第24話、ある一人の青年の話。【???】
――欲しいモノがあった。
それは、輝いているような瞳をした、小さな赤ん坊だった。
笑顔で、汚れている自分の顔を見ても、その赤ん坊は手を伸ばして触れてくる、と言う奇妙な存在。
生まれた時から、夜の世界にしか出ていなかった自分にとって、それは未知たる存在だった。
「ゆー、しゃ?」
赤ん坊は慣れない言葉で手を伸ばし、笑顔で微笑んだ。
本来だったら、『欲』なんて生まれないはずだったのに。
その時初めて、自分は『欲』と言うモノを感じ取ったのだ。
▽ ▽ ▽
「――いちや、さま」
聞き覚えのある声がしたので、ゆっくりと目を覚ますと、そこには背中に黒い翼を生やした一人の少女が青年の顔を覗き込むようにしながら立っている。
既に何年もこの少女とは共に一緒に居る存在だ。
どうやら時間になった為、起こしてくれと頼んだからこそ、声をかけてくれたのだとわかると、いちやと呼ばれた男はゆっくりと身体を起こし、欠伸をする。
「おはようレイム……もう、朝か?」
「はい、二時間程お眠りになられておられました……お疲れのような顔をしておりましたので、睡眠を促しておいて正解でした」
「あー……そう、だったな」
「大丈夫ですか?イチヤ様?」
「うんうん、大丈夫大丈夫……ちょっと、懐かしい夢を見ていたから」
「懐かしい夢?」
「……俺が、『光』を見つけた時の『夢』」
あの光景は現実ではないとわかっているが、それでも青年――
盛大に覚えているはずだ。
数年前、ある小国で壱夜は召喚術と言うモノで、『勇者召喚』をされた。どうやらこの世界にはその時、『悪』と呼ばれる存在があり、その為『勇者召喚』と言う禁忌の技術を使ってその『悪』を滅ぼしてほしいと言う依頼をされた。
壱夜にとって、その願いはどうでも良かった。
彼にとって、『世界』と言うのはどうでも良い存在であり、別に滅ぶなら勝手に滅んでいいのではないだろうかと言う思考の持ち主だったのである。
勇者は別に拒否する事なくその件については頷いた。
理由はただ単に、元の世界に戻りたくなかったからである。
今回も、どうでも良いこの世界で人に言われるままに生きて、死んでいくのではないだろう考えていた時、この国の王妃たる存在が、ある小さな赤ん坊を近づけさせた。
綺麗な瞳で、汚れを知らない可愛らしい女の子だった。
「勇者様、この子の未来の為にどうぞ、よろしくお願いいたします」
母親らしき王妃はそのように言った後、壱夜は再度その赤ん坊に視線を向けたと同時に、自分では抑えきれないほどの『欲』をこの時初めて感じたのだ。
赤ん坊は笑顔のまま、勇者に目を向けて手を伸ばしている。
壱夜はその時、自分自身の歪んだ『欲』が目の前の赤ん坊を欲しているとわかった時、目の前の赤ん坊が血まみれになって汚れたら、どんなに美しいのかと考えてしまった。
勇者と呼ばれた嶺倉壱夜はそれほど、歪んだ性格の持ち主だったのである。
『勇者召喚』は相手を選ぶ事は出来ない。
例え相手がどんな邪な心を持っていたとしても。
嶺倉壱夜と言う存在は、邪な心を持つようになった。
目の前の赤ん坊――『ルーフィア』と名付けられた第一王女の為に。
「……」
過去の出来事を思い出すようにしながら、イチヤは空に目を向ける。
既に朝日が昇ってきている空に目を向けつつ、イチヤは息を静かに吐きながら、隣に刺してある大剣を手に持った。
「そう言えばトワイライト王国だっけ?そこで『聖女召喚』って言うモノが行われたって聞いたけど……レイム、それは本当か?」
「噂程度ですが、確かにその国には聖女様と言う存在が出てきております……ただ、ちょっと変な噂もあります」
「変な噂?」
「――気に入った男を魅了し、傍に置いておる、と」
嫌そうな顔をしながら答えるレイムの姿に、イチヤはぷっと笑うようにしながら、再度空に目を向ける。
今日の空も、とても綺麗で、澄んでいる『空』だ。
イチヤの周りには大量の人間と思われる死体が無数あり、その中には魔物と呼べる者達も存在している。
同じ人間だからとて、イチヤはそんな事気にする事なく簡単に足で踏みつけるようにしながら歩き始める。
「聖女が逆ハーレムしてうはうはしている感じって言えばいいのかな……まったく、どっかの乙女ゲームか」
「ぎゃ、ぎゃく?お、おとめ、げーむ?ですか??」
「ああ、こっちの話だから気にしないで……けど、流石にそれは厄介だよなぁ……」
肩に背負うように大剣を持ちながら歩き続けて悩むイチヤにレイムは後をついていくように歩いていく。
トワイライト王国の件については、少しだけ風の噂で聞いていたのだが、まさかそのような事になっていたとは思わなかった。
「聖女様なんて、俺には全く興味がないけど……『あの子』がもし困っているのであったら、排除した方が良いのかもしれないな……まぁ、今どこにいるのかわからないが」
「『あの子』とは、イチヤ様が言っているお方ですね」
「……もう十年ぐらいあっていないが、当たり前か。だって俺――」
フフっと笑いながら答えるイチヤの姿は、青年の姿だとしても子供のように笑っている。
最後の言葉は何を言っているのかわからなかったが、レイムにはそれはどうでも良い事だった。
足の動きを止め、深々と頭を下げるようにしながら、レイムは答える。
「あなた様のお願いであるならば、私たちは叶えましょう」
青年の瞳がしっかりとレイムを捕えていた。
「我らの王、『
レイムの言葉を聞いたと同時に、イチヤは再度、静かに笑みを零すのだった。
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