第40話、ある騎士の話④【血濡れの狂騎士】
クラウスは、人を好きになった事はない。恋愛的な意味で。
だからこそ、聖女であるミレイの好意には気づいていたが、ミレイの周りには彼女を慕っている人物たちがたくさんいる。
特に第二王子である人物は、元々婚約者がいたはずなのだがその婚約者など関係なく、ミレイの傍に居る。
姉であるクラリスに対しよく相談を行っているマーレと言う令嬢こそ、この国の第二王子の婚約者だ。姉の話だと最近酷くなっていると言う事を聞いていた。
そんな第二王子すら魅了している人物が、まさかクラウスに結婚を前提に交際を申し込んでくると言うのだろうか――明らかに『魔術』を使っているのはわかっている。
きっと今、クラウスは殺したい衝動を抑えている。
間違いなく目の前の聖女――いや、魔女のような女をこの剣で殺したいと願ってしまっている。
「あの、クラウス様?」
自分の衝動が抑えきれなくなっていた時、クラウスにミレイが再度声をかける。
首をかしげるような仕草でクラウスに視線を向け、多分可愛らしさを出そうとしているのかもしれないが、クラウスは目の前の女は魔女のような存在に見えてままならない。
断ってはいけないのだとわかっているのだが、クラウスはどうしても耐えられなかった。
「……申し訳ございません、聖女様」
「え?」
「お……いえ、私にはあなたを好きになる事が出来ない事を、お、お許しください」
指先が勝手に震えている。
自分の頭が、目の前の女を殺さないといけないと言う衝動に駆られている――まるで、自分ではない『何か』が訴えているかのように。
クラウスはミレイに視線を向ける事が出来なかった。
目を向ける事が出来ず、クラウスは静かに一礼をした後、そのまま、背を向けて歩き出していく。
「……どうして、あの男は私を好きにならないの?」
背を向けて歩いていたからなのかもしれない。クラウスは自分の耳を遮断していたからなのかもしれない。
ミレイが静かにそのように呟いていたなんて、気づかないままクラウスは背を向けて歩き出していく。
その時のミレイの表情が、聖女ではない憎しみを込めたような表情をしていたなど、クラウスは気づかなかった。
▽ ▽ ▽
「……」
クラウスは体調不良を理由にし、家に戻っていた。
家に戻っていた後、屋敷に居るのは執事とメイド数人のみ。
「どうかされたのですか、クラウス様?」
「……いや、なんでもない」
長年使えてきてくれた執事が心配そうな顔をしながらクラウスに目を向けていたのだが、クラウスは不服そうな顔をしながら持ってきた荷物を執事に預ける。
クラウスは急いで自分の自室に戻り、家にある自分のモノたちに視線を向けながら、静かに息を吐く。
整えていた髪の毛を軽く手でかきむしるようにした後、クラウスは窓の外に視線を向ける。
窓の外に広がる空はとても綺麗で美しい――トワイライト王国は明らかに豊かで、良い国だと先ほどまで思っていた。
「……多分、動き出さないといけないな」
クラウスはそのように呟いた瞬間だった。
自分の居室から走ってくるような足音が聞こえてきたので視線を向けると、勢いよく扉が開き、そこから汗まみれの女性――クラリスの姿があった。
乱れた髪の毛、服装など全く気にしないかのように、クラリスはクラウスに両手を伸ばし、肩を鷲掴みにする。
「く、クラウス!あなた、せ、聖女様に何をしたの!?」
「聖女様に?」
「そ、そうよ……マーレ様と王宮で話を終えて帰ろうとした時、アンタを捕まえるって話が……せ、聖女様に粗暴行為をしたって……い、急いで早馬使ってきたんだけど……ほ、本当、あなた、何かしたの!?」
「……そう、来たか」
「そうきたかって……クラウスッ……」
クラウスはわかっていた。
聖女の求婚を断った事は、聖女にとって邪魔な存在になってしまったという事。
王宮ではほとんど聖女の味方が多い。だからこそ、聖女はありとあらゆる嘘を使って、クラウスを貶めようとしたのであろうと考えていた。
「姉さん、迷惑をかける事になるかもしれない……俺はこの国を出る」
「で、出るってあなた……」
「父と母も、そして姉も早く出た方がいい……多分、俺は殺されるかもしれない」
「……あなたと聖女様に何があったの?」
「あの『
いつも無表情で答えるクラウスの顔は、まるで吹っ切れたかのように笑っていたのである。クラリスはそんなクラウスの表情を見て、驚いた顔をするのであった。
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