第十七話 念晴

 姉さんが倒れてから三日後の朝のこと。

 私は、未だに目覚めない姉さんのことを考えて暗鬱とした気持ちになりながらも、いつも通り支度をして仕事に出かけようとする。

 ところがその直前、玄関のドアをコンコンと叩く音が聞こえてきた。


 それで、私が何者だろうかと警戒しながらドアを開けてみると、黒いフードを被った長身の女が目の前に現れた。


「突然の訪問で申し訳ない。ここがウールギアの家だと聞いたんだが、間違っていないだろうか?」

「……色々言いたいことはあるけど、どういうつもりでここに来た。雷鳴の魔女ブロンティ」

「おや、私のことをご存じだったか」


 そう言って、目の前の女はフードを外し、その素顔をあらわにする。

 彼女に関しては、冒険者ギルドでよく話を聞いていた。

 黒いフードにくすんだ金髪という姿は、噂話とまったく相違ない。

 

「今日はね、ウールギアの見舞いに来たんだ。それから、君たちの勧誘もしようと思ってね」

「見舞い? 勧誘? よくもそんな事が言えるね。お前の活動のせいで、世間の魔女の評判は地に落ちた。お前さえいなければ、姉さんだってこんな目に遭わずに済んだのに……!」

「いや、君は一つ勘違いをしている。私が起こした事件のせいで時期が早まったのは事実だが、私が何もせずともいずれこのような事件は起きていた。民衆というのは、不平不満を魔女のような異分子にぶつけたがる性質を持っているからね。つまり、真に憎むべきなのは私ではなく民衆だ」


 図々しくも、ブロンティは私に向かってそう話す。

 その自信に満ち溢れた語り口には、カリスマを感じさせる不思議なオーラがあった。

 流石は、反乱組織の指導者といったところだろうか。


「君の姉に心無い言葉をぶつけたのは誰だ? 君の姉に石を投げたのは誰だ? 全ては、愚かな民衆の仕業だったはずだ。……もう知っているかもしれないが、私は反乱を起こして魔女を貴族に成り上がらせるつもりだ。この計画が実現すれば、魔女が王国の政治を動かせるようになる。法によって、民衆の魔女差別を罰することも可能になるんだ。それでも私の仲間にはならないか、イストス」

「確かに、姉さんを傷つけた連中のことは憎いよ。だけど、私はそれと同じぐらいお前のことが憎い、ブロンティ! どれだけ理屈を並べ立てようと、お前の行動があの惨状を作り出したことには変わりないから」

「交渉決裂ということかな」

「いや、それだけでは終わらせない」


 私は腰に差していた片手剣を抜き、ブロンティに向かって斬りかかった。

 すると、彼女はバックステップで攻撃を躱しながら、家の外へと飛び出す。

 それに続いて、私も家の前の通りに飛び出した。

 

「お前にはここで死んでもらう。魔女の犯罪者が死んだところで、咎める民衆はどこにもいない」

「……まさかこうなるとはね。魔女同士で争うつもりはないんだが」


 そう話しながらも、ブロンティは両手に鉄製のガントレットを装備し、その身に雷を纏わせる。

 対する私も、自身にいくつかの強化魔法を施してから、再びブロンティに斬りかかった。

 私が右手に持った剣を左斜め下に振り下ろすと、ブロンティはその剣撃をガントレットで弾く。


 それから、私の片手剣とブロンティのガントレットがぶつかり合い、火花を散らす近接戦が本格的に始まった。


「今日の様子を見るに、姉さんのことも勧誘して拒否されただろ。姉さんが眠っている今がチャンスだとでも思った?」

「はっ、君は姉に従うしか能がないのか? まるでウールギアの飼い犬だな」

「そっちも昔は王国の犬として戦ってた癖に、よく言うよ」

「私は、好きで王国に従っていたわけではない……!」


 そんな風に煽り合いながらやり合って、一つ分かったことがある。

 それは、パワー面では私の方が上で、スピード面ではブロンティの方が上だということだ。

 純粋な実力は、おおむね五分といっていい。


 私の剣撃がブロンティに受け流される一方で、ブロンティの拳撃は私にちょくちょくカス当たりするが、その程度の攻撃は身体強化を施した私には無意味だ。

 互いに有効打を与えられないまま、時間と体力だけが消費されていく。

 そんな中、先に動いたのはブロンティの方だった。


「生憎私は忙しいのでね。ここらで終いにさせてもらう」


 そう話しながら、ブロンティは一気に低姿勢になり私の懐に入り込もうとする。

 それに対して、私が左手の拳でブロンティを迎撃しようとすると、彼女は右手の拳を私に向ける。

 そして、お互いの拳がぶつかった次の瞬間、ブロンティの拳から雷がほとばしった。


 だが、その雷撃は私には通用しない。

 隙を見せたブロンティの右手のガントレットを、私が左手で掴んでやると、彼女はあからさまに動揺した。


「何だと? 確実に雷撃は命中したはず……まさか、強化魔法で雷耐性を強化していたのか!」

「正解。だけど、気づくのが遅かったね」


 幼少期の私は、身体強化で筋力、聴力、視力しか強化できなかったが、今の私は違う。

 自然治癒力や火、雷、水などの各属性に対する耐性すらも強化することができる。

 ブロンティが雷を扱うことは知っていたので、私は事前に雷耐性強化の魔法も使用していた。


「姉さんの仇だ。ここでくたばれ、ブロンティ!」

「クソッ。まだ死ぬわけには――」


 私は左手でブロンティのガントレットを掴んだまま、右手に握った剣で彼女のことを切り裂こうとする。

 ところが、あと少しでブロンティの身体に剣が届くというところで、彼女のガントレットが手から外れてしまった。

 自由を取り戻したブロンティは、一瞬で私から離れてしまう。


「はぁ、はぁ……都市最強の実力は伊達ではないようだ。私が甘かった。次に会うときは、敵としてではないことを祈るとしよう」


 そう言い残して、ブロンティはガントレットを残したまま一瞬でこの場から去ってしまった。

 一方で、彼女のことを仕留め損なった私は、落胆しながら空を見上げる。


 私の心模様とは反対に、今日の空は快晴だった。

 ブロンティのことを仕留められたら、私の心も少しはこの空のように晴れただろうか。

 そんなことを少しだけ考えて、姉さんが目覚めない限りは無意味だとすぐに気がついた。

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