第09話、帰ってきた神父はため息を吐きながら連れてきた男の縄を放さない


「ただいま、ルーナ」


 帰ってきたシリウスの全身は泥まみれの状態で、相変わらずムスっとした顔をしている、悪人面の様子が伺える。

 同時にシリウスの隣には笑顔のドライアド、サーシャの姿と、何故か同じように泥まみれで傷だらけの男を担いでいるように見えるのは、気のせいだと思いたい。

 いや、気のせいではない。

 どうやらシリウスは傷だらけの男を持ってきた、と言う形になるのだろうと、改めて理解した。


「…………何、それ?」

「人質」

『って言うか、捕虜みたいな?』

「……サーシャまで……まぁ、いいや。とりあえず中入って二人とも。そこに居る男も付け加えて」


 何を言っても無駄だと認識したルーナは、シリウスとサーシャ、そして傷だらけ&泥だらけの男を中に入れる為に教会の扉を大きく開ける。

 疲れた表情をしながら中に入るシリウスの背中を見つめながら、ルーナは深くため息を吐くと、そんなルーナに対し、面白そうに笑うサーシャは彼女の耳元で囁くようにしながら呟く。


『かっこよかったわよ、あなたの「騎士ナイト」は』

「……泥だらけの得体のしれない男、だけどね」

『フフ、だから私、あの人が好きなのよ』


 そのように言いながら、ドライアドのサーシャは嬉しそうにシリウスの後ろ姿を追いかけるようにしながら中に入って行く。


 サーシャがシリウスに恋心のようなものを抱いていると言うのはルーナは知っている。

 本当に、大切に思っているのだろうと思わせる程、サーシャはシリウスに視線を向けて笑いかけている。

 人間が相手に恋するような瞳を見せている、と思いつつ、ルーナは静かに息を吐く。

 そして同時に、意識を失って泥だらけになっている男の姿に視線を向けた。


「神父様、その男どうするつもりなんだ?」

「ああ……それは考えていなかったなぁ……」

「……とりあえずは、クラウス様に見せに行く?」

「……その方が良いな。あの狂騎士様はどこだ?」

「中に入って右に奥の方。無理やりだけど数十分前にやっと寝かせた所」


 ルーナも教会の建物の中に入り、サーシャとシリウスにクラウスが居る場所を案内させる。

 そこには眠りに入って落ち着いているクラウスの様子が拝見出来た。


「ここに来てあんまり寝ていなかったみたいだし、最終的に数日前に出来た眠り薬をちょっと水の中に含んで無理やり寝かせた。最低一時間は起きない」

「……お前の将来が心配だよ、俺は」


 キラキラと輝くような瞳でそのように言ってきたルーナの姿に、シリウスは少しだけ不安になりながら、彼女の頭を優しく撫でるのだった。

 何故心配になるのか、ルーナは理解出来ない。

 二人の様子をサーシャはフフっと笑いながら見ているのだった。


 クラウスの状況は理解したシリウスは地面に放り投げておいた男の縛り上げている縄をしっかりと握りしめあがら、床に座る。


「とりあえず、捕まえてはみたが……サーシャの言う通り、この男が一番強かったな」

「そんなに強かったの?」

『ええ、この人と互角に戦えるほど。私はこの人以上に強い人は見た事ないけど……』

「クソ神父とやり合える相手なんて居たのか……あれ、クラウス様はどうなの?」

「どうだろうなぁ……俺はあそこで寝ている狂騎士様とはヤりあっていないからなぁ……」


 一体どのような戦闘になるのだろうか、サーシャとルーナの二人は思わず想像してしまい、身震いする。

 ただでさえルーナにとって、クラウスと言う人物は異次元なのだ。

 静かに落ち着いて寝ているクラウスに視線を向けた後、ルーナはシリウスに問いかける。


「で、考えた?」

「待ってくれ、今どうするか考えている最中だから」

『いっその事木の上につるし上げちゃう?』

「……うーん、サーシャが言うと冗談に聞こえないなぁ……とりあえずその人、捕虜だけどケガしてるから、簡単に塗り薬だけでも塗って応急処置しておくか」

『あらあら、敵でも優しいのね、ルーナは』

「まぁ、好きでやっているからね」


 ルーナはそのように言った後、気絶している男に近づき、ケガしている場所を確認した後、自分で調合した傷薬を片っ端から塗り始める。

 一応、ルーナたちにとっては敵にような存在なのだが、流石に放っておくわけにはいかないと考えたからである。

 両腕のケガをしたところは何とか塗り終わり、今度は顔面に視線を向ける。

 整った綺麗な顔をしていると感じながら、ルーナは軽く頬の方に塗り薬を塗っていたその時だった。

 突然、両目が開き、そのままルーナを見る。


「いっ!?」


 いきなり両目が開いた事で驚いたルーナは急いでその場から離れようとしたのだが、縄で縛りつけてあるので手を出す事は出来なかったのであろう。

 突然暴れだそうとしたのだが、ルーナに再度目を向け、固まる。

 呆然としながらルーナは男に視線を向けていたのだが、男はルーナを見て数十秒固まった後、とんでもない事を呟いたのだった。



「…………天使が、居る」



「は?天使?」


 突然天使と言われたルーナは驚いた顔をしながら呟いてしまったと同時、シリウスの握りしめていた縄が微かに反応する。


「……とりあえず、縛り付けておいてよかったわ」

『あらあら、第二の敵ね、ある意味で。ねぇ、シリウス?』


 シリウスはとりあえず、縛り付けている男の縄を絶対に放さないで置こうと、心の中で誓うのだった。

 

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