第10話、とりあえず拳を握り、殴った。


 まずは状況を説明しなければならない、とルーナは考える。

 目の前の男は森の入り口で複数、騎士の恰好をしている姿があったので、シリウスに頼んで行ってもらったのだが、シリウスは帰ってくるなりこの騎士の一人を連れてきたのである。

 そしてこの騎士の男はルーナに向けて、『天使』と言った。


 ――『天使』とは、一体誰の事を言っているのだろうか?


 シリウスに目を向けると、彼は肩を上げた後静かにため息を吐き、隣に居たサーシャはフフっと笑いながらシリウスの隣に居る。

 目の前には再度、意識を失った騎士の男がいる。

 一応手当と言う形をとったのだが、別の意味で消耗している。

 ルーナは軽く体に触れた後、そのまま首筋、顔色に目を向ける。


(……数日、飲まず食わずだったのかもしれない)


 それほど、目の前の男は顔色が悪かった。

 同時に、飲まず食わずだったので、もしかしたらルーナに目を向けた時に幻覚が見えたのだろうと結論をつけた。

 

 『天使』はこの世に居ない、と言う事を。


 意識を失っている男に再度目を向けた後、ルーナはシリウスに目を向ける。


「この男に縛っている綱、ずっと持ってるの、神父様?」

「まぁ、お前に手を出されちゃたまらないからな……それぐらいの体力はまだある」

『いざという時は私の『魔法』で何とかするわ』

「ん……わかった」


 目の前の男は弱っているとは言え、怪我人とは言え、ルーナにとっては敵対する相手なのだと認識し、そのまま今度は寝ているクラウスに目を向ける。

 本来ならばぐっすりと寝ているはず――なのだが。

 寝ていたはずの男が、目を見開いた状態でルーナに目を向けている。


「……」

「……」


 ルーナは言葉を発する事が出来なかった。

 クラウスは目をギラギラと輝かせながらルーナに目を向けている。

 はっきり言って、今見られた事をルーナはどのように説明したらいいのか、わからなくなるのだった。

 軽く頭を抱えるようにしながら、ルーナはクラウスに言葉を発する。


「あー、えっと、クラウス様……あの、いつ起きたのですか?」

「数分前」

「その、えっと……いつからボ……いえ、私とこの男のやり取りを見ていましたか?」

「ルーナがその男を手当てし始めた時から」

「まじかー」

 

 これはある意味見られてはいけないものだと認識したルーナはどのように言葉を返せばいいのかわからなかった。

 シリウスとサーシャに視線を向けると、二人は我無関係、みたいな感じで目線をそらしているのが分かる。

 汗を流しつつ、ルーナは再度、クラウスに目を向けたのだが、クラウスはその場を動く事なく、ルーナを見つめているだけだ。

 きわめて、それだけが怖い。

 恐怖を感じさせるほどの、強い瞳がルーナに襲い掛かっているのだ。

 これは、何か返答を間違ってしまったら絶対に襲われ、殺されるかもしれない、と言う恐怖。

 汗が止まらないまま、ルーナは震える唇でクラウスに問いかける。


「え、えっと……うーんと……その、クラウス様はどうしてそんな目で私を見るのか、わかりません……」

「……その男が何者か、ルーナは知っているのか?」

「え、知らないです……知ってる人ですか?」

「……元、同僚。多分、命令を受けて俺を殺しに来た」

「あ、やっぱり」


 元、同僚と言うのは納得できた。

 気絶している男の鎧は、クラウスが着ていた鎧にそっくりだったからである。

 多分、そのような関係なのだろうとは思っていて、事情は全く聴かなかったのだが、やはりクラウスは命を狙われていたと言う事になる。


「やっぱりと言うのはわかっていたのか?」

「ええ……だって、出会った時に着ていた鎧と似ていたので、多分関係があるのかなーとは思っておりました。まぁ、敵か味方でもケガをしていれば手当するのが、私の考えなので」

「……ルーナは、優しすぎないか?」

「まぁ、こんな考えだと、甘っちょろいって言われるかもしれないですね。よく、シリウス……神父様にも言われておりました」


 ルーナは笑いながらそのように発言すると、クラウスはシリウスとサーシャに視線を向ける。

 シリウスはフっと笑いながら視線を外し、サーシャは手を振りながら笑っているだけ。

 そんな二人に少しだけ苛立ったのか、クラウスの表情が少し変わっていく。

 目つきが少しだけ鋭くなったように感じつつも、ルーナは表情を変えず、シリウスに視線を向ける。


「ルーナ」

「なんですか、クラウス様」

「……あなたが手当てした相手は、俺にとっては敵だ」

「そう、みたいですね」


「だから殺す」


 いきなり、そのような発言が出てくるとはルーナも考えていなかった。

 拳を強く握りしめながら素早い動きでこちらに向かってきたルーナはそのまま、ポケットから何かを取り出し、それを両手で握りしめる。

 


『主よ、どうか我らをお守りください』


 

 一瞬の出来事だった。

 小さく、何か呪文のようなモノを呟いたルーナと、近くに居る男を守るように突然盾のようなモノが現れ、それでクラウスの拳を防ぐ。


「ぐっ……」


 何が起きたのか理解できないクラウスは目を見開き、はじかれた拳を見てしまった事で一瞬の隙が出来てしまった。

 いつの間にか目の前に、ルーナが立つ。


「すみません、クラウス様」


 ルーナは真顔でそのように言った後、そのままクラウスの顔面を拳を作り、ぶん殴ってきた。

 当然、そのまま吹っ飛ぶ形になったクラウスは地面に勢いよく倒れこみ、倒れこんでしまったクラウスの姿を、ルーナは申し訳なさそうに見つめるのだった。

 二人のそのようなやり取りを見ながら、サーシャは答える。


『なんか、夫婦喧嘩みたいね、シリウス』

「……俺は狂騎士を夫にするなんて、認めないから」


 サーシャの言葉を聞いたシリウスは鋭い目つきを見せ、サーシャに目を向けるのだった。

 

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