第七話 全ての魔女のために
エフノールが我が家を訪ねてきた翌日。
私はいつものように、デフェロス商会へと製作した商品を売却しに行った。
するとその帰り道、見知らぬ人物が背後から私に声をかけてきた。
「そこのあんた、もしかするとウールギアって名前じゃないかい?」
「……そうだけれど、何か用かしら」
「ああ、ちょうどあんたに用があるんだ」
そう言われて振り返ってみると、黒いフードを被った長身の人物が目に映った。
フードに隠れて顔はよく見えないが、声と身体つきから推測するに恐らくは女性だろう。
面倒ごとでなければいいのだが、一体どんな用で話しかけてきたのやら。
「私は、この理不尽にまみれた世界を好まない老魔女でね。世界を魔女にとってより良いものに変えるための仲間を探しているんだ。……私の話を聞いていかないかい? 魔女の妹たちがいる君にとっても、魅力的な提案ができるはずだ」
「どこで私たちのことを知ったの?」
「君たち四姉妹はこの都市では有名人だからね。どこで名前を知ったかなんて、もう忘れてしまったよ」
確かに、ポリス商業都市において私たちはかなりの有名人だ。
魔女というだけでも珍しいこの世界で、魔女の四姉妹という存在は嫌でも目立つ。
おまけに、次女のイストスがこの都市において最強の冒険者になったから、私たちの知名度はかなり上がっていた。
「……ひとまず、話を聞くだけなら構わないわ」
「決まりだね。立ち話もなんだから、そこらの店に入って話をしよう」
こうして、私はこの怪しい人物の提案を承諾し、近くの酒場に入って話をすることになった。
話を聞くことにした理由は二つあって、彼女の語る"魔女にとってより良い世界"に興味があったからというのが一つ。
他の魔女についての情報を集めたかったというのがもう一つだ。
向かい合わせで酒場のテーブル席についた私たちは、それぞれ飲み物を注文してから会話を始めた。
「取り敢えず、そのフードを取ってもらえるかしら。顔が見えないと話がしづらいわ」
「おっと、これは失礼した。フードを被るのは癖のようなものでね、必要がないときでもつい被っていてしまうんだ」
そう言いながらも、彼女はフードを外して素顔を見せる。
そうして現れたのは、どこかやさぐれた雰囲気を纏っていて、頬に切り傷の跡があるくすんだ金髪の女だった。
魔女は不老なので年齢は分からないが、自身のことを老魔女と言うだけあって、確かにたたずまいが老成している。
「初めに自己紹介をしておくと、私の名はブロンティという。雷鳴の魔女という二つ名に聞き覚えは?」
「ないわ」
「そうか。まぁ、この二つ名で呼ばれていたのは随分と昔のことだから無理もない。本題に戻って計画を話そう。私はこのヴァシリオ王国で、魔女に政治的な発言権を持たせようとしている。より具体的に言えば、力のある魔女を貴族に成り上がらせ、王国議会で魔女のための政治をしてもらうつもりだ」
魔女による魔女のための政治。
なるほど、魔女の私にとっては甘美で魅力的な言葉だ。
しかし、そんな言葉に安易に飛びつくほど私は単純ではない。
もっと話を聞く必要があるだろう。
「それで、貴族になるために何をやるつもりなの?」
「力を誇示する。魔物を狩り、犯罪者を裁き、戦争に出向き、魔女には貴族たるにふさわしい力があることを人々に示す。それで爵位を授かれないようであれば、より過激な行動に出ざるを得ないだろう」
「具体的には?」
「反乱を起こす。適当な都市を武力によって乗っ取り、王国に我々の要求を飲ませるんだ。魔女にはそれができるだけの力がある。あんたもよく分かっているだろう?」
ブロンティの言葉を聞いて、私は目を見開いた。
受け入れられない主張だ。
掲げる理想は素晴らしいが、武力による反乱なんてことをしては多くの人々が犠牲になる。
民衆の魔女に対する社会的信用も失われ、魔女差別は加速するだろう。
ブロンティの考えを変えるためにも、私は自分から口を開く。
「……反乱なんて起こさずとも、功績をあげ続ければ爵位を授かれるんじゃないかしら」
「無理だ。百年前、私は戦争で王国のために帝国と戦った。最前線で誰よりも多くの敵を倒し、誰よりも王国に貢献したが、爵位は授けられなかった。……これは後で調べて分かったことなんだが、歴史上ヴァシリオ王国には魔女の貴族が存在しない。どれだけ功績をあげたとしても、国王は魔女のことを貴族にはしたくないようだ」
心底悔しそうにしながら、ブロンティはそう言った。
どうやら、私の想像以上に彼女の信念は強く根深いようだ。
話しぶりからそれがよく伝わってくる。
「私もかつては雷鳴の魔女と呼ばれ畏れられたが、結局は一般兵として安い賃金で使われるだけで終わっちまった。もしもの話だが、冒険者として名高いあんたの妹のイストスが、強大な魔物の襲撃から都市を救ったとしても、恐らく爵位は授けられないだろう。そんな世界を変えたいと思わないか? 妹たちにとって、より良い世界を作りたいと思わないか?」
ブロンティは私に熱心に語りかける。
妹のことを持ち出されると、私も心が揺らいだ。
しかし――
「悪いけれど、あなたの仲間にはなれないわ。この世界を変えたいとは思うけれど、それと同時に私は今の平穏な生活に満足しているの。反乱だなんて危険なことには参加できないし、妹たちを巻き込めない」
「……そうか、残念だ。妹たちのために襲撃者を皆殺しにした魔女がいると聞いた時は、いい仲間になれると思ったんだがな」
ブロンティがそんなことを言っている内に、注文していた飲み物がテーブルに届いた。
私が頼んだのはコーヒーで、ブロンティが頼んだのは紅茶のようだ。
互いに飲み物を飲んで一息ついてから、私たちは会話を再開する。
「確かに、今は魔女にとってはいい時代だ。あんたのような若い魔女が、現状維持を望むのも無理はない。だが、また本格的に魔女差別が始まってから動くのでは遅いんだ。世の魔女たちに余力がある今だからこそ、積極的に動かなければ。度重なる差別の被害に遭って、気力と体力を失ってからでは手遅れなんだ」
「そうかもしれないわね。けれど、もっと平和的に動くという選択肢もあったはずよ。世界を変えるためにやれることは、反乱だけじゃないわ」
さっきまでの姿とは打って変わって、ブロンティの姿はどこか悲しげだった。
きっと、過去に何かしらの悲劇があったのだろうが、だからといって私が考えを変えることはない。
「……どうしても相容れない、か。仕方ないね。個人的には残念な結果になったけど、話を聞いてくれて感謝するよ。これ以上の説得は無駄みたいだから、私はこれで失礼するとしよう。飲み物の代金はこれで払って欲しい」
話を終えたブロンティは、テーブルの上にお金を置いて酒場から立ち去ろうとする。
その前に、私は一つだけ質問をした。
「最後に一つ聞きたいのだけれど……テオス教団の隠れ家を潰したのはあなた?」
「テオス教団? ふむ、名前は覚えていないが、つい最近魔女を害するカルトを潰したような気もするな」
「そう、分かったわ」
この後、ブロンティは立ち止まらずにそのまま酒場から立ち去って行く。
それを見送った私は、カップに残っていたコーヒーを飲み干すと、会計をしてから酒場を出た。
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