第05話、ドライアド、サーシャはこの村の支配者です。ある意味で。


 『思い出してはいけない』



 それはまるで、自動的に流れてきた言葉だった。


「……何が何でも、おれは、あなたをお守りします……さま」


 傷だらけの男が、赤子を抱えながら何とか逃げ切る姿を、思い出す事がある。

 男の顔が何者かはわからないが、それでもその赤子の事はとても大事にしているかのように、優しく、そして強く抱きしめてくれる。

 嫌いではなかった。

 しかし、同時に、忘れたい記憶が、彼女の頭を刺激するように、頭痛を起こしてくる。


「なにが、なんでも――」


 雑音に聞こえるような音が、今でも頭の中に焼き付いて、離れない。


 

   ▽ ▽ ▽



 水浴びをしながら少しだけ意識を失っていたのかもしれないと思いながら、ルーナは目を覚ます。

 微かに感じる肌寒さを理解しながら、少しだけ濡れた髪の毛を布で拭く。


「……なんか、変な夢みたんだけど、うーん……思い出せない」


 重要な夢だったような気がするのだが気のせいだろうかと感じながら、ルーナは自分の髪の毛を拭き終わると、再度息を静かに吐いてあたりに視線を向ける。

 誰も居ない場所で静かに風にあたりながら行くと、そこからゆっくりと姿を見せる気配を感じたルーナは持っていた短剣に静かに手を伸ばす。


『あら、水浴びをしていたん、ルーナ』


「……サーシャか。こんなところに出てきちゃまずいでしょうが」

『フフ、今あの騎士様の所に居るのは、あの神父ですもの……久々にあなたのお話したかったのだけれど、あの騎士様、抜かりがないんですもの』


 そのように言いながら姿を見せた人物に、ルーナは警戒を解く。

 姿を見せたのは、綺麗な女性の姿を纏った、一人の人物だった。

 ルーナにとって、彼女と言う存在は友人でもあるが、普通だったらたかがの人間に姿を見せる人物ではない。

 閉鎖的の村を囲むように、大きな森林がある。

 その森林の中には、必ず『支配者』と言うモノが存在しており、目の前にいるのはその『支配者』である『ドライアド』と言う木の精霊だ。

 『ドライアド』が姿を見せるのは、ルーナか、それか神父の時のみ。

 他に暮らしている者たちには姿を見せない、貴重な存在であり、ある意味この村を閉鎖的にした『存在』でもある。


 彼女の名は『サーシャ』。

 これは、名のない『ドライアド』につけた名前であり、この名を口にするのはルーナと神父のみだ。


 サーシャはフフっと笑いながら座っている彼女に隣に座った。


『あの騎士様なんて言うの?たくましく、美しい存在かもしれないけど……かなりの血を吸っているわ。それも人間の……同時に『憎悪』が常に付きまとっている存在よ』

「あー……なんでも、『血濡れの狂騎士』様って呼ばれているらしいよ。ボクでも知ってるぐらい……まぁ、神父に教わったんだけど」

『まぁ、イケメンなんだけど……ルーナには渡したくないわねー絶対』

「はは、ありがとう……ボクも流石に勘弁したい」


 何故か目をつけられているように感じるのだが、ドライアドもどうやら彼にルーナを渡したくないのか、唇を尖らせるように言った。

 同時に、『憎悪』が常に付きまとっていると言うならば、一体あの狂騎士は何をしたのだろうかと考えつつ、再度息を吐いた。


『多分その狂騎士様の件なのかもしれないけど、何名かの黒い鎧を着た騎士たちが入り口付近をうろうろしていたわよ……あれは、人を殺す目だな。因みに、体調みたいな男、結構好みの顔してたわぁ~』

「好みは聞いてないんだけど、ありがとう。それは頭の中に入れておくよ」

『……で、あの狂騎士様、どうするの?』

「……早く出てってくれないかなーなんて思う。ボクはこの村から出るつもり、ないし」

『あら、外を見て冒険するのも良い事よルーナ……友達が居なくなってしまうのはさみしいけど、あなたが羽ばたくならば、私応援しちゃう』

「……」


 『外』に行ってみたい、と言う事は何度もあったのかもしれない。

 しかし、出てしまったら、この村の中はどうなるのだろうかと頭の中に過ってしまうのだ。

 ルーナは独学で医者のような事をしながら、何とかこの村で生活している。

 病気なども最近では看るようになってきたのだが、もし、ルーナが居なくなってしまったら、この村は大丈夫なんだろうか、と。


「……『外』に行ったら楽しい、のかもしれないけど、ボクはこの村が好きだから、正直出ていきたくない」

『神父様や他の住人たちの事を心配しているのよね?』

「うん……」

『ただで死なない人たちよここの人たちは。この村に居る人たちは、『訳あり』人物たちなのだから』

「……そう、かな?」

『そうそう』


 ルーナの言う通り、この閉鎖的の村に住んでいる人たちは全て『訳がある』人物たちなのだ。

 当然、神父も訳ありでこの村で神父をしている。

 他に暮らしている老人たちも、嘗ては何かをした、『訳あり』な存在――事情は聞いた事ないので、何をしたのかはわからないが。

 そして、そんな彼らを表に出さないようにしているのが、支配者であるサーシャなのだ。

 

「……森の入り口付近に居た人達は今、どうしてる?」

『とりあえず入り口に居るだけよ?どうするの?』

「……神父様と話をして決める。それまでは様子を見てもらってもいい?」

『あなたの頼みならば何回でも聞くわ……けど、無理はしないでね、ルーナ私のかわいいお姫様


 サーシャはそのように告げると、頬にキスをして静かに消えていく。

 残されたルーナは持っていた服の上着を着た後、神父たちが居そうな場所に向かって歩き始めた。

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