第九話 山デート
へカーティと外出をしてから一週間後のこと。
今度は、デメテルと一緒に外出をすることになった。
ただ、今回の外出先はいつもと違って都市の中ではない。
ポリス商業都市の近くにある山林の中だ。
デメテルは植物に関連する魔法を扱う都合上、役に立つ植物の知識を手に入れておく必要がある。
そのため、彼女はこうして定期的に山林に入り、植物の知識を集めに行くのだ。
今回、私はそれについて行くおまけのようなものである。
目的が目的なので、流石におしゃれはしていかない。
パンツスタイルの動きやすい服装で、私とデメテルは家を出た。
そのまま都市を出て草原をしばらく歩くと、名もない山林が私たちの前に姿を現す。
当然のことながら、山道などは整備されておらず、人の手が一切加わっていない自然な状態の山林だ。
その中に、私たちは入っていく。
「相変わらず少し怖い場所ね」
「そうかな? 色んな植物とか虫がいて楽しいよ? 食べられるものも採れるし」
「まぁ、慣れたらそうなのかもしれないけれど」
人工物だらけの現代社会を生きていた人間としては、人工物が一切なく薄暗いこの山林は少し不気味だ。
普通の植物の他にも、前世では見かけなかった奇妙な植物などが生えていて、障害物が多く方向感覚が掴みづらい。
デメテルとはぐれたら、一瞬で遭難する自信がある。
土地勘があるというのもあるが、何の目印もない山の中でデメテルが迷わないのは、彼女が通った道にトーチプラントと呼ばれる植物を生やしているからだ。
これは、茎の先端に咲く花がその名の通り松明のように光る植物で、薄暗い山林の中では非常にいい目印になる。
どんなに複雑な道のりを歩いてきても、帰りはトーチプラントを辿れば大丈夫というわけだ。
トーチプラントは本来珍しい植物で、こんな山林の中には生えていないため、自然のものとデメテルが生やしたものを間違える心配もない。
「あ、これは見たことない植物かも」
「確かに変な見た目をしてるわね。どんな植物なのかしら」
山林を歩いていると、デメテルが何やら奇妙な植物を発見した。
高さは膝丈ほどで、茎の先端から黄色い球体が生えている。
球体の大きさは野球のボールぐらいで、その中心部分には穴が開いていた。
その植物をよく観察しようと、デメテルが手を近づけると……驚くべきことに件の黄色い球体が勢いよく動き出し、彼女の手に嚙みつこうとする。
どうやら、球体の中心に開いていた穴は口だったらしい。
デメテルは慌てて手を引っ込めたので、なんとか噛みつかれずに済んだようだ。
「あ、危なかった~。食虫植物だったのかな?」
「そうなんじゃないかしら。動いてるものにはなんでも反応するみたいね」
私が拾った木の枝をその植物の前で振ってみると、今度はその木の枝に黄色い球体が噛みついた。
恐らくは、近づいてきた虫に噛みついて捕食を行う食虫植物なのだろう。
それから、植物観察を終えて再び歩いていると、デメテルがまた何かを発見した。
白い花びらの集合体のような奇妙な見た目をしたキノコだ。
「これは……ハナビラタケかな? 食べられるから採っていこっと」
「前に一緒に来た時も思ったけれど、よくキノコの特徴と名前なんて覚えてるわよね」
「うん。せっかく山にたくさん行くから、ついでに覚えてるんだ~」
そう話しながらも、デメテルは手慣れた様子でハナビラタケを収穫し、それを背負った籠に放り込む。
彼女が山に慣れていることを感じさせる光景だった。
「そういうお姉ちゃんも、前から料理とかスパイスにやたら詳しいよね。どこで勉強したの?」
「……人の料理を見て学んだだけよ。特別なことはしていないわ」
「ふ~ん、そうなんだ」
以前にも説明したが、私の料理の知識はほとんどが前世によるものなので、今話した内容はほぼ嘘だ。
こんな感じで、時々デメテルは私をドキリとさせるような話をしてくることがある。
前世のボロは出していないはずなのだが、デメテルはどこかで感づいているのかもしれない。
隠し通せていればいいのだが。
……この後も、私たちの山林探索はしばらく続いた。
珍しい植物の観察をしたり、食べられるキノコや木の実の採取をしたりしている内に、あっという間に時間は過ぎていく。
そうして、そろそろ帰ろうかという時刻になったとき、前を歩いていたデメテルが手を横に出して私の動きを制した。
「お姉ちゃん止まって。ちょっと様子がおかしいかも」
デメテルにそう言われて立ち止まってみると、確かに違和感を感じる。
先ほどまでは鳥や虫の鳴き声がよく聞こえていたのだが、今は辺りがやたら静かだ。
目を凝らしてみると、遠くの方で木々の間を黒い影が動いている。
「囲まれてるね。狼型の魔物っぽいなぁ」
「手伝った方がいいかしら」
「ううん。こいつらの相手は慣れてるから、私に任せといて」
そう話してから少しして、黒い影の群れが私たちを囲むようにして姿を現す。
デメテルの予想通り、黒い影の正体は狼型の魔物だった。
体長は百五十センチメートルほどで、赤い目と灰色の毛皮を持ち合わせている。
パッと見、群れの数は十匹だ。
狼たちが前後から挟み撃ちで私たちに飛びかかろうとした瞬間、デメテルは魔法を発動させる。
巨大なつる植物を生やす魔法のようだ。
一瞬で成長したつる植物は狼たちに絡みつき、その首を締め上げていく。
「自然の中だと、植物を生やしやすくて戦いやすいんだよね。これで終わりっと」
そう言ってデメテルが力を込めた瞬間、狼たちの首からグキッという嫌な音が鳴る。
どうやら、首の骨を折ったようだ。
十匹いた狼たちは、これによってあっという間に全滅してしまった。
「いつもだったら魔物の死体は土に埋めていくんだけど、お姉ちゃんは何かに使う?」
「そうねぇ……やったことはないけれど、魔法で毛皮を剥ぎ取れるか試してみましょうか」
私は狼の死体に魔力を流し込み、魔法を発動させる準備をする。
それから、私は毛皮の形を変化させたり毛皮を乾燥させたりする魔法を駆使して、ようやく一匹分の毛皮を剥ぎ取ることができた。
「試しにやってみたはいいけれど、大変すぎて割に合わないわね。残りは埋めていきましょう」
「はーい」
私たちは残った死体を魔法で土に埋めてから、トーチプラントを頼りに山林を出て家に帰ろうとする。
すると、その道中でデメテルが私に話しかけてきた。
「ねぇお姉ちゃん。その毛皮はどうするの?」
「寒くなったとき用のマフラーにでも加工するつもりよ。欲しい?」
「うん。それともう一つ、今日は頑張ったからご褒美が欲しいな」
そう言って、デメテルは私の方に頭を突き出してくる。
それで、私が「しょうがない子ね」と言いつつも頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに頭を手にこすりつけた。
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