第44話、ある騎士の話⑧【血濡れの狂騎士】



「よう、騎士様」



 そこに居たのは、くたびれた格好をしながら笑っているルーナの育ての親の神父が姿を見せた。クラウスにとって目の前の男はある意味『敵』であり、助けてくれた『恩人』でもある。

 笑いながら近づいてくる目の前の男は、明らかに『殺意』を露わにしていたので、警戒を怠らない。


「……神父」

「どうも、騎士様。いやぁ、ちょっと聞いても大丈夫かい?」

「……何をだ」



「あんたは、ルーナを傷つける存在か、『血濡れの狂騎士』殿」



 鋭い目でそのように発言する神父に対し、クラウスは否定も肯定もしない。

 ただ一つだけ言えるのは、彼女の事は今クラウスにとって大切な存在だというモノになっている。


「……何の話だ?」

「何度も同じ言葉を言わせるな。お前は、『ルーナ』を傷つける『存在』なのか?」

「……ルーナを傷つけるつもりはない」

「何故、それが言える?」

(……確かに神父に言う通りなのかも、しれない)


 『血濡れの狂騎士』――それが、クラウスのもう一つの名だ。

 敵も味方も、全ての血を浴び、狂ったように戦場に立った――それは紛れもない真実。

 そんな自分自身の隣に、あの幼き少女の隣に立つ存在ではないのかもしれないと、何度も頭の中で思った事がある。


 しかし、クラウスにとってルーナと言う存在はそれ以上の大きな存在になってしまっている。


 だからこそ、はっきりと、自分の気持ちを伝えた。




「俺はルーナを一人の女性として、出来たら婚約して妻にしたいと思っているからだ」




「………………は?」


 神父の顔が一瞬にして歪んだ。

 同時に目の前の男は一体何を言っているのだろうと言う言葉に似合うような顔をしながらクラウスに視線を向けている。

 もしかして言葉を間違えてしまっただろうかとクラウスは思ったが、顔を崩さずに神父に目を向けた。


「……お前、マジで言っているのか?」

「マジで言っている」


「平民の彼女を貴族として迎え入れるのか?」


 神父の言葉に、一瞬はっとした顔をしてしまったのかもしれない。ルーナの事しか考えていなかった事もあったのか、彼女が平民、自分が一応貴族だと言う事を忘れていた。

 本来ならば、平民と貴族は簡単に一緒になれるはずがない。それはある意味御伽話のようなモノだ。

 しかし、クラウスは諦めない。


「ああ、そのつもりだ」


 元々エーデルハットは平民を毛嫌いする貴族ではない。

 話をすればきっと姉も父も母も彼女を迎え入れてくれるのは間違いないだろう。


「……ああ、本気なんだなおい」

「因みに拒否されても地の底まで追いかける予定だ」

「あんた、実はストーカーやってんの?」


 怪しい発言があるのがいただけないのだが、クラウスは神父に視線を向けると、彼はめんどくさそうな顔をしながら静かに息を吐く。

 煙草の煙が空の方に向かっていく。

 次の瞬間、神父はクラウスに隠し持っていたナイフを手に持ち、それを目の前の彼に見せる。

 相変わらず『殺気』は収まっていない事は、伝わっていた。


(……この男も、彼女が大事なんだな)


 少しだけ苛立ちを覚えたクラウスは神父に向けて長剣を向けようとしたその時、二人の耳から聞こえてきた声に、思わず足を止めてしまった。



「クラウス様、神父様、何してんの?」



 草むらから出てきた人物――ルーナは簡単に二人に向けて声をかけたのである。

 

 ルーナが現れる事が想定外だった神父は急いで懐から武器をしまう。同時にクラウスも急いで長剣から手を放し、ルーナに視線を向けて固まった。

 彼女の姿は、水浴びをしてきましたと言う感じの恰好だった。髪の毛が濡れており、足も少しだけ露わになっている。色っぽいような感じに見えてしまったクラウスは固まったままその場を動かなくなる。

 それに気づいた神父がルーナに向けて怒りを露わにした。


「お、おいルーナ……お、おまえ、その恰好で出歩くなって話をしただろう!?」

「あ、クラウス様が居た事忘れてた。まぁ、神父、欲情しないだろう?」

「俺にとってお前は範囲外だ!って言うのはどうでも良い……とりあえず何か羽織れ。俺の上着貸すぞ?」

「クソ神父の服、臭いから別に良い」

「おい、テメェ……」

「それより神父様。ドライアドから伝言……森の入り口で騎士たち数人固まってうろついてるって……多分、クラウス様関係あと思うけど」

「……きし、すうにん?」


 ルーナの言葉を聞いたクラウスが止まっていた動きを元に戻し、そして目を見開いたまま彼女に視線を向けた。

 きっと、追っ手だ。

 そしてその中にはルフトの姿があるに違いない。

 唇を噛みしめるようにしながらクラウスは苦々しい顔をするしかない。


「き、騎士数人と言うのは、どう言う恰好とか、鎧の色とか、わかるか?」

「え、あ……えっと……鎧が黒だったって言う事と、隊長みたいな感じがイケメンだった、ぐらいしか聞いてないけど……」

「……追手だな」

「クラウス様?」

(それほど俺を殺したいか、ルフト)


 聖女の力なのか、それとも本当の気持ちが露わになっているのか、ルフトはもはやクラウスにとって友人と呼べる存在ではなかった。

 黒い鎧は間違いなくルフトが装備していたモノだ――自分を殺し損ねたから、殺しに来たに違いない。

 今は、奴らに会いたくないが――クラウスは動きだそうと剣を握りしめる。

 しかし、それを止めたのは彼女だった。


「ルーナ、入り口と言うとはどの辺だ?」

「どの辺って……まさかクラウス様行くつもり?」

「そのつもりだ」

「ダメだ!!」

「いや、ダメだと言っても……」

「ダメなもんはダメだ!だいぶ良くなったけど、本当なら後数週間休んでほしいんだぞ!!……本来なら出て行ってもらった方がいいが、それでも今はダメだ!」


 ケガの治りは悪いのかもしれないとクラウスはわかっているが、これ以上彼女たちに迷惑をかけられない。

 そもそもルーナと神父たちは関係ない。自分が蒔いたタネなのだからこれ以上おせっかいになるつもりはない――と思って動き出そうとしたのだが、ルーナはそれでも阻止をする。

 手を振り払い、前に出ればよかったのに、何故かその時前に出る事が出来なかった。

 少女の大きな瞳が捕えて放さなかった。


 ルーナが次に視線を向けたのは神父の方だ。

 神父の方に目を向けてとんでもない事を言ったのである。


「神父様、神父様ならどのぐらい戦える?」

「どのぐらいって……狂騎士様以上とはいかないぞ?何せ、神父だしな」

「インチキ神父のクセに……でも、

「……」


 一体何を言っているのか理解できないクラウスは呆然としながら二人のやり取りを見る事しかできない。

 ルーナは神父に向けて冷たい瞳を見せながらそのように答えた瞬間、まるで彼女の騎士のように、神父はそのまま一礼する。



「――命令、承りました。マイ・マスター我が姫君よマイ・マスター



 笑みを浮かばせながらそのままルーナに視線を向けており、彼女は何も言わないまま神父に視線を向けている。

 そして彼は背を向けて古びた教会に戻っていくのを見た後、彼女は静かに息を吐き、クラウスの身体を急いで地面に押し、座らせた。

 何が起きたのか理解できないクラウスに対し、ルーナは淡々と説明する。


「とりあえず、追っ手の方は神父様が何とかしてくれるから大丈夫。クラウス様はこれから私とこの場で動かず、ジッとしていてください」

「だ、だが……」

「もし、戦って傷口が開いてしまったら、せっかく手当した意味がないですから……良いですね?」

「……だ」

「え?」



「――ルーナと、あの神父は一体、何者なんだ?」



 クラウスはただ、二人の関係が知りたかった。

 どうしてあのような態度なのか、そして二人が何者なのか、どんな関係なのか知りたくてたまらなかった。

 しかし、ルーナは発言した返答は、クラウスが知りたい情報ではなかった。


「クラウス様、神父様はね」

「神父様は……?」



「めっちゃ強いんですよ、私よりも」



 聞かれなかったから言わなかっただけなんですけどね、と追加の言葉を言った後、ルーナはクラウスに向けて笑う。

 楽しく無邪気に笑うルーナに対し、クラウスはもうどうでも良くなってしまい、静かに笑う事しかできなかった。

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