第十六話 空洞
炊き出しどころではなくなった私たちが、しばらくしてから孤児院の庭に戻ると、僅かに残っていたポトフやパンは全て誰かに持ち去られていた。
残念なことではあるが、当然といえば当然のことだ。
この食糧不足で、飢えた人々に食べ物に関するモラルを期待する方が間違っている。
ともかく、場所を借りているのだから、散らかしたものは片付けなければならない。
私とデメテルは協力して、大鍋や散らかっていた食器を整理すると、それらを家に持ち帰った。
へカーティの方はかなり精神的に参っていて、寝ている姉さんから片時も離れようとしない。
姉さんに庇われたことを、ずっと引きずっているようだった。
あれがへカーティのせいではないのはどう考えても明らかだが、自責の念を抱かずにはいられなかったのだろう。
……結局、この日は家には帰らずに、姉妹全員で孤児院の客室に泊まることになった。
とはいえ、絶対安静の姉さんを刺激するわけにはいかないので、私たち三人は床に布団を敷いて川の字になって眠りにつく。
それから、翌日の朝を迎えても、姉さんが目覚めることはなかった。
私は悪夢にうなされて、何度も目を覚ました最悪な夜だった。
寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった私は、二人が起きているのを確認してから、デメテルとへカーティに声をかける。
「取り敢えず、今日は姉さんを家に連れて帰らないとだね。この客室を私たちが使い続けるわけにはいかないし。認めたくないけど……姉さんがいつ目覚めるか分からないから」
「……うん」
「分かりました、イストス姉さん」
私の言葉に対して、デメテルとへカーティは覇気のない声でそう返事をする。
二人も私と同様によく眠れなかったようで、その目にはクマができていた。
とても万全の状態とは言えないが、それはそれとしてやるべきことはやらなければ。
というわけで、私は布団を片付けて身支度をしてから、昏睡状態の姉さんを背負って我が家へ向けて歩き始めた。
デメテルとへカーティも、私の周りを一緒に歩いている。
私たち三人は、姉さんを守るために周囲を警戒しながら歩いていたため、いつもとは比べ物にならないほどピリピリしていた。
あの男にしてやられたように、また姉さんを傷つけられるわけにはいかないと考えていたのだ。
現在のポリス商業都市は、頭のおかしい魔女差別主義者がどこから飛び出してきてもおかしくない。
ただ、幸いなことに今回は、誰にも邪魔されることなく姉さんを家に連れて帰ることができた。
家に帰った私は、へカーティと一緒に姉さんの部屋に入って、部屋のベッドに姉さんを寝かせる。
頭に包帯を巻かれた姿は痛々しいが、眠っている姉さんは相変わらず美しかった。
その明るい茶髪も、凛々しい顔も、華奢な身体も、何もかもが端麗で愛おしい。
でも、そんな姉さんが目覚めることはもうないかもしれない。
あの女医に言われた言葉が、私の頭の中を反響していた。
一週間経っても姉さんが目覚めなかったら、私たちはどうなるのだろう。
気を抜くと、ずっとそのことばかり考えている。
もしそうなったら、私は姉さんを目覚めさせる方法をどんな手段を使ってでも探し出すつもりだが、妹たちはどうなるか分からない。
デメテルは民衆への怒りを爆発させて、人を殺してしまわないだろうか。
へカーティは自責の念に潰されて、心を壊してしまわないだろうか。
心配でたまらないが、これを解決するには姉さんに目覚めてもらうしかない。
「私は朝食を作ってくるから、へカーティは姉さんのことをお願いね」
「はい、任せてください。ちゃんと介抱しますから」
へカーティがそう返事をするのを聞いてから、私は姉さんの部屋を出た。
さて、これから私は、姉さんの代わりに朝食を作らなければならない。
デメテルは料理の経験がないし、へカーティは相変わらず姉さんから離れられそうにないからだ。
その点、私は冒険者の仕事で野宿をしたときに料理をしていた経験があるので、最低限食べられるものは作ることができる。
それで、私は家に残っていた食材を使って料理をしたわけだが……結果はイマイチだった。
焼き魚も野菜スープも、姉さんが作ったときに比べて旨味がない。
それどころか、少しえぐみが残っているような気がする。
私は料理が得意というわけではないので、味に関してはどうしようもなかった。
何はともあれ料理を終わらせた私は、デメテルと一緒にイマイチな朝食を黙々と食べてから、姉さんの部屋にへカーティの分の朝食を持って行く。
そして、諸々の支度を終えてから、私は冒険者として働くために家を出た。
今の私にできることは、いつも通りに働いて金を稼ぎ、姉妹の生活を支えることだった。
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