第41話、ある騎士の話⑤【血濡れの狂騎士】
「クラリス様、旦那様と奥様にはご連絡する事が出来ました……が、厳しいようです」
「そのようね……ありがとう」
「いえ……クラウス様、大丈夫なのですか?」
「でないと殺されるかもしれないからな」
簡単に装備、荷物を用意し、確認しながら、姉であるクラリスには真実を言っておいた。
元々持っていた『魔眼』で聖女であるミレイに対して不信感を持っていたという事。
ミレイの周りにいる男たちは全て、『魅了』にかかっていると言う事。
多分だが、ミレイは無意識に『魅了』と言う禁術を扱っていると言う事。
ミレイに好意を寄せられていた事。
そして、告白されたので、そのようにみられないと言った後、彼女が動き出し、自分を排除する事をわかっていたと言う事。
それを聞いたクラリスは頭を抱えるようにしながら答える。
「あなたが『魔眼』の持ち主だという事はわかっていたけど、まさか聖女様がそのような事をしていただなんて……しかも無意識だったら余計に危ないわ」
「数日見ていたからわかる。きっと、自分の思い通りにならない存在が居たら、すぐに切り捨てると思った」
「分かっていたからこそ、あなた断ったんでしょう?」
「あの女が近くにいるだけで嫌だったんだ」
「もう……まぁ、あなたらしいからいいわ」
クラリスはため息を吐きながら、クラウスの荷物を放り投げるように渡した後、彼の頭を優しく撫でる。
「私たちの事は気にしないで……父も母も強いし、私も一応強いから気にしないで逃げなさい。聖女様の事は私は詳しくないけれど、あなたが嘘をつくわけないもの」
「……迷惑をかける、姉さん」
「『血濡れの狂騎士』と呼ばれている男がそんな顔をしないの……あと数分できっと王宮の騎士たちがあなたを捕まえに来るわ。早く逃げなさい」
「……」
逃げる事は想像していたのだが、家族と一緒だと思っていた。しかし、姉、父と母、そして屋敷で働いていた者達は逃げる事はしないらしい。
一人で逃げて大丈夫なのだろうかと不安に感じていたのだが、姉であるクラリスが大丈夫と言うのであるなら、大丈夫なのかもしれない。
「……姉さん、すまない」
「謝らなくていいわ……気を付けてね、クラウス」
「ああ……」
姉の手を放したくない気がしてきたクラウスだったが、その手を断ち切ったのは姉自身である。
笑顔で答えるクラリスに対し、唇を噛みしめるようにしながらクラウスは正面ではなく、裏口から逃げるように屋敷から出ていく。
執事が用意してくれた馬に乗り、人目を気にするように走り出していく。
「……姉さん、本当にすまない」
彼らの安否を気にしながら、クラウスは一人でそのまま逃げるように屋敷から逃げ、そしてトワイライト王国から逃げたのだった。
▽ ▽ ▽
ただ、逃げるつもりはなかった。
向かう先は隣国で留学中の第一王子、そして弟がいる国だ。
あそこで第一王子と弟に会えば、もしかしたら聖女の件について何とかしてくれるのではないだろうかと考えたのだった。
しかし、トワイライト王国と隣国の間には、魔物の巣窟だと言われている森がある。
森を突っ切るつもりはなかったのだが、どうやら運がなかったらしい。
「クラウスッ!」
自分の名を呼んだのは、友人だと思っていたはずの男、ルフトだ。
ルフトの姿を見た瞬間、クラウスの背中に痛みが奔り、同時に乗っていた馬から崩れ散るように地面に叩きつけられた。
鋭い痛みが奔る中、クラウスが見た光景は、明らかに怒りを露わにしている友人だった男、ルフトだ。
ルフトが握りしめられている長剣には、血が流れている。
(……俺は、ルフトに斬られたのか)
一番痛みがあるのは、どうやら背中のようだ。
思わず無意識に笑ってしまったんか、クラウスはフフっと口に出した後、目の前にいるルフトに視線を向ける。
ルフトの目は、明らかに異常だった。
『魅了』と言う禁術にかかっていたのはわかる。『魔眼』がそのように言っている。
(痛みが、なんだ……俺は――)
――俺は、まだ死にたくない。
唇を噛みしめたクラウスは震える手で自分の長剣を鞘から抜き、睨みつけるようにルフトにその長剣の先を向ける。
「クラウス……その体で俺に剣を向ける気か?今命乞いをすれば俺が聖女様に――」
「嫌だ」
「……何?」
「――お前のように命乞いをするのであれば、俺は死んだほうがましだ……死にたくないがな」
あの聖女に許しを請うなんて、まっぴらごめんだ。
クラウスはそのように考えながら、目の前の男はもはや友人ではなく、敵だと認識しながら、ゆっくりと立ち上がり、再度笑う。
ルフトを睨みつけるクラウスの表情はまるで、狂ったような姿だった。
「ッ……後悔しても知らないぞ?」
「ほざけ、早く来い」
既に覚悟をしていたクラウスにルフトの言葉など届かない。
ルフトは剣を構え、同時にクラウスを囲むように、他の騎士たちが周りを囲み始め――クラウスは剣を握りしめた時だった。
「――おうおう、今日もいるな……獲物が」
聞き覚えのない男性の声が、クラウスの耳に響き渡る。
振り向くとそこには笑いながら片手に酒の瓶を持っている一人の男だった。
男は彼らを見ながら楽しそうに笑い――その姿を見たクラウスは一気に意識をなくし、その場から倒れたのだった。
▽ ▽ ▽
「……おい、クソ神父、どういう事か説明してもらえる?」
「はは、本当、俺はお手上げなのよ、ルーナ」
「……はぁ、これはちょっと、予想外だったな」
誰かの声が聞こえた。
聞き覚えるの男の声と、聞き覚えのない少女のような声。
男に明らかに怒っているような声でため息を吐いている。
「明らかに事故じゃない傷だなこれ……しかも傷は多分剣だ。つまり、殺されかけてこの村に流れ着いた、って感じだな、神父」
「俺もそう思う……ただ、俺だけじゃ傷の手当は出来ねェし、お前ならこう言うの、得意だろ?」
「ボクは医者じゃないし、薬草と傷の手当は教会にある本で勉強しただけ!それに、こんな傷を治す事なんて不可能だし……神父なんだから回復魔法とか使えないの!」
「俺、魔力ねーもん」
「ああ、使い問になんねェこのクソ神父‼」
少女は明らかに怒っている。
怒っているのはクソ神父と言っている男の事であろう。
「神父様、とりあえず今からボクの部屋の机に置いてある緑色で『傷薬』って書いてある小瓶、布切れ、お湯と、あと包帯があるなら包帯持ってきて!傷もそんな深くないから命には別条ないかもしれないけど、応急処置ぐらいはしておかないと多分危ない」
「お、おう、わかった!すぐ持ってくる!」
「うん、お願い」
敵なのか、味方なのかわからない。
しかし、クラウスは歪んだ意識の中で、出来る事と言えば、目の前にいる人物に手を伸ばす事しかできない。
「ッ‼」
その人物は多分、驚いていたのかもしれない。
手首をしっかりと掴んでしまったのだから。
しかし、その人物は怒る事はなかった。
「大丈夫、医者ではないけど、応急処置ぐらいなら出来る……この手を放してくれないか?」
「……」
「ボク……わたしはあなたの敵じゃないし、こんな子供みたいな女があなたを殺す力があると思いますか?大丈夫、安心して」
「……」
どうやらクラウスは目の前の人物を見ていたらしい。
その時見せてくれた人物――少女は安心させるように微笑みかけてくれた。
無意識にクラウスは、目の前の人物の腕を掴む。
今度は優しく。
「……ありが、とう」
「別に。怪我人見たら放っておけない性格だから気にしないで、お兄さん」
少女――ルーナの姿を見たクラウスはゆっくりと意識を落としていったのだった。
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