第十五話 倒壊
「ウールギア姉さん? 嘘ですよね、姉さん。目を覚まして、お願いです。姉さん、姉さん……」
「お前がお姉ちゃんをこんな風にしたの? ねぇ、どういうつもりなの? ねぇ!」
孤児院の中で料理を配っていた私が、異常事態に気づいて庭に出たときには、辺りはもう大騒ぎになっていた。
デメテルの方は、鬼の形相になりながら一人の男を巨大なつる植物で拘束していて。
へカーティの方は、半狂乱になって地面に倒れている姉さんを揺さぶっている。
かく言う私も、頭から血を流して倒れている姉さんを見たときは頭が真っ白になった。
顔から血の気が引いていくのを感じながら、私はすぐさま姉さんに駆け寄る。
「へカーティ、何があったの!?」
「……姉さんが私を庇って、頭に石をぶつけられたんです。それで、倒れてから目を覚まさなくて……姉さんがこのままだったら、私――」
「っ、まだ息はある。大丈夫、絶対に助けるから」
姉さんの呼吸を確認した私は、へカーティを安心させるように、或いは自分に言い聞かせるようにそう話しながら、自然治癒力強化の魔法を姉さんに使用する。
それから、私は自分の衣服の袖を破って布を作り、それを包帯として姉さんの頭に巻き付けた。
応急処置としてできることは、ひとまずこれぐらいだろう。
本当なら、今すぐにでも姉さんを安静にできる場所に運んで、医者を呼びに行きたかった。
しかし、今はそれよりも、すぐになんとかしなければ手遅れになる問題が発生していた。
「で、そいつが犯人?」
「うん。こいつがウールギアお姉ちゃんのことを傷つけたんだ……!」
「良いじゃねえか。このままあの魔女がくたばってくれりゃあ、ちょっとばかしまともな世の中にな――ぐあっ!」
拘束された男が喋っている途中、デメテルは魔法でつる植物を操作し、男の胴体を強く締め上げる。
これによって、男の身体からミシミシという嫌な音が鳴り始めた。
それを聞いた私は、デメテルの肩を掴んで彼女の行動を止める。
「デメテル、そこまでだよ」
「何で止めるの? 今まであたしたちは、どんなことを言われても反撃せずに耐えてきた! それどころか姉さんは、みんなにいつも通りの値段で小麦を提供して、今日は暖かい食事まで配った! それなのに、こんな仕打ちをする奴なんて、どうなったっていいでしょ!?」
「デメテル!」
これまで生きてきて初めて、私はデメテルのことを本気で怒鳴りつけた。
デメテルの行動は、姉さんの望みに対する裏切りだったからだ。
「私も、姉さんを傷つけたこいつのことが憎いよ。この世のありとあらゆる苦しみを味わわせてから殺してやりたいぐらいに。でも、姉さんが望んでたことはそうじゃないでしょ? 魔女と民衆で助け合うべきだって言ってたのを忘れたの!?」
「それは――」
「こいつのことは傷害罪で衛兵に突き出す。本当は殺してやりたいけど、そんなことをしたらまた魔女の評判が落ちるから、然るべき報いを受けさせて終わらせる。いいね?」
「……うん」
意気消沈した様子で、デメテルは男に対するつる植物の拘束を緩めた。
それで、幾分か余裕を取り戻した様子の男に、私は念のため釘を刺す。
「殺さないとは言ったけど、次に姉さんのことを侮辱したら、その指と四肢を順番に斬り落として、死んだ方がマシだったと思うような痛みを味わわせてやるから。そうなりたくなかったら、大人しく黙ってて」
威圧しながらそう言うと、例の男は顔を青くさせて黙って俯いた。
これで大人しくしてくれればいいのだが、この馬鹿な男に脅しがどれだけ効くのやら。
「デメテルはそのままこいつを捕まえておいて。私は姉さんをベッドに運んでから、医者と衛兵を呼んでくる」
デメテルにそう伝えてから、私は姉さんを背負って慎重に運び、孤児院の客室のベッドに寝かせる。
それから、私は惜しみなく身体強化の魔法を使って、全速力で診療所と衛兵の詰所を訪れ、医者と衛兵を孤児院に呼び寄せた。
炊き出しで多くの人が集まっていたこともあって、犯行に関する多くの証言を得た衛兵は、デメテルに拘束されていた男を迷いなく牢屋へと連れて行く。
ここで衛兵にも差別を受けていたら、流石に私もブチ切れていた。
衛兵の詰所に乗り込んで、何人かボコボコにするぐらいのことはやっていたかもしれない。
例の男が連行されていくのを見届けた私は、姉さんの様子を確認するために客室へ向かった。
客室の中に入ると、ベッドに寝かせられた姉さんに、白いローブを着た老齢の女医が手当をしている様子が目に映る。
デメテルとへカーティは既に客室の中にいて、姉さんが手当を受けている様子を遠巻きに見つめていた。
それから少しして、手当を終えた老齢の女医は、私たちに向かって話を始める。
「応急措置がよかったから、表面の傷はすぐに治ると思うよ。だけど、頭の中身がどれぐらい傷ついたかは分からないから、あまり期待はしない方がいいさね。残酷なことを言うようだけど、一週間経っても目覚めなかったら、一生そのままの可能性が高いと思いなさい。……また何かあったら、遠慮なく呼んでちょうだいね」
穏やかかつ悲しげな声でそう言って、老齢の女医は客室から出ていく。
その一方で、女医の言葉を聞いたへカーティは、悲痛な表情を浮かべて慟哭しながら、姉さんが寝ているベットに縋りついていた。
私とデメテルも、沈痛な表情を浮かべて呆然としていた。
「そんな……ウールギア姉さん、私のせいでっ」
「……お姉ちゃんは絶対に目覚めるよ。だって、これまでお姉ちゃんはあんなに頑張ったんだから、報われないといけないじゃん。これでお終いだなんて、あり得ないよ、ねぇ」
「……」
妹たちの悲痛な声を、私は黙って聞いていることしかできなかった。
もう、何かを喋る気力すら残っていなかった。
私たち三人を導いてきた道しるべは、いともたやすく倒れて消えてしまった。
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