちゃんと一緒に過ごしてきて、一つ気づいたことがある。

 それは、お姉ちゃんが何か隠し事をしているということだ。

 その秘密が何なのかはまだよく分かっていないけれど、手がかりはいくつか見つけている。

 

 あたしが家で薄着でいると、気恥ずかしそうに目を逸らすことがあること。

 まるで男性のように、あたしたちの胸や脚に目を奪われることがあること。

 子供の頃から、大人のような成熟した立ち振る舞いをしていたこと。

 時折、どこで知り得たのか不明な情報を話すことがあること。


 今分かっているのはこれぐらいだ。

 大した証拠はないから、直接聞き出す気にはなれないけれど、いつか秘密を話してくれたら嬉しいなと思う。

 例えそれがどんな秘密であっても、受け容れる覚悟が私にはあった。

  

 かつて憧れたあなたのことを、今では世界で一番に愛してるから。

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