第02話、目を覚ました瞬間、騎士様はクソ神父を殴りました。

「――本当に悪かったな、ルーナ」

「別に。神父さんと関わってると、ロクな事ないって昔からわかってるし……ねぇ、この人ボクの手全然放さないんだけど。すげー握ってくるんだけど」


 何とか応急処置が終わり、この場から離れようとしたのだが、目の前の騎士の青年は全く放そうとしてくれない。放すどころか無意識に強く握りしめられている。

 振り払おうとしても振り払う事が出来ず、幼女体系の少女が筋肉質の男の力に勝てるはずなどない。かなり強く握りしめられている手を見ながら、神父は笑う。


「お前、気に入られたなきっと」

「そんなわけ……ないよ、うん」

「本音は?」

「目の色が綺麗でストライクだったけど、顔は好みじゃない」


 ニヤニヤと笑ってくる神父に簡単に受け流しながら、少しだけ本音を言いながら目の前で寝ている騎士の姿の青年を見つめる。

 顔色も良くなっているのでもう大丈夫だろうと、少しだけ安心感を覚えながら、ルーナは青年に再度視線を向ける。

 整っている顔は、明らかに女性が好みそうな顔なのだが、ルーナは正直このような綺麗な顔は好きではない。理由はないのだが、顔が良い男はなんだか胡散臭い感じがしてしまうからである。因みに神父は顔が整っている良い男だ――腹が立つほど。

 このようなクズみたいな神父に育てられてしまったから信用出来ないのであろうと思いながら、濡れたタオルを再度寝ている青年の頬に当てようとした時だった。


「……んッ……ぅ」

「あ、起きたみたい」

「本当か!いやぁ、良かった!死なれたら困るなーなんて思っていたが、いやあ良かった良かった!」

「拾ってきた張本人が何言ってんの」


 笑いながら答える神父に再度深いため息を吐きながら、一度この神父をぶん殴っておとなしくさせようかと思った矢先だった。突然ルーナの右頬に、風が掠めた。


「……は?」


 一瞬、何が起きたのか理解出来なかったルーナが見た光景は、目を覚ました青年が突然殺気を放ち、そして拳を握りしめながらそのままルーナの背後に居た神父めがけてぶん殴り、神父はその場から壁まで吹っ飛んでいく光景。

 何が起きたのか理解できないルーナは呆然としながら、壁に激突しそのまま崩れ落ちるように倒れていく神父の姿を見つめた後、青年に目を向けた。

 青年の殺気は、なかった。

 殺気がない事を理解したルーナは再度崩れ落ちた神父に向けて叫ぶ。


「うわぁぁあ‼く、クソ神父ゥゥウウ‼」


 ――お前、もしかしてこの男に何かしたのかよ‼

 と言う感情が起こりながら、ルーナは叫ぶと同時に急いで神父に向かっていこうとしたのだが、そのような事が出来なかった――右手がまだ、あの青年に握りしめられていたのだ。

 青年はジッと、ルーナの手を見つめながら、強く握りしめ返している。これは絶対に拒否してはいけないような気がしてならないと理解したルーナは何も言えず、呆然と何度も自分の手を握り返している青年に視線を向ける。

 殺気はないが、もしかしたら自分もぶん殴られるのではないだろうかと思いながら、汗を静かに流しつつ、ルーナは震える唇で青年に声をかける。


「え、えっと……ボク、あ、いえ、わたし、なにか、その……余計な事したでしょうか?」

「……いや、していない。君が手当てをしてくれたのだろう?」

「い、一応しましたが……あの、つかぬ事お聞きいたしますが、あの吹っ飛ばした男はあなたに何かをしたのでしょうか?」

「……ああ、あの男は俺がケガをしているのに金目のモノはないかと色々物色していたから、盗賊なのではないかと思って」

「……ああ、もう自業自得としか言えねぇ」


 どうやらここに連れてくる前に物色していたらしいので、ルーナは気絶しているクソ神父の事など放っておくことにするのだった。ため息を吐きながら頭を抱えつつ、ルーナは頭を下げる。


「それは大変申し訳ございません。あなたが吹っ飛ばした男はわたしの育ての親をしてくださった方で、家族として謝ります。大変申し訳ございませんでした」

「え、育ての親……それは済まなかった。俺も確認せずに――」

「いえ、育ての親だとしても性格はクズなので、どんどん殴ってください。わたしは気にしないので」

「……いい性格をしていると、言われたことはないか?」

「後ろの神父にはよく言われます」


 ルーナはとても良い性格をしていると、わかっているからこそ笑顔でこのように対応が出来るのかもしれない。しかし、内心言葉を間違えてしまえば、きっと目の前の男に殺されるのかもしれないと言う恐怖はある。

 神父を殴った拳は全く見えなかった。ただの殴りなのか、もしかしたら魔力を使ったモノなのか、魔力のないルーナには全くわからない。しかし、あの神父が吹っ飛んで気絶しているのだから、絶対にルーナがあれを食らってしまったら、間違いなく死ぬと言う言葉が頭の中に過る。

 考えて考えながら、なんとか言葉を選んで発言しなければならないと思いつつも、顔色の良い青年の姿に安堵している姿があった。

 この際、握りしめられている手の事は気にしないことにし、ルーナは包帯をしている腹部や、軽い擦り傷などがあった場所を見つめながら答える。


「私は魔力と言うモノがありませんし、治癒能力と言うモノなど持っておりません。薬草を塗りつぶして作った傷薬を塗り、包帯をさせて応急処置をさせていただきましたが、気分が悪いとか、痛みとかありますでしょうか?」

「いや、ない……お前は医者か?」

「医者ではありません。この村には医者はおりません……ホコリを被っていた医学書を読んで勉強し、真似て手当てをしただけですし、傷薬も本に書いてあった通りにやっただけです」

「なるほど……字が読めるのか?」

「神父さん……神父様が教えてくださいました。一応、あの男は神父と言う肩書を持っております。ボロくさい教会ですけど」


 フッと笑いながら答えるルーナの姿を、青年はジッと見つめた後、青年は自分が握りしめている手に視線を向ける。

 ルーナの小さな手を握りしめている青年は少し驚いたような顔をしながら、再度ルーナの顔に目を向ける。

 突然視線が合った事で驚いたが、エメラルドの瞳が捕えているかのように、ルーナから離れようとしなくて、ルーナも少し困った表情をしながら首をかしげる。


「その、どうかしましたか……?」

「……」

「あの……」

「……はな、したくない、な……」

「え?」

「……俺が、こんなことを思うなんて、どうかしているな」


 ククっと笑いながら独り言を言いだした青年に首をかしげながら、そしてその意味を聞いてはいけないような気がしてならないルーナは、それ以上何も突っ込むことをやめた。

 そして同時に、今すぐこの場から逃げたくなった。目の前のエメラルドの瞳をしていて綺麗だなと思っていた、この青年が今どこか『悪魔』に見えてしまったからである。きっと、人を『魅了』する『悪魔』なのだと、そのように思いながら。


「あ、あのぉ……わたし、そろそろあそこで倒れている神父様の手当てに行きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……ああ、構わない。えっと、お前の名は?」

「わたしはルーナ。ただのルーナですよお兄さん」

「……ああ、そう言えば名乗っていなかったな。俺の名は――」


 青年は何処か妖艶な笑みを浮かばせながら、ルーナに向けて名を告げる。


「クラウス。俺はクラウス・エーデルハットだ」


 その名を聞いた瞬間、ルーナの世界は一瞬にして凍ってしまったなどと、口が裂けても言えなかった。

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