第11話、クラウスと気絶した騎士
「――何をしたんだ、ルーナ」
「魔道具です。神父様から頂いたもので、握りしめて呪文を唱えると、盾が出て真正面の攻撃をガードしてくれる役割があります」
「すごいな、その魔道具」
「あげませんよ、神父様から頂いたのは私です」
興味本位のように、ルーナの手のひらで握られている魔道具に視線を向けているクラウスに対し、急いでポケットにしまい込む。
手のひらに持っていれば、きっと触れようとしたに違いないからである。
ついでに、もしかしたら持って行ってしまうかもしれないとも思ったからである。
この世界はそれ以上に『魔道具』と物が貴重だという事を示している。
ルーナは魔術と言うものを使える事も出来なければ、そもそも魔力のない平民だ。
そんな彼女が貴重な魔道具を持っていると言う事に、クラウスは興味を抱いたのであろう。
ポケットにしまった魔道具に再度視線を向けているクラウスに、もう一度殴ってやろうかと拳を握りしめるのを目撃した彼は、表情を無表情に戻る。
「話を戻すが――」
「クラウス様、鼻血」
「……ルーナが殴ったからだろう」
ルーナが殴ったのは顔面。
顔を殴ったせいなのか、クラウスの鼻から少しずつ、鼻血が出ている。
「女に顔を殴られたのは初めてだ」
「私は結構やってるんですよ。イケメンには顔面がちょうど良いのです。結構神父様の事、ぶん殴ってるし。ね、神父様?」
「……」
笑顔でそのようにはっきり言うルーナに対し、シリウスは視線をそらしている。
あの顔は何度も顔面を殴られているな、と理解したクラウスは軽く身震いしながら、ルーナに視線を向ける。
同時に、絶対にこれからは彼女に対して逆らわないでおこうと誓うのであった。
同時に、クラウスは気絶している騎士に視線を向け、静かに息を吐く。
「……ルーナ、俺にとってはこの騎士の男は排除しなくてはならない存在なんだ」
「そう、みたいですね。でも、殺し合いをするなら私が居ない所でやってくださいね」
「何故だ?」
「私の前でやったら、殺そうとする前に邪魔して手当します。例え私が斬られて血まみれになろうとも。あ、死にたくないですけどね」
「……」
真顔で、笑顔でそのように言うルーナに対し、クラウスは何も言えず。
とりあえずこれ以上その件については答えないようにしようと誓いながら、静かに汗を流すのだった。
数分後、クラウスは静かに息を吐くようにしながら、気絶している騎士を指さす。
「……この男の名はルフト。ルフト・コンティネイト」
「ルフト、さん」
「……俺を殺しに来た、男だ」
まっすぐな瞳で、クラウスはルーナにそのように告げる。
「クラウスさんを殺しに来た、男ですか?」
「ああ」
「何故ですか?」
「命令されたから。こいつは命令通りに動いただけだ……いや、そもそも、あの国がおかしいのか」
「国?」
「……コイツは、俺の国では『アイツ』の取り巻きの一人だったからな」
フっと笑うようにしながらそのように答えるクラウスの姿は、何処か寂しそうな顔をしているようにも見えた。
何故そのように感じてしまったのか、ルーナにはわからない。
しかし、気絶している騎士の男、ルフトとクラウスは何かがあったのかもしれない。
ルーナにとって、それは関係のない事なのかもしれないが――思わず手を伸ばし、頬に触れてしまう。
指先がクラウスの頬に触れ、少し驚いたような顔をしながら、クラウスはルーナに視線を向ける。
「……俺の顔に何かついていたか?」
「いえ、ただ……ルフトさんの話をしていた時、何処か悲しそうな顔をしていたので」
「……まぁ、この男とは同期だったしな。ある意味信頼していた男だった」
「信頼していた男なのに、どうしてクラウスさんを殺そうとしたのですか?」
「そんなの簡単だ」
クラウスはそのまま、ルーナの手首を鷲掴みにした後、鋭い目つきで口を開く。
「人間と言う存在は、簡単に人を裏切る事が出来るのさ」
「……クラウスさん?」
様子のおかしいクラウスの姿を、ルーナは驚いた顔をしながら見つめる。
しばらく二人は見つめあった後、クラウスはルーナの腕を放し、静かに息を吐く。
右手で顔を隠すようにしつつ、クラウスは何処か自分を追い詰めているかのようにも見えた。
唇を少しだけ噛みしめるようにしているクラウスに、ルーナは再度問いかける。
「その、この人はクラウスさんを裏切ったって言う事で良いんですか?」
「ああ」
「――では、何故この人はクラウスさんを裏切ったのですか?」
『裏切る』には理由がある。
ルーナはその意味を知りたくて思わず問いかけると、クラウスは深く息を静かに吐いた後、一瞬何かを考えるような素振りを見せ、口を開く。
「……俺が暮らしていた国は王都、トワイライト」
「トワイライト……」
「そこで俺は騎士として働き、敵だと思った奴らや魔物を容赦なく斬り殺した」
「よ、容赦なく……流石狂騎士……」
一体どんな戦闘をするのだろうかと、そんな事を思わず考えてしまったが、次に見せたクラウスの表情は酷く落ち込んだような顔をしていた。
「ただ、普通に、変わらない毎日を過ごしていたはずだった」
「……クラウスさん?」
「――『アイツ』……『聖女』サマが現れるまでは、平和だったんだ」
その時見せたクラウスの表情は、いつも以上に憎しみのこもった声をしていたのだった。
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