第45話、ある騎士の話⑨【血濡れの狂騎士】


 それから、何故かクラウスはルーナに抑えこまれる。

 何故抑えられてしまうのか全く理解できず、思わず口にしてしまった言葉に、クラウスは少しだけ後悔する。


「え、俺達まだ出会って数週間だが?」

「え、何をされると思っているんですかクラウス様。頬ちょっと赤くしないでください」


 軽蔑した目で見られてしまった事に少しだけショックを覚えてしまったが、ルーナはどうやら自分の傷を見てくれるらしく、身体をよく観察しながらクラウスを見ている事が分かる。

 その視線がどうやらルーナは気に入らなかったらしく、再度軽蔑した目で口を開く。


「発言の許可をいただけますか、クラウス様」

「了承しよう」

「気持ち悪いです。そんなにジッと見ないでください」

「……きもち、わるい」


 『きもちわるい』


 そのような発言をもらったのは初めてだった。

 クラウスは一応容姿は良いと思っている。周りにはきゃーきゃーと叫ぶような女性たちがよく自分を囲んでいる事もたびたびあった。

 綺麗な顔だと思っていたのだが、どうやらルーナにとっては気持ち悪いらしく、余計にショックを感じたクラウスは落ち込むのだった。


 落ち込んでしまっていたせいなのか、少しだけ考える事が整理出来た。

 あの神父の姿を思い出す。

 結局あの後教会の中にあった長剣を握りしめながら走って行ってしまった神父の後ろ姿を思い出しながら考える。


 ルーナと神父の関係は一体何なのか?

 あれほど、ルーナの事を大切に思うのには、何か理由があるのだろうか?


(……あの神父の後ろ姿は、まるで騎士のようだった)


 トワイライト王国には騎士団はあるし、クラウスはその騎士団の一人として生活をしていた。

 後ろ姿を見る限り、あの神父は何処かの国に仕えていた騎士なのかもしれない、と思ってしまった。

 ルーナに再度視線を向けてしまったが、気持ち悪いと言う言葉を思い出してしまったクラウスは目を向けていいのだろうか思いつつも、ルーナに目を向けてしまった。


「……大丈夫ですよ、クラウス様。さっきも言いましたが、神父様は強いんです。本当に」

「……その言葉の自身はどこから出てくるんだ、ルーナ?」

「まぁ、長年一緒に居ましたし……孤児だった幼い私を引き取って育ててくれたのもクソ神父……シリウス様でしたから」

「シリウス様?」

「神父様の名前です。シリウス……名前しか知りませんけど」

 

 『シリウス』――クラウスはその名に少しだけ思い当たるフシがあったのだが、その名前は一体どこからなのか、わからない。

 首をかしげるようにしながら再度ルーナに目を向けると、彼女はフフっと笑いながら話を続けてくれた。


「その、追っ手?みたいなものはシリウス様に任せて大丈夫です。だから、あなたはこれから教会の中にあるボロボロの布団に入って安静にしていてください」

「いや、俺は別に――」

「傷口は開いていないですけど、ケガをした状態で外に行こうとした罰です。今日一日教会から出てはダメです。出たら罰を与えます」

「ば、罰?」

「はい、罰です」


 罰、と言う言葉を聞いて、思わずドキっとしてしまったなんて、死んでもルーナには話さないとその場で誓った。

 いつの間にかケガの確認を終えたのか、笑顔でクラウスの服の乱れを治す。

 そして二人はそのまま教会の中に入り、古びた教会の中には既にシリウスの姿はなく、クラウスは何処か座れる場所はないだろうかと辺りを見回していると、ルーナはある場所に視線を向けながら呟いた。


「……あの長剣を持って行ったんだな」


 そのように呟いたので、クラウスが問いかける。


「長剣?」

「ええ……あそこにホコリ被っていた長剣……シリウス様が大切にしていたモノです」


 大切にしていた長剣は埃が被っていたのか、と呆れてしまったクラウスだったが、ルーナは何か考えるようにしながら、静かにその場所に目を向けていた。

 数十秒ほどその場所に目を向けた後、ルーナは振り向き、クラウスの方に再度目を受ける。


「……この村に来て、もう十数年になるんだなぁ……なんて、思っちゃいました」

「ルーナは、この村の出身ではないんだよな?」

「ええ、この村には私と、クラウス様以外は数人の老人たちしか居ません。そろそろお空に旅立ってしまうのではないと言うぐらいの数人の老人たちだけです……そしてこの村の周りに囲まれている森はある生物が結界を張り、閉鎖されている村……みたいなものです」

「ルーナたちはどうしてこの村に来たんだ?」

「……私は幼すぎて、記憶が曖昧なんですけど……一つだけ覚えている事はあります」

「覚えている、事?」


 ルーナは静かに、下を向く。

 下を向いたまま肩が微かに震えているように見えたのだが、クラウスはそれを気にしないようにした。

 彼女は最初、何かを言おうとしたのだが、その言葉を飲み込み、静かに笑った。



「……炎の中、鎧を着た騎士が、私の身体をしっかり抱きしめながら、逃げていく……騎士は、神父であるシリウス様でした」



 それはまるで、本の中に出てくる御伽話のように、感じてしまったのは自分だけだろうか?

 きっと、ルーナの中でシリウスと言う神父は、大切な存在で、そして強い男なのだろうとそのように感じてしまった。

 静かに笑っているルーナはクラウスに再度、口を開く。


「私は、シリウス様以上の強い人物は見た事ないから……そのように言ってしまうんですよ。彼の事だからすぐ帰ってくると思います……ドライアドも居るし」


 楽しそうに言う彼女の姿を見たクラウスは、少しだけ神父のシリウスに嫉妬と言う言葉を覚えたのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る