回想③ 四女へカーティの敬信

 私たち四姉妹の中心には、いつもウールギア姉さんがいました。

 イストス姉さんも、デメテル姉さんも、そして私自身も、ウールギア姉さんに山ほど助けられました。

 だから、私は一番上の姉であるあの人のことを、何よりも信頼していました。


 姉さんたちとは違って、私が外で働き始めたのは十六歳のときです。

 少々お恥ずかしい話なのですが、私は特に外で働きたいと思ったことがなく、十六歳になるまではただ平穏な日々を享受していました。

 とはいえ、何もしていなかったわけではありません。


 ゴブリンを召喚して、ウールギア姉さんが加工した商品や、デメテル姉さんが生み出した植物の在庫管理をさせたり。

 妖精を召喚して、イストス姉さんがダンジョンから持ち帰ってきた戦利品の片づけをさせたりと。

 要は、家の雑用を召喚した魔物たちにやらせていました。

 私としては、姉さんたちと一緒に過ごしているだけで幸せだったので、そんな日々に不満を感じたことはありませんでした。


 先ほども話したように、変化が訪れたのは十六歳のときです。

 ウールギア姉さんが「そろそろ、へカーティも外で働き始めた方がいいわよね。社交性を身につけるためにも、独り立ちできるようになるためにも」と言い出したのがきっかけでした。

 もちろん、私は独り立ちする気なんてさらさらなかったのですが。

 

「それで、へカーティは何かやりたい仕事はあるの?」

「いえ、特に希望はありません。魔物にやらせられる仕事なら、何でもいいと考えています」

「となると、やっぱり妖精かペガサスにやらせられる仕事がいいわよね」

「はい、できることなら」


 姉さんとの約束が無ければ、ゴブリンやオークなどを使役して色々な力仕事を任せられるのですが、人間に友好的な魔物しか使役できないとなるとそうはいきません。

 私が使役できる魔物で、友好的なものといえば妖精とペガサスしかいませんでした。


 私の返答を聞いた姉さんは、少し悩んだ後に再び口を開きます。


「そうねぇ……配送業なんてどうかしら。馬だからペガサスは荷物を運ぶのには向いているでしょうし、妖精は非力だけれど小回りが利いて、集団であればそこそこ重い物も運べるでしょう?」

「それはそうですけど、荷物運びの依頼なんてどうやって取ってくるんですか?」

「まぁ、そこが問題よね。でも当てはあるわ。明日、デフェロス商会に相談に行ってみましょうか」

 

 そんなわけで、家でこの話をした翌日に、私は姉さんと一緒にデフェロス商会の本部へ行くことになりました。

 なんでも、姉さんはこの商会とよく取引をしているらしく、配達の仕事を任せてもらえるかもしれないとの事です。

 

 デフェロス商会の本部に着いた後、姉さんが少し話をすると、私たちはすぐに応接室へ通されることになりました。

 応接室で座って待っていた白髪の老人に促され、私たちは彼の向かいにある長椅子に座ります。


「お久しぶりです、シナラギさん」

「こちらこそ。お久しぶりです、ウールギアさん。そちらの方は妹さんですか?」

「はい、四女のへカーティと申します」


 シナラギさんに尋ねられて、私は自分でそう答えました。

 彼は外見から想像していたよりも優しい人で、話しやすかったのを覚えています。


「自己紹介ありがとうございます。それで、本日はどのようなご用件でこちらに?」

「新しいサービスの相談をしに来たの。確かデフェロス商会では、定期的に大倉庫から各店舗に商品を運び出しているわよね?」

「ええ、その通りです。狭い店舗では大量の在庫を抱えられませんからね。それがどうかしましたか?」

「そこで提案なのだけれど、その商品の配達業務をへカーティの魔物に任せてもらえないかしら。彼女は魔法で、魔物を召喚して使役することができるの」

「ううむ、魔物ですか……」


 姉さんの言葉に対して、シナラギさんは露骨に渋い顔をしました。

 やはり、魔物というのは普通の人間にとっては敵で、受け入れがたい存在のようです。

 そこで、姉さんはすぐに次の言葉を発しました。


「安心して。この配達業務で、人間に敵対している魔物を使役する予定はないわ。妖精とペガサスだけを使役して、業務を行うつもりよ」

「妖精とペガサス。なるほど、人間と敵対していない魔物ですか。そういうことなら、いい返事ができるかもしれません。試しに妖精を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。少しお待ちください」


 そう返事をしてから、私は魔法を発動させる準備をします。

 そして間もなく、目の前の空間に妖精を一匹召喚させました。


「これが妖精ですか……珍しい魔物のはずですが、こうもあっさり見られるとは。この見た目なら、市民にも受け容れられるでしょう。ですが、配達業務の委託は私の一存では決められません。一度持ち帰って他の者とも相談しますので、次の機会にまた話し合いをしましょう」

「ええ、分かったわ」


 その後、姉さんとシナラギさんはいくらか商売の話をした後に、席を立って握手をしてから応接室を出ていこうとします。

 私もそれに続いて、応接室を出ていきました。

 ひとまず、この日の話し合いはこれで終わりです。


 この後、私たちとデフェロス商会の間で何度か話し合いを行った結果、私は無事に配達業者として働けることになりました。

 都市の人々の反応が心配ではありますが、今のところは順調に働けています。

 とはいえ、私にとって最優先の仕事は相変わらず、姉さんたちの手伝いですが。


 ……ウールギア姉さんは、いつだって私たち妹のために行動してくれます。

 しかし、姉さん自身の望みは何なのでしょうか。

 ふと思い返してみると、姉さんが自身のために何かを望んだことが一度もないことに気がつきます。

 姉さんの望みといえば、私たちのための望みばかりです。


 ウールギア姉さん。

 あなたは何故、そこまで私たちに尽くしてくれるのですか?

 どうして、私に「独り立ちできるように」だなんて言い出したんですか?

 それじゃあ、いつか姉さんがいなくなるみたいじゃないですか。


 例えどんなことがあったとしても、私は助けられた恩を忘れません。

 姉さんの望みを聞き出して、この恩返しはいつか絶対にさせてもらいます。

 この世で唯一、あなただけを愛していますから。

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