第二十一話 願い

 迎えた"魔女の概念を変化させる魔法"の実行当日。

 私はいつも通り起床し、身支度を整えてから自室を出ると、朝食を作るためにキッチンへと向かう。


 今日の朝食の献立は、ベーコンエッグトーストと山菜のサラダだ。

 一応、最後の食事ではあるのだが、普段通りの内容である。

 そもそも、魔女差別が解決したところで飢饉はそのままなのだから、食料は大切にしなければ。

 

 そうして、朝食を作り終えた私は「みんな、ご飯できたわよ」と言いながら二階に上がり、妹たちを起こしに行く。

 すると、早速イストスとへカーティの二人が自室から出てきた。


「おはよう、イストス、へカーティ」

「うん……おはよう姉さん」

「おはようごさいます、ウールギア姉さん」


 イストスはやや眠たげに、へカーティはしっかりと私の挨拶に返事をして、一階のダイニングの方へ降りていく。

 その一方で、デメテルは相変わらず惰眠をむさぼっているようだった。

 こんな日でも変わらないとは、呆れを通り越してもはや頼もしい。


「デメテル、起きなさい。今日何をするのか忘れたわけじゃないわよね?」

「う~ん。実行直前になったら起こして~」

「あなた、起きた直後は使い物にならないじゃないの」


 そんなことを言いながら、やっぱり私はデメテルの手を引っ張ってベッドから起こしてやる。

 まぁ、これもこれで最後なのだし、甘やかしても罰は当たらないだろう。


 さて、その後なんやかんやで準備を終えた私たちは、みんなで朝食を食べ始めた。

 話題に上がるのは、やはり今日の予定についてだ。


「それじゃあ、今日の段取りについて改めて確認するわね。魔女の概念を変化させる魔法の実行は昼頃。それまでに魔力増強の準備を済ませるわ。それぞれ自分の役割は覚えているかしら?」

「はい。私は魔物たちへの指示と、ウールギア姉さんの料理の手伝いですね」

「あたしは集めた魔力増強アイテムの在庫確認!」

「私は魔力増強アイテムの使用方法の再確認だな」


 私の質問に、へカーティ、デメテル、イストスが順番に答えていく。

 話を聞いた感じだと、概ね問題はなさそうだ。


「改めて何か言う必要はなさそうね。……イストス、私の顔に何かついてる?」

「……いや、なんでもない。相変わらず綺麗な顔だったから見てただけだよ」

「何言ってるのよ。ほら、ご飯を食べ終わったら最後の準備を始めるわよ」

「「「はーい」」」


 何故か私の顔を食い入るように見つめていたイストスを軽くあしらってから、私は妹たちに発破をかける。

 それから、朝食を食べ終えた私たちは最後の準備を始めた。


 私の今日の役割は何かというと、食材系の魔力増強アイテムの調理だ。

 先ほど話をしたように、へカーティに手伝ってもらいながら作業を進めていく。


 当然のことながら、私の胃袋には限界があるので、できる限りたくさん食べられるように食材を圧縮していかなければならない。

 マギカウィードを煎じたお茶はできる限り濃厚になるように、ミミックの心臓などの肉類は乾燥させてできる限り体積を小さくするわけだ。

 私とへカーティはマギカウィードを煮詰めては絞ってをひたすら繰り返し、肉類についてはあらかじめ乾燥させておいたものを片っ端から燻製器に突っ込んでいく。


「ウールギア姉さん」

「何かしら」

「料理って、思ったより大変なんですね……」

「まぁ、家庭料理ではこんなことはやらないと思うけれど、飲食店とかはどこもこんな感じでしょうね」


 そこにはファンタジー世界らしい華やかさは一切なく、単なる過酷で暑苦しい肉体労働だけがあった。

 いやはや、最後の最後まで苦労は尽きないものである。


 ありがたいことに、へカーティに手伝ってもらったこともあって、昼頃までにはなんとか調理を終わらせることができた。

 デメテルとイストスも、特に問題なく作業を終わらせたようだ。

 これで前準備はほとんど終わったので、次は場所の移動である。


 魔法を行使する場所については、ポリス商業都市の近くにある草原を選んだ。

 別に、何か特別な意図があったわけではない。

 ただ、へカーティの使役する魔物が三十体ほどいる関係上、できるだけ広い場所にしたいと考えただけだ。


 私たちは魔力増強アイテムを持って、魔物たちを引き連れて、目的地の草原へと向かう。

 予想通りというべきか、街の人々から冷たい視線と罵詈雑言が贈られるが、今はそんなことを気にする余裕はない。

 私の頭の中は、"魔女の概念を変化させる魔法"を成功させることだけでいっぱいいっぱいなのだ。


 ……幸いなことに、手を出してくる人はいなかったので、実害はなかったのがせめてもの救いだ。

 それから、無事目的地の草原にたどり着いた私たちは、満を持して魔力の増強を始める。


「へカーティは魔物たちに私に対する強化魔法発動の指示を。デメテルとイストスは周囲の警戒を頼むわ。魔物たちの強化魔法の行使が終わったら、イストスは私に魔力量強化の魔法を使ってちょうだい」


 私がそう指示を出す度に、妹たちは無言で頷き、それぞれの仕事を始める。

 へカーティの指示を受けて、ゴブリンシャーマンやセイレーンたちが発動する強化魔法の効果を感じながら、私は調理した魔力増強アイテムの摂取を始めた。


 私はカラカラになるまで燻製した魔力増強効果のある肉と、限界まで煮詰めたマギカウィードのお茶を、無心で食べ進める。

 燻製肉は硬くて薬品のような味がするし、お茶は苦すぎるしで味は最悪だが、些細な問題だ。

 それよりかは食べきれるかどうかが問題だったのだが、なんとかなりそうだ。

 肉は大皿一皿分ぐらいに、お茶は500mlの水筒に入るぐらいに圧縮したおかげで、ギリギリ胃袋に入る範疇に収まっている。


 それから、私が食事を終えたタイミングでちょうど魔物たちの強化魔法の行使が終わったようで、イストスが私に近づいてきた。


「姉さん、準備はできてる?」

「ええ、問題ないわ」

「それじゃ……やるね」


 そう言って、イストスは私に全力で魔力量強化の魔法を施す。

 その瞬間、これまでの数々の準備で増強されていた私の魔力量が、さらに膨れ上がっていくのを実感した。

 ようやく全ての準備が整ったわけだ。


 あぁ、これで遂に、全てを在るべき姿に戻せる。

 期待に応えられる。

 私の役目が終わる。


「みんなは少し離れていてちょうだい。……魔法の行使を始めるわ」


 妹たちが私の傍から離れたのを確認してから、私は"魔女の概念を変化させる魔法"の行使を始めた。

 魔女の概念を”魔力が多く寿命が長いだけのただの人間”に変化させようと、世界に大量の魔力を流し込んでいく。


 だが……やはり魔力量がまだ足りない。

 世界の概念を書き換えんとする神の如き魔法を行使するには、これだけ準備しても不十分なようだった。

 感覚で理解できる。

 このままだと、魔力切れで気絶して終わりだ。

 予定通り、魂を魔力を変換する紫水晶を使うしかない。


 そう考えて、私は胸ポケットにしまっておいた紫水晶を取り出そうとしたのだが……何故か胸ポケットに手を突っ込んでみても感触がない。

 別の場所にしまったのかと考えて、身体中のポケットを探そうとしたところで、何やらへカーティが話し始めた。


「ウールギア姉さん。探しているのはこれですか?」


 そう話すへカーティが高々と掲げていたのは、紫色の輝きを放つ禍々しい物体。

 私の探していた紫水晶だった。

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