第十四話 凶石

 デフェロス商会という穀物の販路を失った私は、翌日から新たな販路を探し始めた。

 しかし残念なことに、この販路開拓が中々上手くいかない。

 魔女の信用が失われたからというのもあるが、それ以外にも上手くいかない原因が二つあった。


 一つ目の原因は、商会に所属していない商店の少なさだ。

 昨日の教訓を生かして、私は商会に所属していない個人経営の商店に穀物の販売を任せようと考えていたのだが、個人経営の商店の数は決して多くない。

 そのため、交渉する相手がかなり限られるという問題が発生してしまった。


 二つ目の原因は、私と商人の価値観の違いだ。

 言葉を選ばずに言うと、商人というのは基本的に金儲けが最優先である。

 そのため、私の"穀物の価格は吊り上げないで欲しい"という主張が受け入れられないことが多いのだ。

 タダ同然の低価格で穀物を売り渡すと言っているのだから、大人しく平常時の価格で穀物を売って欲しい。


 ということで、かなり苦戦はしたものの、私は一週間で七店舗と穀物の販売契約を取りつけた。

 現実的なことを考えると、もうこれ以上は厳しいだろう。

 私の倉庫に残された穀物の量も、今やそこまで多くない。


 ……あまりやりたくなかったのだが、こうなっては仕方ない。

 私の手伝いを、妹たちに頼むしかなさそうだ。


 魔女差別はだんだんエスカレートしてきていて、今は都市を歩いているだけでも「この恥知らずの犯罪者め」だとか「邪悪な魔女は王国から出ていけ」だとか、すれ違いざまに罵倒されることが少なくない。

 このままでは、魔女が堂々と生きていけない世界になってしまう。

 もう手遅れかもしれないが……それでも、後悔する前に少しでも多くの手を打たなければ。


 そう考えた私は、商人との交渉をひと段落させた翌々日、朝食の時間に話を切り出すことにした。


「今日は一つ、大事な話があるわ。気分のいい話ではないけれど、ここ最近、魔女に対する差別が活発になっているのは知っているでしょう? その対策に、私は慈善事業をしているの」

「お姉ちゃんがこの前やってた穀物の販売とかのこと? 飢餓に苦しむ人がいなくなるように、ってやつ」

「その通りよ。それに関連して、みんなにいくつか手伝って欲しいことができたの。時間を取らせて悪いのだけれど、協力してもらえるかしら?」

「もちろん。姉さんの頼みを断る理由なんてないし」

「あたしも!」

「当然、私も協力します」


 妹たちにそう言われて、私は喜びを感じると共に自己嫌悪に苛まれる。

 私が頼み事をすれば、こうなるのが薄々分かっていたからだ。

 妹たちの好意を利用しているようで、少しだけ自分のことが嫌になった。

 

「ありがとう。今はとにかく食糧不足だから、頼みごとの内容は主に食糧集めになるわ。デメテルは魔法で小麦とじゃがいもを増やしてちょうだい。イストスとへカーティは、狩猟で肉を集めてもらえると助かるわ」

「了解です。お金を使って食糧を買い集めたりはしなくていいんですか?」

「ええ。今私たちが食糧を買い集めたら、また他の人たちに難癖をつけられるでしょうから」


 へカーティの質問に対して、私は端的にそう答えた。

 実際、今の状況で私たちが食糧を買い漁ったら、"魔女が俺たちの食糧を横取りしている!"なんてことを言われるのが容易に想像できる。

 あなたたち民衆に還元するつもりなのだと私が言っても、きっと聞く耳を持たないだろう。


「それから、もう一つ確認したいのだけれど、三日後に外せない予定がある人はいるかしら?」


 私がそう聞くと、妹たちは他の姉妹の様子を確認した後に首を横に振った。

 どうやら、予定がある人はいないらしい。


「それなら、三日後はそのまま予定を空けておいてちょうだい。その日に孤児院で炊き出しをするわ」

「炊き出しって?」

「食べ物がなくて困っている人たちに、無償で料理を提供する活動のことよ。それで大量の料理を準備するのに、どうしても人手がいるの。……付き合わせてごめんなさいね」

「そんなこと言わないで姉さん。姉さんはいつもみたいに、私たちのためになると思って、こういうことをしてるんでしょ?」

「……ええ。魔女と民衆で争うのではなく、魔女と民衆で助け合うことが、魔女差別を解決する最善の道だと私は信じているの。だから、こうやってみんなの不満を解消してやれば、きっといつか元の平穏な生活が帰ってくるわ」


 イストスの言葉に対して、私は自信ありげにそう答えたが、正直なところ私は自信を失っていた。


 前世において、人々は肌の色や文化が違うだけであんなに争い続けていたというのに、能力も寿命も違う魔女に対する差別を止めることだなんてできるのだろうか。

 妹たちのためには、もっと良い選択があったのではないだろうか。

 私がやったことは、果たして正しかったのだろうか――


 ++++++


 妹たちと話をしてから三日後、私は予定通り孤児院で炊き出しする準備をしていた。

 この孤児院は、幼少期に私たちが暮らしていたあの孤児院で、お世話になった礼として少なくない額の金を寄付してきたため、強い信頼関係がある。

 そのため、ここで炊き出しをする許可は難なく得ることができた。


 妹たちの手を借りながら、私は料理に必要な大鍋や大量の食材と、料理を配るのに必要な食器などを家から孤児院に運び出していく。

 それから、運搬作業が終わったら孤児院の庭にたき火を作り、その上に大鍋を設置した。

 今回これで私が作るのは、じゃがいものポトフだ。


 デメテルに増やしてもらったじゃがいもや、イストスとへカーティに狩ってきてもらった動物の肉を、私は次々に大鍋へ放り込む。

 さらには、水と野菜にコショウなどの香辛料も大鍋に加えれば、あとは具材が煮えるのを待つだけだ。

 そうして待っていると、次第にいい匂いが辺りに漂い始めてきて、それにつられた人が集まってくる。


 それから三十分ほど待って、じゃがいものポトフが完成したところで、まず私は孤児院の子供たちに料理を配り始めた。

 この日のために大量生産した木製の器に、私はポトフと一切れのパンを盛りつけて、妹たちはそれを子供たちに手渡していく。

 疑うことを知らない子供たちは、魔女の作った料理も躊躇いなく受け取り、それを美味しそうに食べてくれた。


 そうして、子供たちに料理を配り終えた私は、今度は孤児院の前に集まっていた大人たちに声をかけた。


「料理は残っていますから、皆さんにもまだ配れます。食べ物に困っている方は、遠慮なく食事を受け取りに来てください」

「本当にいいのか? 後から金を請求したりはしないだろうな?」

「もちろんです。慈善活動ですから」

「けっ、魔女が慈善活動だって? 胡散臭え。料理に毒でも仕込んでるんじゃねえか?」

「……私たちのことを疑っても構いません。ただ、私たちの助けを信じてくれるのなら、この孤児院の中に来てください。暖かい食事をお渡ししますから」


 そう言って、私が孤児院の中に戻ると、数人の痩せた大人たちが孤児院の中に入ってくる。

 それを確認した私は、妹たちと共に彼らへ暖かいポトフと一切れのパンを手渡した。


 すると、その光景を覗き見ていた大人たちも続々と孤児院の中に入ってくる。

 それに対応するため、私と妹たちは料理をよそっては配ってを全力で繰り返した。

 人の集まり具合も料理の評判も上々で、ポトフを食べた人は笑顔で私たちに感謝してくれる。


 炊き出し活動は、私の思惑通り順調に進んでいた。

 私たちの炊き出しの恩恵を受けて、魔女=悪者というわけではないと分かってくれた人も多いはずだ。

 

 ところが、もうすぐ料理が無くなろうかというところで、突如として事件が起きた。

 孤児院の庭に来た一人の壮年の男が、その手に角ばった石を握りしめて、私の隣にいたへカーティの方に走り始めたのだ。


「俺は、こんな茶番には騙されない……。死ね、悪魔の手先が!」


 そう叫びながら、目を血走らせた男はへカーティに向かって石を投擲する。

 突然の事態に、へカーティは固まってしまっていて、私の魔法の発動はとても間に合いそうになかった。

 なら、へカーティを助けるにはこうするしかない。


 私がへカーティの身体を突き飛ばすのと同時に、石がぶつかったのかゴンッという衝撃と鋭い痛みが頭に伝わる。

 そしてそのまま、私は意識を失った。

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